21話目 忘れ物だ
――もう、あの悪鬼に煩わされることはない。雀鈴の想いをブツけてやろう。
「ふんむぅ……佐鳥弁護人」
ゴリ裁判長が僕を呼び止めた。
「もうすぐお昼になります。審理が長引くようなら、翌日に持ち越しますが」
「いえ、大丈夫です。この証拠品によって、全てが決着しますので」
「そこまで言うのでしたら、続けましょう。いかなる物証ですかな?」
「これです」
僕は、鬼切り丸のバッジを高らかに掲げた。
その途端、鬼津が品のない声で笑い出す。
「はぁ、なんだそりゃ? わざわざ買ってきたっつーのか? そんなモンが証拠になるわきゃねーだろ!」
証言台をバシバシ叩く。
「だいたい、そいつは銀色じゃねえか! 惜しかったなあ、俺のは金だったぜ! 無くしちまったがよお!」
「いいえ、鬼津さん。これは確かにあなたのバッジですよ」
「なにィ?」
パックをつまんで、突き付けるように鬼津へと見せた。
「あなたがコケたとき、バッジの表面にぬりえさん特製のコーティングが付いたため、銀色に見えているダケです」
「あァ?」
「『ヌリヌリくんZ』の成分は、ぬりえさん本人ですら、完全な再現は不可能と言いますからね」
ギロリと睨みつけてやる。
「成分分析をやってもらえば、あなたがコケた時に付けていたバッジだと、特定できるんですよ」
「――ああっ!」
顔に恐怖の色を浮かべる鬼津。ようやく気付いたか、このバッジの重みに。
「さて……鬼津さん」
一歩、また一歩と、ゆっくり近づきながら説明してやる。
「このコーティングの下には、何が付着しているのでしょうね?」
「うぐっ……!」
「もし、『被害者の返り血がバッチリ付いていた』なら……。あなたは、被害者の至近距離にバッチリいたことになる!」
僕は証言台のすぐ側に立った。
「返り血がバッジにかかるタイミングで至近距離にいた! つまり、あなたこそが、ネズミ先生を殺害した真犯人です!」
証言台を叩いてみせると、傍聴席は大混乱に陥っていた。
――終わりだ、鬼津。至近距離で逃げ場はないぞ。
「静粛に! 静粛に!」
ゴリ裁判長が木槌を何度も叩く。
「宇佐美検事、ただちに成分分析を!」
「は、はい! しかるべく!」
ウサ耳検事からマジョルカへと慌ただしく指示が飛び、廷内で血液分析が行われた。
不思議なもので、魔法が使われて分析が始まると、法廷中が静まり返る。
ほどなく、マジョルカの分析が終了した。
「出たッチ! 被害者の血液反応アリだッチ!」
再び立ち騒ぐ傍聴人のなか、僕はただじっと悪鬼を見据えていた。
――忘れ物だ、鬼津。
お前のことだから、自分の服は全て捨てると指示して、雀鈴にまとめさせたんだろう。
その後、持って帰ったさいも、万一血痕がつくとマズいから、中身を確認せずに、ズタ袋ごと捨てた。
雀鈴が、どれほどの思いをバッジに込めていたか気付いていれば、回収したことぐらい容易に想像できただろうにな。
裁判長が木槌を鳴らして静かにさせる間、鬼津は頭をかきむしっていた。
――彼女はバッジを忘れるが、お前には忘れられなくなるだろう。
「お、おい……お前ら」
鬼津は、まだ減らず口をきけたらしい。
「い、いいか、よく聞け……。し、信じられねーかもしれねーがなあ……。バッジだけ胸から取って、先公の血だまりに浸したんだよ。それで分かったのさ! 『ああ、本当に血なんだ』ってよお!」
もはや、鬼津に注がれる視線は、凍てつくものばかりだ。
「そうですか」
僕は、淡々と告げた。
「まさかあなたは、バッジを血だまりに浸したさい、グローブにも付いたから、『まっさらなスライドドアにも血糊がついた』とでもいうツモリですか?」
「よ、よく分かったな……。実はそうなんだ……」
ほお、ありがとう。雀鈴が血糊をつけたわけじゃないことも確定したよ。
――悪あがきも大概にしろ。
「いいでしょう。僕が証明しますよ、鬼津さん」
見苦しいウソは、もうオシマイだ。
「今のあなたの言葉が真実なら、僕のバッジに賭けて、あなたを守ります。ですから……」
証言台を叩いた。
「心を開いてください」
「ぐっ……!」
ここで、鬼津がブチ切れた。
「フ……フザけんなクソがァー!!」
激昂して殴りかかってくる。
――あーあ、法廷で暴れるとは、なんとも常識知らずだな。
ガシィ!!
「ふんむぅ。――暴力は、いけませんな」
「な……なにぃ!!」
僕と鬼津の間に割って入ったのは、ゴリ裁判長だった。
悪鬼の【怪力】パンチを、しっかり受け止めている。
「ふんむぅ!」
法服が盛り上がるや、ゆっくりと鬼津を押し返していく。
「お、おい、クソジジイ!」
「ふんむぅ~……!」
「テメェ! な、なんで、こんなクソ力……うわあああああ!」
じっくり丁寧に、クズを床へとフォールした。
「係官。彼を取り押さえてください」
数名がやってきて、鬼津をガッチリと押さえる。
鮮やかな捕り物劇を披露したゴリ裁判長は、強靱な足腰のバネを使い、跳躍して裁判長席へと戻った。
「ふぅ……やれやれ。さすがに最近は衰えましたな」
傍聴席では拍手で讃えている。魔王様のアクションが見られて大満足らしい。
コン、と木槌を鳴らすと、拍手も収まった。
それと入れ代わりに。
「うおあああああーっ!」
放心状態から戻った鬼津が絶叫を始めた。
「テッメエエェーーッ、雀鈴んんん!! なんでクソバッジ捨ててねえんだよおおおおおーっ!!!!!」
取り押さえられた鬼津を、雀鈴はじっと見下ろした。
「捨てられるワケ……ないじゃない。幸せのバッジだったんだもの」
雀鈴の瞳はうるんでいた。
「本当に、幸せを感じたのよ……。さよなら、ハント」
「ナニ勝手なコト抜かしてんだ、テメー! いかにも遊んでそうなナリして、てんでウブだったじゃねーか! 盛り上がってきたとき、全力拒否しやがったよなあ! 大ゲンカして、結局ヤレなかったしよお! フザけんなクソが!!」
雀鈴は首を振った。
「ハント……。あたしにも、至らない所があったと思う……。それはゴメン……」
「至らねートコばっかだっただろ!?」
「ええ、そうね……」
雀鈴は頭を下げたのち、表情を険しくした。
「でもね、ハント……。これだけは言わせて」
「はぁ?」
「――先生を殺したことは、許せない」
目に涙を湛える雀鈴を、鬼津は笑い飛ばした。
「はっ! はっははははは……!」
心底、おかしかったらしい。
鬼津は、廷吏によって退廷させられるまで、ずっと馬鹿笑いを披露していた。
ザワつく傍聴席を、ゴリ裁判長が木槌を叩いて静かにした。
「宇佐美検事。鬼津半人はどうなりましたかな?」
「は、はい……。緊急逮捕いたしました」
ウサ耳検事は、耳がしおれたままだった。
「必ずや、厳正なる裁判を受けさせます」
「よろしい」
ゴリ裁判長は重々しくうなずいた。
「では、雀鈴被告人。前へどうぞ」
「はい」
雀鈴は証言台に立った。
「それでは、当法廷の被告人に判決を言い渡します。――被告人、天野雀鈴は、無罪!」
木槌が鳴るや、雀鈴は裁判長に一礼した。
――棄却にするかと思ったが、妖怪裁判だものな。分かりやすくて実に結構だ。
ノリのいい傍聴席では、また誰かが手を叩きだしたらしい。あっという間に、拍手の嵐に包まれたのだった。




