2話目 まずは任せとけ
誰もがみんな、ウソをつく。
しかし、心はウソをつかない。
どんな天邪鬼だろうと、自分の心をあざむくことは不可能なのだ。
「ねえ、もういいでしょ?」
少女は手持ちぶさたらしく、左胸につけたシルバーのバッジをしきりにいじっていた。
「あたしは有罪、それでオシマイ。さっ、弁護士さんは帰って」
「待ってくれ」
僕は手で制した。
「なぜ君は、無実なのに『やった』とウソを?」
「そりゃあもう、天邪鬼だからよ」
不敵に笑う少女。――上等だ。
すでに心は、カタく閉ざされている。
「そのあたりの事情を、少し聞かせてくれないかな」
「はあ?」
ニッコリとほほ笑む僕に、胡乱な目を向けてきた。
「あなたに話して、何か助けになるわけ?」
「話すだけでも、気持ちがラクになるよ」
少女は、耳元の髪を掻き上げつつ、軽く息を吐いた。
「あたしね……最初、ドッキリかと思ったのよ」
「どういう事だい?」
「だって、寮の部屋で絵を描いてたら、イキナリ逮捕だもの。気がついたらココにいたって感じよ」
「災難だったね」
「ええ、まったくだわ」
少女は強くうなずいた。
「あとね? 『証拠も証人も、バッチリ揃ってる』とか言われてさ? 挙げ句に、『反抗的にしてたら、反省の色なしって見なされるぞ~』って詰め寄られたら、そりゃあ、心の中でののしるダケでしょ」
「なるほど。その結果が、自白なんだね」
「ええ、天邪鬼だもの」
腰に手を当てて、大きく胸をそらす少女。胸元の人型バッジが、キラリと光る。
「泣き喚くなんてしないのよ、あたしは」
「おっと、勇ましいね」
微笑を浮かべたまま、ゆっくりとうなずいてみせた。
「だけど、大丈夫だよ? 僕は真実が分かったんだ。君は殺人犯じゃあないってね」
「ええ。それはそうね」
よし、認めたか。
僕は胸に手を当てた。
「君の無実を証明するため、僕に弁護をさせてほしい。いいかな?」
少女は眉を寄せた。
「その能力って、あなたダケが分かるんでしょ?」
「そうだね」
「人には伝えられないの? あたしが何もしてないってコトを」
「残念ながら、直接は出来ない。口では伝えられるけどね」
「うーん」
少女は、口を尖らせた。
「ねえ。――弁護士が言えば、誰でも無罪なの?」
「ええっと……どういう事かな?」
「むしろ逆よね。圧倒的に有罪が多いんだもの」
ふむ。どうやら、問題の根っこが見えてきた。
「あたしだって、バカじゃないわ。起訴されたら、99.9%が有罪なんでしょ?」
「妖怪裁判の場合は、99%ぐらいだね」
「うわー、スッゴーイ。100件に1件も無罪だなんてー」
ワザとらしく両手を挙げる少女。
実際、結構な割合なのだが……まあ、皮肉で言ってるよな。
「あたし、1%に託すの?」
「君は無実だから、100%だよ」
「警察は、絶対の自信があったみたいよ?」
「僕も、君の無実には絶対の自信がある。安心してほしい」
「うーん」
少女は下を向いたのち、上目づかいで僕を見た。
「じゃあ、ちょっと聞くけど、あなたが無罪を勝ち取った数は?」
アゴをさすって考えてみた。
「ゼロ、かな」
「はぁ……ダメじゃない」
少女は目に見えて落ち込んだ。
「やっぱり無理よ。逆転無罪とかって、ゲームやドラマだけ。現実は、大金払ってようやく来てくれるような優秀な弁護士が、えげつない手段でブン取るものでしょ? 夢を見させないで」
妙なところで理性的なんだな。
ともあれ、原因は分かった。
あとは解決である。
「滑稽だね」
「え?」
少女は、目をパチクリした。
「な、なんで……?」
「だって、そうだろう? 天邪鬼な君が、間違った主張をそのまま受け入れるなんて」
「む……無実の罪を『やった』って言ってるのよ!? 天邪鬼っぽいでしょ!」
「何をトンチンカンなこと言ってるんだい?」
僕は大げさに首を振ってみせた。
「逆だよ。みんなが君を、犯人だと誤解している。ならば、君は『無実』を訴えるべきだったのさ」
「で、でも……」
「本当のことを言うだけで、みんなの逆になるんだ。痛快じゃないか」
バツが悪そうに、視線をさまよわせる少女。
――ああ。分かってはいたんだな。
「君が濡れ衣を認めても、天邪鬼とは言わないよ。ただ、流されているダケさ」
「ううん、そんなことない! あたしは……!」
身を乗り出そうとした彼女だったが、すぐに唇をかんでうつむいた。剣士のバッジを、血まみれシャツごとギュッと握り締めている。
心を読ませてもらったさい、彼女の人となりが、少しばかり分かった。
トゲトゲしい印象は表面だけで、心根は優しい少女である。
おそらく、冤罪で捕まり、鬼の【怪力】をも封じられた今、心細くてたまらなかったのだろう。孤独に怯えるなか、最後に頼ったのが「天邪鬼らしさ」だったのだ。
しかし、冷静なつもりでも、誤った判断を下してしまった。
無実の彼女は、いわば「敵」である警察の言葉を受け入れ、「味方」である僕の言葉に反発してしまったのだ。
「ねえ、弁護士さん」
目の前の少女からは、すでに毒気が抜けていた。
「あなたに頼んだら……無罪になる?」
「出来る限りの努力はするよ」
彼女は苦笑した。
「そこは、自信満々に『任せとけ』って言ってよ」
「僕は正直が好きでね」
「サトリだから?」
「ああ」
心を読む以上、どんな相手にも極力正直に接するのがモットーだ。
「――ん。サトリ弁護士なら、しょうがないわね」
肩の力を抜いた彼女は、胸に手を当てた。
「あたしは、天野雀鈴。雀鈴でいいわ」
「分かったよ、雀鈴」
「サトリ弁護士さん。あたしの弁護、あなたにお願いするわね」
「ありがとう。――おっと、任せとけ」
雀鈴は、ちょっと笑った。