4話目 開かずの蔵
彦阿学園の北門へとやってきた。
脇にあった受付で、守衛の黒鬼に事情を説明し、入園許可を取りつける。
「殺人事件の調査に来られた、サトリ弁護士ですね。どうぞ」
「ありがとうございます」
大ゲートは開放されているが、学校関係者以外が通ると【麻痺】が発動する仕組みだ。
ちなみに、学園を囲う塀とその上も、半円のドーム状に【警報】の結界が張り巡らされている。
妖怪の持つ力、妖術。最近は、西洋の「MAGIC」を翻訳した、「魔法」という呼び名が一般的だ。
符術士や魔道士といった、多数の魔法を扱える妖怪が、セキュリティ向上に一役買っているらしい。
「僕が通ってたころに比べて、どんどん厳重になりますね」
「いやあ、最近は物騒ですから」
大ゲートの横にある、来客用ゲートの鍵を開けてもらった。
ガチャン。ギイィィ……。
物理的な開放によって、そこの【警報】が部分解除される。
改めて礼を述べつつ通ろうとすると、ふと、受付窓口の前に、重しが乗った多数のパンフレットを見つけた。
「これ、1部いいですか」
「どうぞどうぞ。なんなら全部でも」
苦笑しつつ、1部だけ頂戴した。
大通りを歩きがてら、サッと目を通す。
まずは西側のエリアだが、北西に少しだけ保育園の敷地があり、他はすべて大学と院のキャンパスが入っていた。
対する東側は、北から順に高等科、中等科、初等科があり、南東に少しだけ幼稚園の敷地がある。
――当時と変わってないな。
大通りが交差する十字路を、東に折れる。南側には、高等科の校舎の壁が延々と続く。
すでに放課後ということもあり、学生たちの姿もあった。懐かしい光景である。
校舎の壁が途切れると、南側に数軒の店が見えてきた。コンビニ、服&靴屋……そして、ひときわカオスな『宝のゴミ屋敷』。
おいおい。前よりパワーアップしてるぞ、ゴミ屋敷。
ただの雑貨屋なのだが、店頭がまるで粗大ゴミ置き場だったためについたあだ名だ。
ソファやタンスといった、暮らしに役立つ品を始め、マネキンやらトーテムポールやら、使途不明なものまでが、所狭しと置かれている。
相変わらず、ごった煮感が満載だな……。隣の食堂前までハミ出してるよ。
ゴオォー……と威勢の良い音を立てる換気口の下では、メタルラックが微妙な振動を繰り返していた。
「ん?」
あまりにガタついているので、近くに寄ってみる。
「うわっ!」
ラックの前に屈んだ生徒がいて、軽く叫んでしまった。
彼は、僕に一切お構いなしのようで、植木鉢を2つ持って品定めしている。
――なんだ。彼が動くたびに、ラックに当たってたダケか。
ついでなので、隣の食堂も見てみた。この食堂は、寮の学生向けに食事を提供しているのが特徴だ。
店頭には小黒板があった。
『今週は、注文の多い“冷めん”店!
※来週はチャーハンの予定!』
ふふっ、まだ週ごとのスペシャルメニューを続けてたんだな、猫おばちゃん……っと、感傷に浸ってる場合じゃないか。
食堂から北に目を向けた。大通りの反対側には、ちょうど学生寮がある。
――雀鈴も、これらの店を利用していたんだろうな。
宝のゴミ屋敷で、格安の家電や調度品を手に入れ、注文の多い食堂でバランスの良い食事を摂る。
これが、寮生のスタンダードだった。
日常生活に、早く戻してあげないとな。
なおも東へ進むと、大通りの終点が見えてきた。南側は、体育館の壁がせり出してきて道幅が狭くなる。同様に、北側にも建物があり、一段と狭くなった。
――北のは、体育祭用の倉庫だな。大きな山車とかが入ってたっけ。
2つの建造物によって狭くなった道には、黄色いテープが張られていた。
警察だな。ここで封鎖しているのか。
道の奥には、北東にぽつんと古ぼけた美術品倉庫があるきりだった。他から入る道もないし、たしかに止めるにはうってつけだ。
「おい、君!」
倉庫前にいた天狗の刑事が歩いてきた。
「ここから先は立ち入り禁止だ!」
「ああ、僕はこの殺人事件の担当になった、国選弁護人です」
「なに?」
刑事の鋭い眼光が、弁護士バッジへと注がれる。やましいことは全くないのに、ちょっと心拍数が上昇する。
「――なるほど。それは大変ですね」
彼の表情が、明らかに同情へと変わった。
「国選の弁護士さんは、どんなに分かり切った凶悪犯だろうと、つかなきゃなりませんから」
「ええ、まあ」
「必死に勉強して、バッジを取った結果がこれって、イヤになることないですか?」
「仕事ですから」
肩をすくめてみせる。
もう少し近くで見たい旨を伝えると、いったん天狗刑事は蔵へ向かった。南側のドアを開け、中の人に確認を取ったのち戻ってくる。
「はい、大丈夫です。死体があった蔵の内部は調査中なので、それ以外でしたらどうぞ」
「ありがとうございます」
テープをくぐり、細くなった道を通り抜けた先に、土蔵造り風の美術品倉庫があった。開かずの蔵である。
上部には、安物ガラスのはまった窓があったハズだが、木製の目隠し格子によって遮られている。
――所々、変わっているんだな。
「刑事さん。僕は卒業生なんですが、蔵の中って、やっぱりゴチャゴチャしてましたか?」
「んー、まあ屏風とかツボとか、イッパイでしたね」
話をしつつ、南口を見た。アパートにあるような、ごくフツーの鍵付き扉である。
――懐かしいな。昔、ここの扉を合いカギで開けようとするのが流行っていたっけ。悪友は、見事に突破したものだったが……と、いかんいかん。どうも思い出に浸りがちだ。
気を引き締め直して、今度は北口へと回った。そこには、鋼鉄の巨大なスライドドアがある。
南口は、人が通行する用のもので、大型の美術品などは、北口から搬入出を行うのだ。
もっとも、はるか昔に自動開閉装置は壊れているが。
「この鋼鉄ドアの開閉装置って、壊れたままですか?」
「ええ。昼に職員室で聞いたら、直す気もないそうですよ」
「やっぱり」
電動だったんだよな、アレ。そして、ここは北東の隅ときた。
東から北に向かって、ぐるりと外周の壁を見た。
この外を、電気と相性の悪い妖怪がうっかり通っただけで、故障するんだよ。しない機械はメチャクチャ高いしな。
ウロウロ歩いたついでに建物の歩測も行い、およそ20m四方と確認する。
そのとき、チャイムの音が鳴り響いた。
――おっと、5時か。
学園内のどこにいても聞こえる鐘の音。高等科の場合は、午前8時半から鳴り、午後3時に6限終わりの鐘、5時に最終の鐘が鳴る。
――ふむ。現場で見られる所は全て見たかな。
天狗刑事に礼を述べた僕は、帰りに猫おばちゃんの食堂へ寄った。
「あら~! サットリく~ん!」
「お久しぶりです」
冷麺を頼んだら、トッピングを増やしてくれた。
「今日はねぇ、学生さんの入りが悪いのよ。ほら、先生が……」
「ああ、ですよね」
現場に近いものな、ここは。
おばちゃんは、テーブルの向かいの席に座った。
「先週はカレーでねぇ、最終日もポツポツお客さんが入ってくれたし、結局ずっと作ってたわ」
「じゃあなおさら、今日は静かですね」
「そうなのよぉ」
おばちゃんが、僕の左胸を指差した。
「サットリくんは、雀鈴ちゃんの弁護?」
「はい」
「まさか、あの子がって感じだったわ。見た目は悪そうだけど、根はイイ子なのよ」
「僕もそう思います」
「おばちゃんは真相がよく分かんないけど、サットリくんならきっと上手くやってくれるって信じてるわ」
「ありがとうございます」
食事を終えた僕は、お代を払ったのち、事務所へと戻った。