8話目 ニャン太くんはカレー好き
ウサ耳検事は、頭の上で、腕組みならぬ耳組みをしてみせた。
「ぬっふっふ……。そのようなか細い糸にすがるしかない状況は、いと悲しいですな。――どれ、スグに引導を渡してあげましょう」
検事にまでダジャレが伝染したらしい。
「それでは、次の証人を呼びましょう」
証言台に立ったのは、顔にトラ縞模様の入った、体格の良い少年だった。
“あ……ニャン太くん”
おや。
“雀鈴の知り合いかな?”
“ええ……選択教科で、一緒に美術を取ってたわ……”
ふむ、顔見知りか。
彼の宣誓がひととおり終わったのち、検事は口を開いた。
「証人。名前と職業、そして妖怪の種族を」
「はい。東ニャン太。彦阿学園高等科の2年生で、雀鈴のクラスメイトです。種族は猫股です」
ニャン太少年は、ハキハキと答えた。
「証人。事件当日の行動を話して下さい」
「分かりました」
ニャン太はシッカリとうなずいた。
「日曜日のぼくは、仲間2人と、空き教室で美術の課題を仕上げてました。なんとか終わったので、ぼくら3人は、職員室で『開かずの蔵』のカギを受け取ってから、そこへ向かいました」
ああ、きっとスゴく答弁を練習したんだろうな。こちらが無実でなければ、さぞかしほほ笑ましかっただろう。
「何時だったか、覚えてますか?」
「2時キッカリです。朝からブッ通しで作業してて、ようやく終わってカギを取りに行ったから、よく覚えてます」
「それから、どうしました?」
「校舎から出て、蔵に運んでる途中、濃厚なカレーの匂いがしたんで、友達2人と、ついフラフラ引き寄せられて、カレーの大盛りをガッついてました」
お、少し素が見えた。空きっ腹にカレーか。それならしょうがない。
「君が食べ終わったのはいつですか?」
「2時50分です。要所要所で時計を見てましたから、よく覚えてます」
はぁ、事あるごとに時間をチェックか。ありがたいね、「検察側の証人」は。
「その直後、ニャン太証人は、窓からどこを眺めていましたか?」
「学生寮です」
「そこで、蔵のほうから誰か来ましたか?」
「はい」
「誰を目撃しましたか?」
「雀鈴です。寮の自分の部屋に入っていくところを見ました」
傍聴席がザワつく。
「静粛に」
ゴリ裁判長が木槌を叩いた。
検事は満足げにうなずいてみせる。
「その後、証人たちが食べ終わったのはいつですか?」
「3時10分です。提出が4時までだったんで、まだ余裕あるなって、ワイワイ言ってました。で、途中の道が、3時半まで通行止めでしたけど、30分前に出せるならOKじゃんって笑ってました」
剛毅だな……って、なんで通行止めに?
あとで聞いてみるか。
「その足止めが終わったあとは?」
「そこの作業員さんを見送ったあと、『開かずの蔵』に向かいました。――えーっと、まずはノックして声を掛けたんですが、いないみたいで。『先に職員室に行っといて良かったよ』とか笑いながらカギを開けたら、玄関にネズミ先生が、血まみれで倒れてました」
「それから、証人はどうしました?」
「110番に連絡して、扉の前でみんなと待ってました」
「警察が来るまで、あなたたち以外の誰かが建物に近付きましたか?」
「いいえ、誰も来てません」
「証人、ありがとうございました」
検事はニャン太に頭を下げた。裁判長へと振り向きざま、僕を一瞥してほくそ笑む。
クソッ、イヤミったらしい。
「裁判長、検察側は以上です」
「ふむ。弁護人、反対尋問をどうぞ」
「はい」
一礼してからニャン太を見やると、途端にトラ猫はガチガチに固まった。
――ああ、検察側の受け答えは練習できたものな。ここから先は未知の領域か。
「裁判長」
再び振り返った。
「証人は緊張している様子ですので、いくつか軽い質問をよろしいですか」
「そうですね。認めましょう」
僕は大柄なトラ猫にほほ笑んでみせた。
「ニャン太くん……ですか?」
「はい」
「先ほどの証言で、個人的にスゴく気になったことがありまして」
「は、はい。なんでしょう?」
「――カレー、好きですか?」
「あ、ああ……」
途端に表情がやわらいだ。
「はい、大好きです」
「なるほど。僕も卒業生で、あそこのカレーの週は毎回行ってました」
「ああ~。いいですよね、猫おばちゃんのカレー。ぼくも、本当の猫じゃなくて猫股だから、玉ねぎが食べれるのが嬉しくて嬉しくて」
法廷に少し笑いが起きる。
よしよし、余裕が出てきたな。少し口調を崩すか。
「ニャン太くんは、遅いお昼に一時間ぐらい掛かってたみたいだけど、食べる速度が遅いのかな?」
「いやあ……」
ニャン太は、苦笑いして頭をかいた。
「実は……熱いのって苦手で」
法廷が、さらに失笑であふれる。
――ああ、猫舌ではあるのか。
「提出期限が4時って聞いたけど、途中で足止めを食って、心配じゃなかった?」
「いえ、まだ30分ありましたから。それに、そこの作業員さんと色々お話し出来ましたし。――そうそう、今週からは、裁判所の近くで作業するって言ってましたよ」
「裁判長」
検事が手を挙げた。
「そろそろ、証人もほぐれたのでは?」
「ふむ、そうですな」
ゴリ裁判長はうなずいた。
「では弁護人、反対尋問をどうぞ」
「分かりました」
僕は改めて向き直った。
「ニャン太くん。『開かずの蔵』だけど、合いカギの作り方を知っているかな?」
突然の合いカギ話に、傍聴席はざわついた。
しかし、検事は微動だにしない。
――おや、妙だな? 面識もない一生徒に、イキナリ聞いたんだ。いつもなら、「なんですと!?」とか言って、耳をピーンと伸ばしそうなものだが。
ニャン太は、不安そうにこちらをうかがった。
「えーっと……答えるんですよね?」
「はい」
ニャン太は猫耳をつまんでいた。
「合いカギの作り方を、知ってます」
「作った人は?」
「――います。というか、ぼく達です。妖力も一致させて、見事に開けました」
「えーっ!?」
誰が叫んだのかと思えば、魔女だった。帽子がズリ落ちるほど驚いている。
「ど、どーゆーコトだッチ!?」
おいおい、力抜けよ。
あまりの驚きっぷりに、ゴリ裁判長も疑問に思ったらしい。
「マジョルカ刑事? 合いカギが作れるのは、そんなに驚くコトなのですかな?」
「驚くッチ! フツーはギブアップするッチ! 元のカギの妖力データなしで、探ることから始めるとか、メチャクチャ根気のいる作業ッチ! そもそも『開かずの蔵』の場合、北口をそのまま開けられる種族がいるッチ! アホだッチ! 何考えてるッチ!?」
ロマン、かな……悪友の言葉を借りるなら。
ギリギリ自分でケツ拭ける行為を、好きなだけやる時間。それが学生時代。
合いカギ作りも、その1つだった。
南口の扉を合いカギで開けて、内側から施錠して、一緒に連れて行った鬼に北口を開けさせて通り抜ける。
座学じゃ決して分からないことを、色々実践してくれたよ。
ニャン太は、ほほをポリポリしていた。
「実は、男子の間だけで代々伝わるレシピがあって、それを元にアタックしてたんです」
「なるほど」
素知らぬ顔で相づちを打っておく。
悪友が、「アホで最高なヤローどもへ」という条件で流していたレシピだな。
ところどころ虫食いにしていたが、やる気のある者は出来るって難度にしていたっけ。
開かずの蔵を利用している男子なら、存在は知っていると思ったが、作っていたとは僥倖だった。
「それで、合いカギはどこに?」
「没収されました」
――え?
「ええと……ナゼ没収されたのかな?」
「【警報】が発動したからです」
なに?