13話目 幸せだったお揃い
休廷中、まずはしっかりと水分を補給した。最近はほうじ茶がお気に入りである。
そののち、雀鈴のいる待合室へと向かった。
「大丈夫かい、雀鈴」
「ええ」
雀鈴の斜め後ろには、2名の刑務官がいた。彼女の立ち姿と合わさると、まるでお付きを従えているかのようである。
「だけどね、サトリさん。少し気にいらないコトがあるわ」
「え、なんだい?」
雀鈴は、むくれた顔で足を指差した。
「ダサいサンダルを履かされてるの」
わずかな沈黙の後、僕は苦笑した。
「逃走防止のためなんだよ」
「はぁ……この私服は何とか着られてるけど、お揃いの靴じゃなくなったのがツラいわ」
――文句が言えるようになったのは、余裕が出てきた証拠だな。
「お揃いの靴、お揃いの服……。そして、コレ」
雀鈴は、鬼切り丸のバッジを触った。
「このバッジってね、初デートのときに、彼に買ってもらったのよ」
「そうだったんだ」
「彼が鬼切り丸で、あたしがモモ。2つで1組の、『幸せのバッジ』ね。離れててもずーっと一緒だよって、彼が付けてくれたの」
雀鈴は、まぶしそうに目を細めた。
「あの頃は……本当に楽しかったなぁ」
――おや。
「雀鈴。最近は、うまくいってないのかな?」
「うん……実はそうなの」
雀鈴は自嘲気味に笑った。
「あたしと彼が、ツマンナイことでケンカしちゃってね。その時から、ギクシャクし始めたの。バッジだけは、『大事なバッジなんだから、ちゃんと付けといてよね』って、無理矢理付けてもらってたんだけど」
雀鈴は下を向いた。
「あたしがバッジを放り投げたせいで、幸せをダメにしちゃったのかな……」
「それは、ただの偶然だよ」
やんわりと否定した。
「あくまでも、先生を殺害した犯人が悪いんだ」
「――うん」
雀鈴は、何度かうなずくと、ゆっくり顔を上げた。
「弁護士さん。――あたしね、逮捕されたとき、ちょっと嬉しかったの」
胸の奥にたまった気持ちを、なんとか押し出すかのように、ぽつり、ぽつりと語っていく。
「バカみたいでしょ。でも、本気だったの。だって、不幸になれば、彼の気をもう1度ひけるかなって……。そんな、ズルい気持ちが、どこかにあったんだもの」
「自白も、その思いが高じてだったのかな?」
「ええ。ごめんなさい」
雀鈴は深々と頭を下げた。
「でも、結局ムダだったわね。彼、傍聴席にもいないみたいだし」
ふぅっと溜め息を吐く。
「きっと、あたしが殺人犯だから、愛想を尽かしちゃったのね」
「そんなことは絶対にないよ」
僕は首を横に振った。
「雀鈴。何度でも言うけど、君は無実だ。不当な扱いに怒りこそすれ、負い目を感じる必要は一切ないんだよ」
まあ、彼氏から本当に愛想を尽かされた可能性もあるが、その場合は、早めにそんな奴だと分かって良かったと言うべきだろう。――今の雀鈴には酷なので、絶対口にしないが。
「君は、堂々と身の潔白を証明して、彼に会いに行けばいいさ」
「――ええ」
雀鈴は顔をほころばせた。
「でも、その証明はサトリさんがやるんでしょ?」
「おっと、そうだった」
お互いに笑った。
「大丈夫だよ、雀鈴。誰が来ても、さっきみたいに崩してみせるからね」
「期待してます」
「それでは、審理を再開します」
休廷開けの合図として、ゴリ裁判長が木槌を鳴らした。
「宇佐美検事、証人は到着しましたか?」
「はい、裁判長。滞りなく手配しております」
ウサ耳検事は自信満々に答えた。
「証人の、『闘将……グッド』? えーっと、『闘将GOOD』氏、入廷をどうぞ」
明らかに偽名だな。誰だろう、妖怪レスラーか?
ワイルドの時と同様、法廷のドアが勢いよく開いた。ゆっくりと入ってきた証人に目をやる。
「なっ……!?」
そこには、鬼津がいた。
見間違えるハズもない。一本角の赤鬼。青鬼をボコボコに殴った、不良少年。
――なんでアイツがここに!?
僕の動揺する姿に、ゴリ裁判長が心配そうな声を掛けてくる。
「おや? どうしました、弁護人?」
「い、いえ、裁判長……。まさか、昨日弁護した方が証人とは、さすがに予想外で……」
ウサ耳検事は、今日一番の邪悪な笑みを浮かべている。
――クソッ、昨日の事件を知っているな!?
鬼津が鼻歌交じりに証言台へと立った。
「よお、弁護士さん。また会ったなあ」
つい昨日、2度と会いたくないと吠えていた相手が、朗らかに手を振ってきた。
――ロクなことがない。
雀鈴を見ると、彼女もまた、ヒドく動揺していた。
“え? ハ、ハントが、なんで……?”
――おいおい、ウソだろ?
“雀鈴。もしかして、恋人っていうのは……”
“ええ……ハントよ”
“なるほどね”
――本当に、ロクなことがない。
今日の鬼津は、血まみれ柄の長袖シャツに、黒いズボンを着用していた。両手には、シルバーの鋲が付いた、ゴツい黒グローブをはめている。
やれやれ。昨日は清潔感のある白い半袖シャツにブルージーンズだったろうが。今日は、雀鈴との「お揃い」を狙ってきたのか。
ウサ耳検事は、タッパーから人参スティックを出した。
「証人。氏名と職業、そして種族を」
「ああ。俺は彦阿学園高等科の3年、闘将GOOD……いや、もう通称の意味はねえな。鬼津半人、18才だ。見てのとおり、赤鬼だぜ」
赤ら顔の鬼津は、頭の1本角を指差した。
ウサ耳検事は、人参スティックをあっという間に食べ終えている。
「証人。被告人とは、どのような関係ですか?」
「かけがえのない恋人だ」
傍聴席が「おおーっ」とザワつく。
検事は鼻メガネを触った。
「証人。あなたは、その恋人を追い込むような立場になってしまいましたね。心中お察しします」
「たしかに、心苦しいぜ。だが、雀鈴には、己の罪と向き合ってほしい。だからこそ……あえて鬼になるぜ」
なんのつもりだ、そのキャラは。元から鬼畜のクセに。
――これは、一筋縄ではいきそうにない。




