3話目 バッジがつなぐ縁
「さて、それじゃあ早速、事件当時の状況を教えてくれるかな」
「分かったわ」
雀鈴はシッカリとうなずいた。
「あたしは、彦阿学園の生徒なの」
「ああ、僕もそこに通ってたよ」
「ホントに?」
少し親近感をもってくれたらしい。顔がパッと輝いた。
「あたし、ヨソから1人で来たもんだから、妖怪ってこんなにいるんだ~って、ビックリしちゃったわ」
「年少組から大学院まで入ってるマンモス学園だからね。店もいっぱい入ってて、多かったでしょう?」
「ええ」
妖怪のために作られた彦阿市。住民の大半が妖怪で、学園にいたっては、教師生徒の全員が妖怪だ。
「あたしは、そこの学生寮で暮らしてたの」
「高等科の寮なら、北東だね。ワンルームマンションみたいな」
「そうそう。そこの2階ね」
寮は大通りに面していた。土地鑑がある場所の事件は、パッと分かるのでありがたい。
「日曜日だけど、何をしてたのかな?」
「昨日は、美術の課題をギリギリまで仕上げてたわ」
「どんな物?」
「鉄のモモね」
僕は首を傾げた。両手を使って、実際の桃ほどの形を作る。
「このぐらい?」
「ううん。――こーのぐらい」
手のジェスチャーは、大玉スイカをさらに2回りほどデカくしたサイズだった。
「そ、それは……大きいね。鉄だし、重くなかったかい?」
「重かったわ。だから作業中は、ずーっと【怪力】モードよ。中は空洞にしてたんだけど、なめらかな曲線と葉っぱにこだわってペタペタ付け足したら、結局20kgオーバーになっちゃったわ」
「力作だったね」
「フフーン、自慢の作品よ」
鼻息を荒くした雀鈴だったが、にわかに顔を曇らせた。
「だけど……そのモモがね。先生を……殺した凶器だったの……」
「そうだったんだ」
僕は重々しくうなずいたが、すでに報道で知っていた。
妖怪教師が、モモで殺された。
こんなネタを、マスコミがほっとくワケがない。
ニュースを少しチェックしたら、イヤでも目についた。
実は、昨日引き受けた事件も、学園内で起きていた。だから、最初に知らせを受けたときは、てっきり殺人事件の弁護と思っていたほどだ。
――結局、1日遅れで引き受けることになったがね。
不安げな様子の雀鈴は、胸の剣士バッジをしっかりと握りしめていた。
「雀鈴」
できる限り優しく声をかける。
「君は無実だ。いまは、日曜に何をしていたか、そこに集中しよう」
「――ええ」
雀鈴は、コクンとうなずいた。
「さっきも言ったとおり……あたしは、3時までの提出だと思って焦ってたの。で、2時半ぐらいに仕上がって、大急ぎで『開かずの蔵』……えぇっと、北東の隅にある美術品倉庫のことね」
「ああ、大丈夫だよ」
開かずの蔵。ものすごいガラクタと、ものすごいお宝が混在しているというウワサのある、ただの美術品倉庫である。
「僕のときにもそう呼ばれてた。続けて」
「ええ。――それでね、作ったモモを先生に見せて、本当は4時までだよって聞いて、もうちょっと時間かけたかったってボヤいて……」
時折、思い出すようかのように、こめかみをツンツンしている。
「えっと、2時50分ぐらいに部屋へ帰ったの」
「そのあとは?」
「汗をかいたから、15分ほどシャワーを浴びたわ。で、服を着たら、彼が来たの」
「彼?」
「えっと……あたしの彼氏よ」
雀鈴は照れていた。
「シャツを汚した彼が部屋に来てね。またケンカしたとか言って、シャワーだけ借りて帰っていったわ」
ケンカ……ねえ。
「君の彼も、鬼妖怪なのかな?」
「そうよ。あ、服はなんだか真っ黒く汚れてたから、ゴミ袋に入れて、代わりの服を用意してあげてね。そしたら、ズタ袋に入れて帰っていったわ」
ふむ。鬼は本当にケンカが好きだな。力が強いと、つい振るいたくなるんだろうか。
「それからの君は?」
「モモを作ったことだし、次は鬼切り丸を製作しようと思ったの」
「鬼切り丸?」
「このキャラね」
雀鈴は、胸の剣士バッジをつまんで見せた。
「桃太郎をモチーフにした、特撮ヒーローよ」
「へえ〜。格好いいね」
「えへへ……」
雀鈴は、またもや照れていた。
「ちなみに、彼のとペアなの」
なるほど。だから、不安そうなときに触っていたのか。少しでも繋がりが欲しいから。
「でね、このバッジを見ながらスケッチしてたら、夕方に強面の刑事がやってきて、逮捕されたってワケなのよ」
「アリバイについては聞かれた?」
「ええ。『天野雀鈴さん。午後3時頃のアリバイはありますか』ってね。それで、『シャワー浴びてました』って答えたら、『つまり、アリバイはないんですね』って」
「恋人が来た話はした?」
「もちろん。だけど、証人もいて、証拠もあるとかで……」
怖さがブリ返したのだろう。雀鈴は小刻みに震えだした。
「う、うぅ……」
「――雀鈴?」
「うぅ……」
「大丈夫かい?」
「ひぐっ……」
雀鈴はうつむいた。バッジを握りしめ、大粒の涙を流し始める。
「あ、あたじグヤジィ……。ごめんね、ホンドごべんバンドォ……」
虚勢を張ってただけで、限界だったらしい。
――緊張の糸が切れたんだな。
無理もない。逮捕から72時間は、自由に面会できるのは弁護士だけだ。親兄弟も恋人も、どんなに会いたくとも会えないのである。
しかも妖怪の場合、逮捕の翌日に裁判という事態が、ザラにあるときた。
「雀鈴」
僕は、つとめて優しく語りかけた。
「君は天邪鬼だから、機微にもとりわけ敏感だと思う」
そっと、胸に手を当てる。
「僕はサトリだ。心をつないでおけば、テレパシーも使えるハズだよ」
雀鈴は、手の甲で涙をぬぐった。
「それって……すぐ近くの人しか出来ないって習ったわ……」
「うん、20mぐらいかな」
コツコツと透明な仕切りを叩く。
「これを突破するには十分だろ?」
雀鈴は、黙ってうなずいた。
【読心】の要領で、表層意識とチャンネルをつなぎ、こちらからの念話を流す。
“君は、決して1人じゃないよ”
“サトリ弁護士さん……”
“大丈夫。僕がこれから、高校で無実を証明する手がかりを集めてくるからね”
文字通り、心を通わせることができる能力だ。
彼女の不安を、直に感じ取り、それを可能なかぎり癒やせる力。
“だから君は、しっかりと休もう。明日に備えてね”
“――ありがとうございます”
雀鈴は、深々と頭を下げてくれた。
しかし、その最中も、バッジを固く握っていた。
――彼氏の代わりにはなれないな。
もっとも、それは仕方ない。
あくまで僕は弁護士だ。心の支えには限界がある。
無罪を立証する。
それが、僕の仕事だ。