7話目 MAGICによる2重の檻
「ああ、失礼」
ゴリ裁判長はオホンと咳をした。
「続けてください、マジョルカ刑事」
「分かりましたッチ」
マジョルカは敬礼したのち、スクリーン内の『開かずの蔵』を杖で指した。
「蔵の出入り口は、南北に1つずつあったッチ」
杖で、ひょいと南側のドアを示す。
「まずは、近くで被害者が倒れていたほうの扉ッチ。こっちはカギが閉まっていて、開けるカギは被害者と第1発見者だけが持っていたッチ」
マジョルカは、杖の先をそのまま上へと持ち上げた。
「もう1つは、北にある鋼鉄のスライドドアだッチ。こちらは、カギが掛かってないものの、メチャクチャ重いッチ。開けられるのは鬼族か、力自慢の種族だけだッチ。内側の引き手には、被害者の血痕がベットリ付いてたッチ」
わざわざ「鬼族」と言うな。
案の定、雀鈴はしょげていた。
“ううっ……”
“大丈夫だよ、雀鈴。向こうのイヤミに付き合って、しょげる必要はないさ。今は、言い分をしっかり聞く。それダケでいいからね”
“はい……”
ウサ耳検事が、愉快そうに鼻メガネを直した。
「マジョルカ刑事、それぞれの出入り口の通行状況は?」
「建物全体を、【妖気感知】で総チェックしたッチ」
出たな、魔法。
妖怪の復活とともに、妖術も復活した。西洋妖怪に「MAGIC」を使える者が多かったため、そちらから用語が輸入され、日本でも「魔法」と呼称されている。
もちろん、あやかし課に配属された魔女妖怪は、「魔法」のエキスパートだ。
マジョルカは、杖で帽子のツバをくいっと上げた。
「意外にセキュリティが高くて、想定の倍ぐらい調査時間が掛かったッチ。でも、おかげでカンペキなデータが取れたッチ」
なに? カンペキだと?
マジョルカは、僕の疑問を見透かしたかのように、こちらへ向かって笑みを浮かべた。
「正午から午後4時までの時間、『開かずの蔵』を出入りした種族を言うッチ。南の扉では猫族と鼠族、北の鋼鉄ドアでは鬼族だけだったッチ。もちろん、天邪鬼は鬼族ッチ」
「刑事よ、他の種族は誰も出入りしていないな?」
「そのとおりだッチ」
OK。ロクでもないデータだ。
いきなり種族が狭まったぞ、クソッ。
ウサ耳検事は、マジョルカが証言台に戻る様子を見て、満足げにうなずいた。
「裁判長。魔法による鑑定結果を、証拠として提出します」
「ふむ。受理しましょう」
「検事側、以上です」
やれやれ、蔵が擬似密室になってきた。
雀鈴が不安そうな眼差しを投げ掛けてくる。
“サトリさん……”
“大丈夫だよ。出来ることを積み重ねていくダケさ”
ゴリ裁判長が僕に告げた。
「それでは弁護人、反対尋問をどうぞ」
「分かりました」
まずは、魔法で狭まった蔵を、どこまで広げられるかだな。
僕は魔女に向き直った。
「マジョルカ刑事。これは確認ですが、被害者はたしかに死んでいましたか?」
「はいッチ。【妖気感知】にくわえて、蔵全体への【生命感知】もしたッチ。被害者は間違いなく死んでいたッチ」
雀鈴の戸惑いが、心に流れ込んできた。
“えっと……あたしが言うのもヘンだけど、死んでるでしょ?”
“これは妖怪裁判だからね。まさかの状態でも、確かめる必要があるんだよ”
“あぁ……そうなのね”
例えば、抜け首妖怪なら、頭と胴体が離れても生きてるからな。そういった確認だ。
僕はスクリーンの方を指差した。
「マジョルカ刑事。蔵の出入り口は2つだけとのことですが、他に出口は?」
「ないッチ。そもそも、建物全てに【妖気感知】を使ったと言ったッチよ? 壁抜けも含めて、ヨソから通った形跡はないッチ」
さすがに自信満々だな。
「それと補足ッチ」
――なに?
「『開かずの蔵』は、建物全体に【転移阻止】が施されていたから、瞬間移動も許さないッチ。蔵のセキュリティは最新式だったッチ」
むう、壁抜けに続いて、テレポートも駄目か。
「マジョルカ刑事」
だが、訂正はさせておこう。
「北のスライドドアは、手動ですよ? 最新式にはほど遠いです」
「おっと、申し訳ないッチ。呪文のセキュリティに限るッチ」
マジョルカは、帽子のツバを押さえて頭を下げた。
「古い建物を改修しながら使うと、セキュリティは歪になるッチ。良くあることだッチ」
まあな。
では、そもそも蔵に入らず殺した可能性を探るか。
「マジョルカ刑事。例えばですが、扉を開け放したまま、鉄のモモを投げて殺害することは可能ですか?」
「無理だッチ。エグいことに、傷口がグリグリと左右にねじ込まれていたッチ。回転をかけて投げたとしても、1方向だけになるから、手で持って殺害したことは確実ッチ」
ふむ、投げつけた線はなしか。では次だ。
「刑事。被害者はカギを持っていたそうですね。どこにありましたか?」
「えっと、上着の内ポケットだッチ」
「何者かが殺害したあとで、そこに入れることは可能ですか?」
「そりゃあ可能ッチ。だけど、被害者が職員室で借りてたのは、他の先生たちも見てるッチ。カギの管理記録によると、午後1時半に借りてるッチ」
なるほど、カギのアリバイは鉄壁か。
だが、カギならではの特性がある。
「蔵と言ってますが、倉庫室のカギですよね。いわば、普通のカギです。複製できるのでは?」
「チッチッチ。合いカギは無理だッチ」
マジョルカは、楽しそうに指を振った。
「合いカギにも妖力が必要だッチ。これが合わなければ開かない仕組みだッチ」
おや。
「ならば、妖力を合わせれば開く、と?」
「え? ――まあ、そうなるッチね」
よし。合いカギの可能性はある、と。
次は人について聞くとしよう。
具体的には、雀鈴以外に入れた「ヒト」についてだ。
「刑事。開かずの蔵ですが、妖怪以外の侵入ならどうですか?」
「ん? どういうことだッチ?」
「いわゆる、『普通のヒト』です。【妖気感知】に引っ掛からず、出入り可能のハズですが」
「チッチッチ。学園の敷地は、入り口に守衛さんがいて、しっかりガードしてるッチ。6月10日は日曜で、一般人の来客はなかったッチ」
「では、門以外から忍び込んだら?」
「【警報】の魔法が反応するッチ。どうせ聞かれると思うから、先回りしてお答えするけど、当日はピクリとも反応してないッチよ? 守衛さんはもちろん、大本のデータも確認したッチ」
「ならば、前日から潜伏していたら……」
「学園では、夜中に【生命感知】の魔法をかけてるッチ。不審者はいないと、これも確認が取れてるッチ」
クソッ、駄目か。
大外にもう1つ囲いがあって、当日の学園には「普通のヒト」がいなかった。
至近距離から殺害している以上、犯人は蔵に入っている。
そして、蔵に入れたのは3種族のみ。
――急速に狭まっているな。
ならば、最低限の穴を開けておこう。
「マジョルカ刑事。【妖気感知】の魔法ですが、それは種族までしか絞り込めませんよね?」
「そうだッチ」
「では、例えば雀鈴の他に別の鬼族が入っても、【妖気感知】の結果は変わらないハズです」
「む……。そりゃまあ、そうだッチ」
「弁護側、以上です」
よし。ささやかだが穴を広げられたな……って、検事が悠長に人参を食ってるぞ。
「チッチッチ。ウサ耳検事が、余裕綽々でシャクシャク食べてるッチ」
おう、ダジャレやめろ、魔女。