6話目 魔女が出てきて大惨事
まずは、ゴリ裁判長から、雀鈴への人定質問が行われた。
「それでは被告人。氏名、年齢、職業、そして妖怪の種族を言ってください」
「はい。――天野雀鈴、17才。彦阿学園高等科の2年生。種族は天邪鬼です」
やや緊張した面持ちだったが、雀鈴はしっかりと受け答えをした。
ウサ耳検事が、鼻メガネをいじったのちに起訴状を読み上げる。
「えー、被告人・天野雀鈴は、6月10日、彦阿学園の高等科にある、『開かずの蔵』と呼ばれる美術品倉庫内にて、被害者・根住中吉を殺害しました。これは、妖怪刑法199条に違反する行為です」
ふむ、マスコミで報道されていた通りだな。
ゴリ裁判長が、再び雀鈴に告げた。
「被告人には黙秘権があります。これは、自分に不利なことを言わなくていいという権利です」
「はい」
「また、この法廷であなたの話したことは、全て証拠となるので注意してください」
「分かりました」
ゴリ裁判長は、僕のほうを向いた。
「弁護人。先ほど検事が述べた起訴状を認めますか?」
「いいえ。全面否認します」
傍聴席がザワついた。
もっとも、妖怪裁判の場合、そこまで珍しいワケではない。特殊な妖術をもつ妖怪もいるため、ごくまれに大ポカがあるからだ。
「ふうっ……あわよくば無罪ですか?」
ウサ耳検事は、人参スティックを横に振っていた。
「ついに君もしくじりましたね~、傲慢なサトリ王子くん」
「ウサ耳検事、それはどういう意味ですか?」
「ぬっふっふ……。大外れする宣言を、この耳で聞けて光栄ということですよ」
言ってろ、タレ耳。
検事は、スティックをあっという間に食べた。
「しかし、これほど明らかな事件で無罪を主張するとは……ぬっふっふ。サトリ王子くんの勇気を買って、ベテラン検事が全力で返り討ちにしてあげましょう」
被告席に戻った雀鈴が、念話を送ってきた。
“ねえ、サトリさん。あの検事、すっごくイヤミったらしいわね”
“あのウサギさんは、弱い相手には強いんだ”
“あら。じゃあ、サトリさんは弱いの?”
肩をすくめてみせた。
“彼、耳はいいけど、目が悪いんだよ”
“ぷっ。期待してるわ、王子様”
検事が片耳を上げて頭をかいた。
「それではまず、現場担当の刑事を証人として呼びましょう」
出てきたのは、三角帽子に杖を持った、黒マントの女だった。
通常の裁判ではまず見ない姿に、廷内が少しザワついている。
“コ……コスプレ?”
雀鈴も、例外ではなかったらしい。
“魔女ってのは分かるけど……裁判所でしょ?”
“安心してほしい、火炙りはないから”
“あったら困るわよ”
これが妖怪裁判だ。
進行上、最初の証人はだいたい刑事となるから、先に印象の強いキャラを出すことで、傍聴席を慣れさせるのが目的である。
――証人が出るたびにザワついてたら、しまいには、傍聴人が残らず退廷を命じられるからな。
ハロウィン刑事が宣誓をしたあと、検事が人参スティックを向けた。
「証人。名前と所属を」
「はいッチ」
刑事は、ビシッと着帽敬礼をした。
「卯市琉架、24才ッチ。あやかし課の刑事で、魔女妖怪だッチ。魔女のルカなんで、マジョルカと呼んでほしいッチ!」
「うむ」
この辺は手慣れてるな。
“ねえ、サトリさん”
“ん?”
“あの語尾って、なに?”
“キャラ付けらしいよ”
“えぇ……?”
気持ちは分かる。
「では刑事、状況説明を頼む」
「分かったッチ」
マジョルカはうなずいた。はずみで三角帽子がズレるものの、杖で器用に直している。
「まず、被害者は根住中吉、42才。旧鼠というネズミの妖怪で、学校では美術の先生だったッチ。死亡時刻は6月10日午後3時頃と推定されるッチ」
ここでマジョルカは、くわっと目を見開いた。
「死因は、大きな『鉄のモモ』による、腹部への1撃! まったく、3時に大惨事ッチ!」
……。
満員の法廷で、クスリとも聞こえない。
――おう、魔女。この空気も大惨事になったぞ。
マジョルカは、ワザとらしい咳払いをした。
「こ……こんな感じで、1撃だったッチ」
へっぴり腰の魔女は、杖を前へ押し出してみせた。
おいおい。誤魔化すために、イヤなアピールをするな。
「このとき、モモについていた尖った葉っぱの1つが、深々と刺さったッチ。同時に、果肉部分が鈍器のように叩き込まれたッチ。刺しと叩きのダブルパンチにより、辺りは血まみれとなったッチ。凶器は『鉄のモモ』で間違いないッチ」
「裁判長。『鉄のモモ』を証拠として提出します」
「受理しましょう」
ふむ、凶器については確定だな。
検事は腕組みをしていた。
「マジョルカ刑事。鉄のモモを調べて、誰の指紋が出たかね?」
「被告人の指紋がたくさんと、被害者の指紋がちょっぴり検出されたッチ」
そりゃ、寸前まで雀鈴は製作してたからな。
「刑事よ。被害者の右手には、何があったかな?」
「モモのバッジが握られていたッチ。バッジの裏面に、『ジャクリーン』と彫ってあることから、被告人のもので間違いないッチ」
なに? どういうことだ?
「では、マジョルカ刑事。これらのことから、警察ではどう見ているかな?」
「お答えするッチ。被害者は、被告人と揉み合っているうちに、バッジを引きちぎって握りしめたと見ているッチ」
「裁判長。『モモの金バッジ』を証拠として提出します」
「受理しましょう」
念話でたずねてみた。
“雀鈴。一応聞くけど、あのバッジは君のかな?”
“100%そうよ”
“えっと……じゃあ、いま胸にしているバッジは?”
“彼の物だったの”
ああ、そういうことか。
――凶器があって、指紋が出て、雀鈴のバッジを握りしめている。
うむ、実に犯人っぽい。
検事チームが、蔵の見取り図を準備し始めたので、今のうちに確認することにした。
“雀鈴。なんで君のバッジが現場に落ちてたのか、聞いていいかな?”
“うっ……”
彼女の気持ちが、急速に沈んでいった。
心をつないでいるため、感情の浮き沈みがダイレクトに分かってしまう。
“ううっ……。サトリさん、ごめんなさい。今は、ちょっと……”
“コラコラ、落ち込まない”
縮こまる雀鈴に、僕は服を直すフリをして、胸の弁護士バッジをアピールした。
“大丈夫。バッジなら僕もつけてるよ。鬼に金棒ならぬ、鬼に金バッジさ”
“うん……”
“だからね、雀鈴? 君のバッジがあった理由について、気持ちが落ち着いたら伝えてほしいんだ。いいね”
“――はい”
無理強いしても、良い結果にはならないからな。
検事チームも、準備が終わったらしい。
「では、マジョルカ刑事。事件の場所について説明を」
「はいッチ」
敬礼したマジョルカは、杖で見取り図を示した。
「これは、高等科の敷地にある、『開かずの蔵』周辺の地図だッチ」
ゴリ裁判長は、老メガネをかけたのち、手元に渡された見取り図の資料とにらめっこしていた。
「ふんむぅ……。ええと、マジョルカ刑事?」
「はいッチ」
「先ほどの起訴状にもありましたが、なぜ『開かずの蔵』という名前なのですかな?」
「生徒達の通称ッチ。奥まった場所にある古びた建物なんで、そう呼ばれているダケだッチ」
「ほほぉ……。大人達に隠れて、秘密を持ちたがるお年頃ですなあ」
ゴリ裁判長は優しそうに目を細めた。
若そうに見えるが、こういう反応を示すあたり、やっぱりおジイちゃんらしい。