22話目 サトリと天邪鬼
真犯人の裁判では、証人に青鬼が立っていたそうな。
『青鬼証人。あなたが傷害を負うことになった顛末をお話しください』
『はい。コイツの新しい女が、とにかくカネの掛かる尻軽で、バカだなあと思ってたんですよ。でも、そんな女に見栄張って、調子いいこと抜かしてたんです。案の定、カネは無くなったみたいでした。そしたらコイツが、開かずの蔵に押し入って、金目の物を盗もうぜって持ち掛けてきたんですよ』
『あなたは、どうされましたか?』
『俺は、適当にバカやって、遊べりゃいいやぐらいに思ってたんですけど、さすがに盗みは良くねえなって。あと……結構コイツって、人のせいにする奴なんですよね。犯罪とかやったら、全部の罪を押しつけられそうな気がして、それで、俺は絶対にやらないっつったんです』
『そうしたら?』
『ボコボコにされました』
『あなたは、以前の公判でこの件に言及しなかったそうですが、理由はありますか?』
『そりゃ……言えるわけねーですって! だって、盗みに入るって言ってた蔵で、先生が死んでんですよ!? 挙げ句に、犯人が違う人間だとか最初は言われてたんですよ!? もう、俺怖くて! 本当のトコ言ったら、もう一切関わりたくなかったですよ!』
災難だったな。一歩間違えたら、君も犯人役を押し付けられてたわけか。
まあ、付き合う相手は選ぼうって教訓だな。
裁判所から外に出ると、雀鈴は細い首をなでていた。
「はあ、ようやくイヤな首飾りが取れたわ」
彼女は、すっかり快活さを取り戻していた。
「ありがとね、サトリさん」
「どういたしまして」
「ええ、スッキリよー。もうあんな最低クズのこと、考えないで済むもの!」
――ん?
僕は、雀鈴の言葉づかいに、どこか違和感を覚えた。
そうか……違うんだ。
彼女はまだ、引きずっているんだ。
雀鈴は、優しくて賢い。
とすれば、僕に対しても、未練が吹っ切れたように振る舞ってしまえるのだろう。
「雀鈴」
僕は呼び止めた。
「彼のことを、引きずらなくていいんだよ」
「え?」
一瞬キョトンとした雀鈴は、すぐさま突っかかってきた。
「そんなワケないじゃない! あんな男に引っ掛かって、あたしの見る目がなかったダケ! あんなヤツ、縁が切れて清々したわ!」
――ふむ、これは本心だ。
雀鈴は、奴とサヨナラもしたし、きちんと次の恋を見つけられるだろう。
けれども、心残りもあるハズなのだ。
とすると……。
僕は胸に手を置いた。
「心で話そうか」
雀鈴は、そっぽを向いたものの、観念したのか受け入れた。
“ねえ、サトリさん”
“なんだい”
“彼を改心させることって……出来なかったのかな?”
“ネズミ先生のためだね?”
“ええ……そう”
雀鈴の無念さが伝わってきた。
“あたしが、もっと頑張れば、彼を少しはいい方向に戻せたんじゃないかなって……。そしたら、先生は死ななくて済んだんじゃないかなって”
“雀鈴が気に病む必要はないよ”
しっかりと念話を送った。
“むしろ、君はとても頑張った。自分を顧みずにね”
“サトリさん……”
“たしかに人間は、いい方向に変われる生き物だ。彼も改心する機会はあったと思う。だけど、それには多大な労力が要りそうだとも思う”
“ええ”
“だからこれからは、その力で、他の人をいい方向に変えていこう。みんながそういう思いを持てば、彼みたいな人も、おいそれと悪さを出来なくなる。それに、雀鈴がクヨクヨしているよりも、前を向いてるほうが先生も嬉しいと思うよ”
雀鈴は、咀嚼するかのように、ゆっくりとうなずいた。
「えっと……弁護士さん」
「うん」
「口が上手いわ」
僕は苦笑した。
弁護士バッジを外して、雀鈴に渡す。
「これは、僕個人の考えだよ。他の人と一緒に、自分もアップデート。そうやって、成長していけばいいのさ」
雀鈴はバッジを見つめていたが、そっと握った。
「よし! あたし、前に進むわ!」
大きく両拳を突き上げた。
「これからも、頑張るぞー!」
うん。気合いが入ったようで何よりだ。
「それじゃあ、そろそろバッジを返してくれないかな?」
「はーい……あれ?」
雀鈴はキョロキョロした。
「今、飛ばしちゃったかな?」
なんだと?
――いや、この娘には前科がある!
「探せー!」
「はーい!」
僕が大慌てで探そうとすると、雀鈴はなぜか棒立ちだった。
――ハッ。まさか!
「探したわ」
雀鈴が開いた手の平には、僕の弁護士バッジが。
「大事なバッジなんだから、ちゃんと付けといてよね」
「こ、の……」
口をムズムズさせつつ、しっかりと付け直す。
――まったく。元気になったこの子は、スゴいトラブルメーカーなんじゃないか?
そんな天邪鬼は、ちょっと先の道を歩いていた。
「は~ぁ、スーパーのバイト、辞めないとね。それで、どっか別のバイト探そっと」
救済には未練があったが、恋愛面ではもうバッサリらしい。
「雀鈴。それなら、うちに来るかい?」
「え?」
くるっと振り向く。
「サトリさんのトコ?」
「うん。最近妙に仕事が入ってね。事務を手伝って欲しいんだけど」
「ええ~、どうしよっかな~」
手を頭の後ろで組んで、左右に振ってみせる。
「冷麺を食べてから考えるわ」
「猫おばちゃんの?」
「そっ。サトリさんはカレーが好きみたいだけど、あたしは冷麺を待ってたのよ」
はいはい。
「僕も行くよ。昨日会ったから、報告にも行きたいしね」
「えー、じゃあ2日連続で冷麺? ――ウラヤマシイ」
「寮生用の定食にするよ」
思い出話が盛り上がる。
暖かな日差しは、僕たちの進む道を祝福するかのように照らしていた。
~終わり~




