18話目 行き止まりをまかり通る
鬼津は刈り込んだ頭をかいていた。
「いやあ……あまりにウソっぽい話だったからな。うっかり要約しちまってたぜ」
ひとしきり苦笑したのち、手の平に拳をパシッと当ててみせる。
「あのよお……。俺はそのとき、『開かずの蔵』に入ってたんだ」
赤鬼の爆弾発言に、傍聴席は大騒ぎとなった。
――不利になると見るや、すかさず証言を変えてきたか。雀鈴に教わったとおりだよ。
「静粛に! 静粛に願います!」
ゴリ裁判長が木槌を鳴らす。
ややあって、傍聴人たちも落ち着きを取り戻してきた。
裁判長が鬼津を見やる。
「鬼津証人。どういうことなのか、詳しくお話しいただけますかな?」
「ああ。実は俺よお……ネズミ先生の死体に気付かなかったんだよな。ほら、『開かずの蔵』って、スゴく小汚いしゴチャゴチャしてるだろ? だから、いつものように開けて、入って、1度閉めたんだ」
「ふんむぅ……。ならば証人は、ナゼ先ほど入ったことを言わなかったのです?」
「ああ、だってよお、いくらゴチャついてるっつっても、死体に気付かなかったとか、マヌケ過ぎるだろ? それに、見て帰ったダケだから、結局は同じコトだと思って、まとめちまったのさ。悪ィな」
鬼津は、裁判長に対し手刀を切って謝ったのち、そのジェスチャーを証言台にも向けた。
「そんなワケだからよお、ぬり壁の姉さん。キチッと閉まった蔵は、【防音】が効いてたんだよ。コケて仕事のジャマしたのは悪かったが、言いがかりは良くないと思うぜ?」
傍聴席は、いまだザワついている。
――ココだ!
「裁判長!」
すかさず手を挙げた。
「弁護側は、鬼津さんを再尋問したいのですが!」
「ふんむぅ……宇佐美検事。ぬりえさんへの反対尋問はよろしいですか?」
「後でまとめて行えるのでしたら、構いません」
「分かりました。では、佐鳥弁護人。再尋問を認めます」
ぬりえと入れ替わりに、証言台には鬼津が立った。
――さて、いくぞ。
「鬼津さん。あなたは、一本道を通って『開かずの蔵』へ行きましたか?」
「ああ」
「それの、具体的な時間はいつでしたか?」
「んー……覚えてねえな」
ヤバそうな質問は、シラを切る気か。
「では、質問を変えましょう。雀鈴を目撃してから、何分ぐらいで蔵に着きましたか?」
「スグに向かったからな。嫌な予感がして俺も急いでたし、5分もかかってねえハズだ」
「なるほど。僕もそこの高等科に通ってましたから、大体そんなものだと分かります」
時間でウソをついてもバレるぞ、と牽制を入れておく。
「それでは、到着したらスグに『開かずの蔵』を開けた、というワケですね?」
「ああ、スゴく心配だったからよ」
本当に心配なら、真っ先に雀鈴のもとへ行くと思うがな。
「ところで、スライドドアの開閉作業は、何分ぐらい掛かるものでしょう? あまり時間が掛かるようなら、開け放したままのほうが自然ですが……」
「いやいや、弁護士さん。俺は鬼だぜ? 【怪力】を使えば、1分掛からずに開け閉め可能さ」
ふむ。
「鬼津さん。ここは大事なところです。あなたは『開かずの蔵』に入った。間違いありませんね?」
「ああ。そして、スグにしっかり閉めたぜ。音は漏れてねえ」
ふうん、そうかい。
――残念だったな、鬼津。
「鬼津さん」
机をバンと叩いた。
「あなたは、途中から法廷に入ってきたためご存じなかったようですがね。実は先ほど、『開かずの蔵』の【防音】が効いてなかったと判明したんですよ」
「な、なんだとっ!?」
「雀鈴が、勢い余って窓を割ったんです。そのため、音は漏れていたんですよ」
鬼津は一瞬、歯を剥き出しにして雀鈴を睨んだ。――おお、昨日さんざん見た悪鬼のツラだな。今日はようやくお披露目か。
「ま、待った、サトリ弁護人!」
ウサ耳検事が慌てて止めに入った。
「それは、ヒジョーに小さな穴です! 聞こえたどうか、極めてアヤしい! 【防音】の効果は継続していたハズです!」
往生際が悪いな。
「いいえ、ウサ耳検事。音は漏れていました」
耳をトントンと叩いてみせる。
「扉が開いているのと同じ原理です。穴が開いていれば【防音】は無効ですよ」
「しょ、証明されておりません! ぬりえ証人は、別の何かを聞いたのです! それとも、弁護側は『聞こえた』と言い張るのですか!?」
「割れた窓を調べてください。その大きさで分かります」
「ぬっふっふ……。そうは問屋が卸しません!」
突如、ウサ耳検事は余裕を取り戻した。
「検察側としては、被告の割った直後の穴は、とても小さかったのではないかと想定しております」
なに?
「休廷中、現場の刑事に調べさせたのですよ。その結果、たしかに被告人の言うとおり、窓は割れておりました。――ええ、現在の状態ならば、内と外で会話ができることも認めましょう」
検事は腕組みとともに耳組みもした。
「もっとも、あれから2日経過しておりますのでね。ガラスの割れた箇所が、『少々大きくなっているかもしれません』」
ほほお。
「つまりウサ耳検事。あなたは、こうおっしゃりたいのですか? 『割れた当初の穴は小さかった。だから聞こえない』と」
「その通りです、サトリくん。――ぬっふっふ、考えてもみてください。たかだかバッジですよ? 小さな穴だったと考えるのが自然でしょう。音など漏れるハズがありません。それとも、君は証明できるのですかな?」
2日前のぬりえさんが、聞こえたかどうかの証明だと?
そんなもの、不可能に決まっている。
だからこそ、ウサ耳検事はせせら笑っているのだろう。
――だが!
「できますよ」
不敵に笑い返すと、ウサ耳検事はピーンと耳を伸ばした。
「な……なんですとーっ!? そ、そんなハッタリが……!」
「心外ですね。僕はウソが嫌いです」
優雅にOKサインを見せたのち、人差し指を中指に当て、ビシッとウザ耳を指差した。
「今から証明しますよ」




