19話目 ウソつきは、自分のウソにハマる
ウサ耳検事は、一瞬焦ったものの、スグに余裕のポリポリタイムとなった。
「ぬっふっふ……。引っ込みがつかなくなったダケで、謝るに決まっています……」
高をくくっているな。実に分かりやすい。
「みなさま」
僕は法廷を見回した。
「先ほど、カレーを食べていた証人がおりましたね。彼は、自室へ入る雀鈴を2時50分に目撃しております。その後、雀鈴は部屋から出ていません。とすると、鬼津さんが外で雀鈴を目撃できたリミットは? ――ええ、2時50分となります」
静かな廷内に、僕の声だけが響き渡る。
「さて、ここから鬼津さんは、5分で『開かずの蔵』に到着しました。それから1分でドアを開閉、2時56分に入っています。――はい、『3時前』です」
「――ああっ!」
耳を立てるウザ耳検事。
気付いたな、しかしもう遅い。
「ここで、思い出してください。先ほど鬼津さんは、3時の鐘の音を、『聞いた』とハッキリ答えています!」
傍聴席がザワつく。
「密閉された【防音】の蔵でも音が聞こえた理由? もちろん、雀鈴が窓を割っていたからに他なりません!」
よほど3時の鐘が印象的だったんだろうな、鬼津は。
うっかり、証言してしまったんだ。
最初は蔵の外から目撃した風を装っていたから、つい、鐘についても言ってしまった。
雀鈴が開けてくれた風穴で……お前を追い詰める!
鬼津が慌てて手で制した。
「い、いや待て。実は俺、記憶が……」
「鐘の音については!」
声を張り上げてツブした。
「鬼津さんも、『よく印象に残ってる』と証言しております!」
キッチリと逃げ道をふさぐ。凄まじい形相で睨んでくるが、敵が悔しがっているときはそのまま攻撃だ。
「これほどの事柄をも撤回するようでは、鬼津さんの言葉など、何も信じられないでしょう!」
「い、いや待て。やっぱりドアが開いて……」
「仮に!」
再び遮ってやる。
「この期に及んでスライドドアが開いていたと言うならば! 彼は、念押しした内容すらも覆すことになり、これまた、証言の信憑性を著しく損ないます!」
「ぐっ……!」
――鬼津よ。お前は、不利益を被りそうになると、何かのせいにして逃げてきたんだよな。
蔵に入っていたのに、入っていないとウソを吐き。
それが不利と見るや、また入っていたと発言を翻す。
蔵の中で、3時の鐘が聞こえたハズだ。
そのときは、スライドドアが少し開いていたと思ったのだろう。
なのに、「しっかり閉まっていた」と証言した。
全て、お前が蒔いた種だ。
「弁護側、以上です」
たわ言なんぞ、もうゴメンである。
興奮覚めやらぬ傍聴席を、ゴリ裁判長が木槌で何とかクールダウンさせていた。
「あまりうるさい方は退廷を命じますよ。――では、宇佐美検事。反対尋問をどうぞ」
「は、はい」
ウサ耳検事は、汗をかいてきたのか、耳で額をフキフキしていた。
「しょ、証人。蔵は、音がこもって聞こえにくくなかったですか?」
「ああ……そうだな」
「また、証人の会話は、どのくらいの声量でしたか?」
「そんなにデカい声じゃなかったぜ」
「検察側、以上です」
おやおや、ウサ耳検事。ずいぶん弱ってるな。会心のワナを引っ繰り返されてヘロヘロか? あるいは、人参が切れたか。
「裁判長!」
僕は勢いよく手を挙げた。
「ぬりえさんに再尋問を!」
「きょ、許可します」
さあ、流れを引き寄せた。一気にいくぞ!
「ぬりえさん。言い争っていた声は、聞こえましたか?」
「え~え、よく聞こえたわ~」
検事にほほ笑んだ。
「十分、聞こえたみたいですよ?」
「むぎぎぃ~……さ、裁判長! 反対尋問を!」
「許可します」
検事はすかさず証人に狙いを定めた。
「ぬりえ証人! なぜあなたは、足止めしていた生徒達に、争った声や鬼津証人のコケた話をしなかったんですか!? 不自然です!」
「え~? だって、そういうマイナスの話って、心がトゲトゲしちゃうでしょ~? せっかく人とお話しするんだもの。プラスの話をするわよ~」
「う、うぐぐっ……!」
ウサ耳検事は耳で額をぬぐった。彼の心の狭さと、ぬりえさんの大きさをアピールしたダケだったな。
「で、では証人! あなたは、奥の方の建物から声が聞こえただけですよね!? 確実にドコから、とは言えないでしょう!?」
「ん~、そうね~。一本道の奥側ってだけよ~」
「つまり、学園の外がウルさかったかもしれないわけですね! 以上です!」
難癖にもほどがあるな。血まみれの服をプリント柄ということで済ませたから、この印象も変えようとしてるのか?
「裁判長。弁護側、ぬりえさんに再尋問を」
「許可します」
一礼したのち、彼女に向き直った。
「ぬりえさん。言い争っていた声の1人は、この法廷にいますか?」
「ええ、いますよ~」
「指を差してください」
「彼です~」
鬼津だった。
検事が手を挙げる。
「は、反対尋問を!」
「許可します」
すぐさま、ぬりえさんを問い詰める。
「しょ、証人は、なぜそんなことが言えるのです!?」
「え~っと、言い争ってたとき、『フザけんなクソが』っていう品のない声が、ひときわ大きく聞こえたんです。そのあと、走ってきた赤鬼さんが、ベシャッてコケたとき、同じく『フザけんなクソが』って叫んで。それで、一緒だと分かりました~」
なるほど、そりゃあ説得力がある。僕も昨日までに、さんざん聞いたよ。
「む、むぐぐっ……! け、検察側……以上です」
万策尽きたらしい検事は、耳を萎えさせて、すごすごと引き下がった。
「裁判長」
僕はゴリ裁判長のほうを向いた。
「ここに来て、重要なことが分かりました。3時に鬼津さんが、『開かずの蔵』に入っていた事実です」
「ええ、そうですね」
「その時点で、鬼津さんは誰かと言い争いをしておりました。そこまでの一本道は封鎖されており、3時30分に解除。その後、生徒たちがカギを開けて、ネズミ先生の死体を発見しております」
僕は机を叩いた。
「言い争っていた相手がネズミ先生だとすれば、その時に会っていた人物は、たった1人!」
振り向きざま、鋭く指を差す。
「鬼津さん、あなただけです!」
ただでさえザワついていた廷内は、あれだけ静粛を求められていたにもかかわらず、今までで1番の大騒ぎとなった。
「証人、鬼津半人を告発します!」




