17話目 よいこのぬりえ
「それでは、審理を再開します」
ゴリ裁判長は、証人席に座る女性を見た。
「では、証人は証言台へ」
「は~い」
青いつなぎを着て、トンボのような棒状の器具を持った女性は、多少まったりながらも、キチンと宣誓した。
ゴリ裁判長が僕を見る。
「では、佐鳥弁護人。尋問をどうぞ」
「分かりました」
――実質、最後のチャンスだな。
僕はつなぎの女性に向き直った。
「まずは証人。名前と年齢と職業、そして妖怪の種族をお願いします」
「は~い。真壁ぬりえ、28才。今は路面整備業をやってるわ~。種族は、ヌリヌリしてるぬり壁よ~」
なんというか……壁妖怪なのに豊満だな。ニャン太くんが、ヤケに好意的だったのも納得だ。
「真壁さん。突然の出廷要請に応じていただき、ありがとうございます」
「いいえ~、市民の義務だもの~。――あ、ぬりえって呼んでちょうだ~い。『良い、このぬりえ』ってキャッチコピーだから~」
「はあ」
裁判所で売り込みか。まあ、いいケドさ。
「それでは、ぬりえさん。まずは、道の補修作業をしていた時間についてお聞きします」
「いいわよ~」
「あなたが、日曜日の学園で補修作業を始めたのはいつですか?」
「ええっと~、3時少し前に、現場のそばで待機してたわ~。そのあと、3時きっかりに道を封鎖して、『ヌリヌリくんZ』を塗り始めたの~。時計もしてるし、3時のチャイムも鳴ったから確かだわ~」
「ヌ……ヌリヌリくん、Z?」
「そうよぉ~。ヌリヌリくんZ~」
ぬりえは、手にしたトンボ型の器具を使って、地面を均すような仕草をしてみせた。
「この板レーキを使って、満遍なくヌリヌリするのよ~」
先端は長方形で平たいため、法廷でやるとカラ拭きしているようにしか見えない。
「ぬりえさん。具体的には、どのような作業手順ですか?」
「ん~。最初は、テープで道を封鎖するのね~。それから、ヒミツ物質Xと~、ヒミツ物質Yとを混ぜて、『ヌリヌリくんZ』を作るのよ~」
「そのZですが、セメントやアスファルトとは違うんですか?」
「用途は似てるけど~、成分はわたし特製のものね~。『ヌリヌリくんZ』は、ドロドロに溶けてて、真っ黒い泥パックみたいな感じのものを塗るのよ~。混ぜて塗ってで、ここまでで5分ね~」
「それからは?」
「固まるまで、じ~っと待機よ~。時間が経つと、灰色のコーティングになるの~。ちなみに、金属に塗ると銀色っぽくなるわね~」
ふむ、コーティングか。
「わたしの『ヌリヌリくんZ』は、下地の素材と混ざらないでそのまま固まるから、型どりにもいいって評判よ~」
「その作業ですが、気温や湿度の影響を受けますか?」
「え~え、そうよ~。だから、最適な『ヌリヌリくんZ』は常に違うわ~。まあ~、感覚的なものだから~、同じ成分はわたしも作れないけど~」
ムリなのかい。
「では、ぬりえさん。作業中ですが、何か変わったことはありましたか?」
「え~え。まずは、塗り終わってスグね~。怖い赤鬼さんがダッシュで来て、止めるのも聞かずに通っていっちゃったのよ~」
よし、当然あったよな。
「ぬりえさん。その時、彼の服はどんな感じでしたか?」
「え~っと、血まみれに見えたわ~」
傍聴席がザワつく。よしよし、目的の証言を引き出せた。
「でも~」
――ん?
「そのあと刑事さんにも聞かれたけど~、そういうプリントの服ってあるのね~。じゃあ、それだと思ったわ~」
ぐふっ……。服の柄、ときたか……。
検事席を見ると、ウサ耳検事がニヤついていた。チッ、さすがに聞き込み自体はしていたんだな。
「ぬりえさん、よく思い出してください。血の匂いなどはしませんでしたか?」
「う~ん……ごめんなさい。一瞬だったし、覚えてないわ~」
むう、駄目か。
「それに彼、目の前でベチャってコケちゃったし~」
――なに?
「ぬりえさん。赤鬼さんはコケたんですか?」
「そうよ~。んも~ぅ、もういっぺん塗り直しで、イヤんなっちゃったわ~」
傍聴席がザワつく。だよな、これって一撃必殺じゃないか?
――おっと、ちゃんと確定させておこう。
「その赤鬼さんを覚えていますか?」
「え~え、もちろん」
「法廷内にいれば、指を差してください」
「そこにいる、彼よ~」
鬼津を指差した。
いい機会なのでジーッと見てやると、鬼津はバツが悪そうに頭をかく。
「こ、コケたこととか、恥ずかしいだろ」
いやいや、お前の生きざまに比べればどうってコトないさ。
冷ややかに見据えたあと、ぬりえに対してほほ笑んでみせた。
「ぬりえさん。あなたが3時半で作業を終えるまでの間に、鬼津さん以外で封鎖した道を通った人はいますか?」
「いいえ~。蔵に行きたい生徒さんたちが3人来たけど、待っててもらったわ~」
「では、次です。あなたが補修した道で鬼津さんがコケました。そのとき、彼が血まみれだった場合、道を成分解析したら血は出ますか?」
傍聴席がザワつく。
よし、これで……!
「たぶん、出ないわ~」
「え?」
危うくズッコケそうになった。
「そ……それは、ナゼです?」
「さっきも言ったとおり、下地と混ざらないのがヌリヌリくんZの良い所なの~」
と、すると……。
「もし、血まみれだったしても……」
「コーティングして、むしろ守っちゃうわ~」
――なんてこった。
「1滴も混ざりませんか?」
「血のコーティングは、吸血鬼さんの依頼でやったことあるから、たしかよ~」
それでも、だ。
「裁判長。弁護側は、補修場所で血液反応が出ないか、警察に調査を……」
「ぬっふっふ。その必要はないですよ、サトリくん」
ウザ耳検事がカットした。
「補修現場も含め、道は魔法で調査済みです。被害者の血液反応は、地面への染み込みも含め、1滴もなかったとお答えしておきましょう」
おー、ありがたいね。道が1つツブれたよ。
ならば、別の道だ。
「ぬりえさん。今度は、現場に来てから鬼津さんがコケるまでの間に、何か変わったことはありましたか?」
「そうね~、ん~……」
うむ、漠然としすぎたか。
「では、『音』に関する情報に絞ってみてください」
「う~ん……あっ」
ぬりえは手を叩いた。
「そう言えば~。これから塗り始めようってしたときに、なんだか、言い争ってるような声が聞こえたわ~」
「それは、どこからでしょう?」
「奥の建物のほうからだったわ~」
「具体的な場所を、スクリーンで示してもらってもいいですか?」
「いいわよ~」
板レーキを逆に持ったぬりえは、柄で「開かずの蔵」を指し示した。
「ここよ~」
傍聴席がザワめいた。
「ぬりえさん。言い争い……ということは、1人ではなかった?」
「ええ、2人の声だったわ~」
「何を争っていたかは分かりますか?」
「そこまでは、意識してなかったわね~」
ふむ。しかし十分だ。
「ありがとうございます、ぬりえさん。重要な証言でした」
「いいえ~、どういたしまして~」
礼をした僕は、悠然と法廷を見回した。
「2人の言い争っていた声。これが意味する所は何でしょう?」
少し間を置いて、みんなに考える時間を与えたのち、バンッと机を叩く。
「そう! この時点で、『被害者は生きていた』ということです! 3時前に帰った雀鈴が、殺せるハズがない!」
傍聴席が大きくどよめいた。
「静粛に、静粛に!」
ゴリ裁判長が木槌を何度も叩く。
「ま、待ってくれ!」
鬼津が手で制した。
「す、すまねえ……。俺よお、つい、言いそびれちまったコトがあるんだよ」
――来たか、鬼津。
暴力は嫌いだが……法廷流の殴り合いなら、相手になるぞ。




