14話目 いっぱいちにまみれる
ウサ耳検事の尋問は続いた。
「証人。あなたの当日の行動をお話し下さい」
「いいぜ」
鬼津はうなずいた。
「俺はよお、いつものように、雀鈴のいる寮へ遊びに行ってたんだ。そしたら、ちょうど留守でな。向かいの雑貨屋で、ヒマつぶしをしてたのさ」
鬼津は頭をかいた。
「そしたら、向こうから雀鈴が帰ってきたんだよ……鬼気迫る表情でな」
ひときわ沈痛な面持ちになった鬼津は、シャツの胸元をつまんだ。
「俺と雀鈴は、こういう服の柄が好きでさ。お互いの服はよく見てるんだ。それで分かったぜ。『あれ……? 雀鈴の服、マジで血まみれだぞ……?』ってな」
傍聴席がどよめく。
「静粛に、静粛に!」
ゴリ裁判長が木槌を鳴らすなか、雀鈴は大混乱に陥っていた。
“え……? ハ、ハントが……なんで……?”
“落ち着いて、雀鈴”
思考の奔流に巻き込まれ、軽く酔う。
“キチンと聞くんだ。それから判断を下そう”
“――ええ”
傍聴席が鎮まるのを見計らって、検事が切り出した。
「証人、続きを」
「ああ。血まみれの雀鈴を見たとき、俺は思い出したんだ。雀鈴が、ネズミ先生に何度もダメ出しされてたことをな。俺の目からはデザインが良さげだったのに、作り直しをさせられててよお。かなり、不満が溜まってたみたいだった」
鬼津は目頭を押さえた。
「俺は、雀鈴の行ってただろう開かずの蔵へ、おそるおそる確認しに行ったんだ。『おい、やめてくれ。何かの間違いであってくれ』ってな……」
鬼津は頭を振った。
「でも……ダメだった。先生が……血まみれで死んでたんだよ!」
鬼津は、目にうっすらと涙を浮かべている。クサい芝居で体を揺らし、傍聴席の心も揺さぶるハラだろう。
“ウ、ウソよ……”
雀鈴の念話は、ひどく弱々しかった。
“いつも来てた……? ううん、久々だったわ……”
“落ち着いて、雀鈴”
“モモは、あたしが勝手に何度も直しただけ……。服は見間違いよ……。アレ……? じゃあ、犯人は誰……?”
雀鈴は、浅い呼吸を繰り返しつつ、体を抱きすくめていた。
“あたしじゃない……それに、ハントでもない……。その間に来た、誰かが犯人……”
“うん。そうかもしれない”
おそらくは、もっとシンプルだろうが。
ウサ耳検事を睨んだが、向こうはほくそ笑んでいた。
「証人。恋人を糾弾する形となった悲痛さは、察するに余りあります。それを押してでも、こうして証言してくださった気高い意志に、改めて感謝を述べさせていただきますよ。――検察側、以上です」
歯の浮くようなセリフだな。
「佐鳥弁護人、反対尋問をどうぞ」
「分かりました」
僕は鬼津に相対した。
「証人。あなたが『開かずの蔵』を訪れたのは、いつぐらいでしたか?」
「3時ちょっと前だな。蔵に着いたあとで、ハッキリと鐘の音が聞こえたからよ。よく印象に残ってるぜ」
「なるほど。では、入って確認したとき、先生の様子はどうでしたか?」
「ああ……チョイと待ってくれ」
鬼津は手で制した。
「まず、俺は入ってねえ。スライドドアを開けたダケさ」
――なに?
「証人。倒れていた先生の様子を、近づいて確かめようとは思いませんでしたか?」
「いやあ、怖くてムリだったぜ。何せ、ピクリともしてなかったしな。それに、どう見ても雀鈴が作った鉄のモモが、血まみれで乗っかってたし、呆然としちまってたよ」
ふむ。蔵には入ってない……だと?
「あなたが訪れたとき、『開かずの蔵』は開いてましたか」
「いや、閉まってたぜ」
「証人は、一切『開かずの蔵』に入っていないんですか?」
「ああ、入ってねえとも。だって、外から見ただけで十分惨劇は分かったもんよ」
頑なに、入ってないと言い張るか。
「その後、あなたはどうしましたか?」
「もちろん、ドアを閉めて帰ったぜ」
僕は眉を寄せた。
「不思議ですね。『開かずの蔵』を開けた行為までを見ると、鬼津さんも容疑者の1人として浮かびそうな気がします。――ああ、いえ。別に証人や検事側を責めているワケではございませんよ? ワイルドくんという、ハタ迷惑なワイルドカードの存在によって、引っかき回されてしまったのでしょう」
僕は法廷をぐるりと見回した。
「と、すると。ワイルドくんが消えた今、あなたも同じく容疑者になりそうですが、この点はいかがお考えで?」
「ああ……。雀鈴の弁護士さんだから、そういうふうに弁護するのは分かるぜ。だがよお、ワイルドが目撃したっつーふうに言ってたのか? なら済まねえな。本当に目撃してたのは俺だったんだ」
なに?
「ワイルドに相談したぜ。そしたら、あいつの方から、『恋人を追い詰めるような証言は悲しすぎます。自分が見たことにしますよ』って、立候補してくれたのさ」
ああ、ワイルドに「命令」したんだな。
それで合点がいった。おそらくあのチワワは、舎弟のような扱いだったのだろう。うまくやれれば、それで良し。失敗したところで、駒が1つ減るだけだ。
こいつは、他人を踏みにじろうと、なんとも思わない……いや、それどころか、嬉々としてツブすタイプだろう。
鬼津は、額をぬぐった。
「あのよぉ……あいつを、責めないでやってくれ。俺のためを思ってやってくれたことなんだ。本当に済まねえ」
――そして、ヒドく狡猾でもある。
今、コイツは、チワワをさも思いやってるような発言をした。
別に、チワワのためではない。
その方が、雀鈴に罪をなすりつけやすいからだ。
「鬼津さん。3時過ぎといえば、すでに一本道は封鎖していたハズですが、どうやって帰りました?」
「フツーに通してもらったよ。まあ、ちょっと迷惑そうだったがな」
「その後、あなたは雀鈴さんの部屋に行って、お風呂を借りてますね。――『何か』でヨゴれた服を脱いで」
「え?」
傍聴席が再度ザワつくが、鬼津は不思議そうに首を傾げてみせた。そののち、フッと気付いた素振りを見せる。
「あー、そっかそっかー。なるほどなー」
鬼津は、パンと手を叩いた。
「おーおー。弁護士さんってのは、そういうこともやるのかー。エゲつねぇぜ」
「どういうコトですか、鬼津さん?」
「ほら、俺は見てのとおり、わんぱくっぽいナリしてるだろ? おんなじ鬼族から、しょっちゅう絡まれるんだよ」
鬼津は、シャツを軽く叩いてみせた。
「弁護士さんよお、血でヨゴれたって言いたいんだろ? そいつは言い過ぎだな。ちょっと別件で、青鬼クンとケンカして、そのときの血がちょっぴりついてたダケさ。――って、昨日弁護してくれてたハズだぜ? いま質問した、当のサトリ弁護士がな」
「ぐっ……!」
傍聴席が再び騒がしくなる。
――そのケンカは、土曜の話だろう!
ゴリ裁判長が静粛を求め、法廷は静かになる。
「佐鳥弁護人、続きを」
「はい」
僕は大きく息を吐いた。
「鬼津さん。血のついた量は、ケンカで発生したよりも多かったハズですが」
「いやあ、弁護士さん。そういうウソはダメだぜ。俺の血はケンカでついたものが全てだ。そして、ソイツはほんの少しだったぜ」
クソッ、証拠が必要か。
「鬼津さん。仮にあなたの言うとおりだとしても、ケンカは土曜で、殺人事件の日は日曜です。あなたは、血のついた衣服を着替えなかったんですか?」
「んー、大した量じゃなかったし、別になあ」
多かった、少なかったの水掛け論だ。目撃者はお互いだけ……。こうなると、証人と被告人という立場が効いてくる。
チッ……。弁護した内容を、こんな形で逆用されたのは初めてだよ。
この仕打ちは高くつくぞ、鬼津。




