15話目 KO寸前
ともかく、話を聞いてボロを出させよう。
「鬼津さん。蔵から戻ってきたあなたは、雀鈴の寮部屋へ行きましたね」
「ああ」
「何をするつもりでしたか?」
「真相を聞きたかったんだよ。『雀鈴。お前、そんなにネズミ先生のことが辛かったのか?』ってな」
「しかし、実際には会話をしていませんね」
「そいつは……いざ顔を合わせたら、聞くのが怖くなってよお。雀鈴が風呂に入ってたっつーんで、俺もシャワーを浴びて帰っちまった」
鬼津は短髪をかいた。
「まったく……なっさけねえ話だよな。大事なときに支えてやれなかったんだ」
被告席を向いて、気弱そうに笑う。
「ホントすまねえな、雀鈴。蔑んでくれて構わねえぜ」
ほお、即席にしてはいい演技だ。「心配して顔を出すものの、とうとう聞き出せなかった、メンタルの弱い恋人」というキャラで通す気か。
たしかに、「人殺しの罪を恋人になすりつけようとしている、最低最悪のクズ」よりは、断然マシだものな。
鬼津は両手で顔をぬぐった。
「はぁっ……鬼の目にも涙っつーのか? 普段の俺はイキがってても、根っこはどうしても涙もろいんだよ。俺って奴は、雀鈴が苦しさを打ち明けられねえような、弱い男だったんだな。辛さを分かち合えなかったのが、本当にすまねえ」
「ああ、証人。そこまでで結構です」
何が「鬼の目にも涙」だ。自分の心証だけを良くしようという、「血も涙もない鬼畜」だろうが。
「雀鈴の部屋を出てからは、どちらへ?」
「さっき言ったとおり、ワイルドに相談したぜ。そのあとは、晩飯を食ったあと、青鬼クンとのケンカの1件で、ちょいとご厄介になった。具体的な所は……弁護士さんも知っての通りだぜ」
一瞬、皮肉っぽい笑みを浮かべた鬼津だが、すぐに気弱な表情で覆い隠した。
――クソッ、目撃者が誰もいないのがネックだな。話せば話すほどボロを出すかと思ったが、コイツ、妙に話を作るのが上手い。いかにも真実っぽいフェイクで、雀鈴が犯人だと塗り固めてくる。
“サトリさん……”
雀鈴が、気遣わしげな念話を送ってくれたが、返事をする余裕がない。
大丈夫さ、任せとけ……と、声を掛けるのはたやすい。
だが、このままだと結審してしまう。
分かった上でソレを言うのは、ウソになる。
「ぬっふっふ……賢者サトリく~ん?」
ウサ耳検事は、シャクシャクと人参を食べていた。
「タッパーの人参スティックが、そろそろ尽きそうですよ? あからさまな遅延行為は、止めていただきたいですな」
「ええ、ウサ耳検事。分かっております」
これ以上、鬼津を尋問しても崩せない。「雀鈴が犯人」という、ニセの証言を吐き続けるダケだ。
むう、他に誰かがいれば、別角度からの証言が得られる可能性は高いんだ。必ずある、真実への「道」が……。ん?
「佐鳥弁護人」
ゴリ裁判長からも声が掛かった。
「宇佐美検事の言うように、反対尋問がなければ終了してください」
「申し訳ございません、裁判長。――弁護側、以上です」
深く頭を下げた。
「少々、今後の方針を考えておりました」
「ぬっふっふ……。何を考えると言うのです?」
ウサ耳検事が鼻メガネをいじった。
「妖怪裁判の場合、裁判長が『有罪』と発して、懲役何年と仰るダケですよ? ――ああ、控訴を考えるというのなら、そちらを聞き終わってからご随意に」
うるさいぞ、ウザ耳。
しかし、ゴリ裁判長もうなずいてしまった。
「ふむ……。これまでの審理によって、被告人が殺害したと考えるに足る条件は、十分示されておりますな」
ぐぐっ……! タイムリミットか。
「よって、この裁判は……」
「お待ち下さい、裁判長!」
すかさず手を挙げた。
「弁護側は、証人の出廷を要請します!」
傍聴席がザワつく。ウサ耳ほどの耳が無くとも、嫌悪感をむき出しにした批難が次々と聞こえてくる。
だが、構わない。
「ふんむぅ……、佐鳥弁護人」
裁判長は、さすがに冷静だった。
「一体あなたは、誰を証人として喚ぶつもりですかな?」
「はい。道の補修作業員です」
「異議あり!」
すぐにウサ耳が声を上げた。
「裁判長! 弁護人は、いたずらに審理を長引かせようとしております!」
そりゃあ、そう言うだろうな。
だが……こっちも雀鈴の人生がかかっているんでね!
「ウサ耳検事! その批難は、まったく筋違いです!」
「なんですと?」
ウサ耳検事のタレ耳がピーンと伸びた。
「サトリくん、今のは聞き捨てなりませんね。挑発して遅延行為をするなど、懲罰ものですよ?」
「いいえ、その心配は一切ありません。――よろしいですか? 鬼津さんの証言により、彼こそが第一発見者と分かったんですよ? ならば、生徒達よりも前に来て、一本道を封鎖していた作業員さんを喚ぶことで、当時の状況がより詳しく得られます。この人物は、むしろ検事側が喚ぶべきだったと考えております!」
「なっ!」
ウサ耳検事は口をあんぐり開けている。よーし、当分喋るな。
傍聴席がさらに騒がしくなったので、裁判長は木槌を叩いた。
「静粛に、静粛に! 静かにしない方は退廷を命じます!」
しばらくして、なんとか法廷は落ち着きを取り戻した。
「ふんむぅ……。佐鳥弁護士の言い分は分かりました」
「ありがとうございます」
「しかし、おそらく数分の差でしょう」
正論を言われた。
「そこには、足止めをされていた生徒たちもおりましたからね。彼らの証言だけでは足りませんか?」
「ええ。その数分間こそが、大切なんです」
マジメな顔で力説した。
「現場の状況を、多角的に知るための、極めて重要な証人だと考えます」
現在、犯人の最有力候補は鬼津だ。
だとすれば、当の犯人の証言しかない、今の状況がマズいんだ。
その作業員は、蔵から戻ってきた鬼津と会っているし、他にも色々狙いはある。
この証人を喚ぶことで……矛盾を暴き出す!
真剣に訴えたのが良かったのか、裁判長も召喚する方に傾いてくれたらしい。
「ふんむぅ……。その職人さんですが、どこにいるか分かりますか?」
「幸い、この近くで作業しているそうですから、すぐに要請しましょう」
あやかし協会を通じて、作業員に連絡が行き、喚ばれることとなった。ニャン太くんの言う通り、本当に目と鼻の先ぐらいの場所にいたらしい。
「では、10分休廷とします」
裁判長が木槌を鳴らした。
――第2ラウンドは、KO寸前だったな。
僕はゆっくりと息を吐いた。




