16話目 2人の思い出
先ほどの休廷とは、雰囲気がまるっきり逆だった。
空気が非常に重苦しい。まるで有罪が決まったかのようだ。
「えっと……サトリさん」
雀鈴が弱々しく笑った。
「作戦とか、練る……?」
「大丈夫。賽は投げられたからね。作業員さん次第さ」
「じゃあ、その人が何も知らなかったら、終わり……?」
「いやいや。さっきウサ耳検事が言ったように、控訴ができるよ。終わりじゃない」
ただし、そこから先は妖怪裁判でもない。
地裁より上は、いわゆるフツーの裁判だ。早くて1ヶ月、普通は2、3ヶ月ほど掛かる。
保釈請求が通って無罪を勝ち取れても、その間は、不安な心理状態のまま過ごすことになるだろう。
そのうえ、妖怪の場合は、首輪が取れない。いわく、逃走や証拠隠匿のおそれがある能力持ちが多いため、一律で【妖気封印】をするのだそうな。クソである。
――この沈黙も、ウソに入るよな。
僕は内心を押し隠しつつ、雀鈴にほほ笑んだ。
「雀鈴。彼の性格やクセみたいなものがあれば、教えて欲しいんだ。何か手がかりになると思うからね」
「分かったわ」
雀鈴はうなずいた。
「ハントは……自分でなんでも出来るけど、それを他の人が出来ないからっていうんで、しょっちゅう不満そうだったわ……。あたしの場合も、何も出来ないって怒られてばっかりで、悪かったなって思ってた……」
「それは違うよ」
「え?」
「たとえば、鉄のモモだ。これは、優れた造形だと思うよ」
血まみれの写真でお目見えしたのが残念だったがね。
「繊細さに、鬼の力が備わって、君だけが作れるモモになっているんだ。もっと自信を持つべきだよ。誇れることだ」
「サトリさん……ありがとう」
雀鈴は顔をほころばせた。
「そう言うサトリさんの方こそ、とても頑張ってくれたわ。あたしは大丈夫。どんな結果になっても、受け入れるから」
ズキリと、胸が痛んだ。
彼女は無実なんだ。
僕は、【読心】によって誰よりも分かるのに、未だに証明できていない。それどころか、崖っぷちだ。
「ハントは……自分が少しでも不利になりそうだったら、それを否定してたわ」
雀鈴は、健気にも、なおも鬼津について教えてくれた。
「今のハントって、出会った頃とおんなじ優しさなの……。でも、あんなに嬉しかったハズなのに、今の彼の優しさは、なんでか嬉しくないの……」
――薄っぺらいヤツの、上っ面だけを見せられていたんだな。
ケンカして、鬼津の気持ちは離れていたが、雀鈴はすがっていたんだ。
そんな価値などまったくない、クズ相手に。
彼女ならば、遠からず答えを出せただろう。
だが、今はイキナリ本性をブツけられた。
理性の出した答えに気持ちが追いつくには、あまりにも時間がない。
「あの……」
雀鈴が、おずおずと口にした。
「あんまり関係ない話かもしれないけど、喋っていい……?」
「うん、いいよ」
「あたしね……。ハントとは、スーパーのバイトで知り合ったの。ハントのほうは、スグ辞めちゃったけどね……」
「うん」
「会う回数も、少なくなってたの。たまに会えたときは、『いい服があるから買いたいんだ。ちょっと金貸してくれ』とか言ってきたりしてね」
金の無心だな。
「ハントは、蔵のウワサにだけは興味があったのか、しょっちゅう聞きにきてたわ」
――ん? それってもしかして。
「雀鈴。先生から最近、美術品が無くなったとかいう話を聞いてなかったかい?」
「え……? サトリさん、心を読んだの?」
「いや、なんとなく思ってたダケだよ」
おぼろげに考えていたことが、形になってきた。
雀鈴は耳元を掻き上げた。
「あとね、サトリさん……。コレを聞くのはヘンかもしれないんだけど」
「なんだい」
「何回か、ハントが同級生の女子と歩いてる所を見たの。相手はいっつもおんなじ女子で、2人でね。コレって……どう思う?」
――唐突に言われても、関係性は分からない。
ただ、雀鈴の中で答えが出ているのは分かる。
法廷での鬼津を見て、さまざまなピースが一気に埋まったのだろう。
直後、雀鈴は笑い出した。
「ふふっ……ウソよ。サトリさんってば、こんなコトに引っ掛かっちゃって~」
無理をしているのが痛々しい。
手で否定してみせた雀鈴は、そのままゆっくりと胸のバッジをつまみ、それを外した。
「雀鈴……」
「――ねえ、弁護士さん」
雀鈴は穏やかに告げた。
「あたしね。信じることが正しいのか、分かんなくなっちゃった……」
バッジをしばらく眺めていたが、やがて、そっとポケットにしまった。
ふと、念話が聞こえてくる。
“もしかして……ハントなの?”
“断定はできない”
“だけど、あたしとハント以外って言ったら、時間に余裕がないわ”
雀鈴は、潤んだ瞳で見つめてきた。
“何か……きっと理由があったんだと思うの”
“雀鈴”
“そこに何があったのか……しっかりと見極めるわ”
口をきゅっと結んだ雀鈴は、視線をポケットに入れた手へと移した。
“そのとき……このバッジにも、答えが出せると思うの”
――気持ちの整理が出来たみたいだな。
「それと、サトリさん……」
「ん?」
「もしかして、裁判中のテレパシーって、すごく負担になってない?」
「そんなことは……」
ない、と言おうとして、凜とした表情に気付いた。
先ほどまでとは違う、決意を秘めた眼差し。
「ほんの少し、あるよ」
「ごめんなさい」
手を合わせて拝まれた。
「あたしが混乱して、サトリさんのジャマをしてたら本末転倒よね」
その両手で、僕の手をギュッと握る。
「あたしは大丈夫。えっと……自分1人で向き合いたいの。そうでないと、今までも、これからも、何もかもがダメになっちゃう気がするの」
しなやかで、温もりの感じられる手だ。
「ありがとう」
僕は、自然ともう片方の手を添えていた。
「みんなに無実を認めさせるよ。必ずね」
10分の休廷時間は瞬く間に過ぎ去った。
いよいよ、最終ラウンドである。




