11話目 ワイルドくん14おくさい
検事が証人をよび、しばらくしたのち。
バンッ!
突如、法廷のドアがハデに開いた。
“な……なんなの?”
“たまにある演出だね。証人に気分良く出てもらうため、少々自由を利かせてるらしい”
大人しく証人席に座らせとけとは思うがね。
「お待たせしたぜ!」
みんなが見守るなか、色白で小柄な少年が、傲岸不遜な態度で入ってきた。
髪の色は白く、ニット帽を被っている。
――種族が分からないな。何か、すごく似たイメージはあるんだが。
証言台に立った少年は、宣誓したのち、マントを翻した。
「検事、来たぜ!」
「証人、名前を」
「おう! 撃我ワイルドだ!」
“――え? チワワ?”
“なるほど、それだ”
小柄でつぶらな瞳。おそらく、愛嬌良くふるまえばメチャクチャ可愛がられるだろう。
今の表情は、実に憎たらしいが。
「証人。種族と年齢もお願いする」
「おう! 種族は人狼! 年齢は14億才だ!」
――おい、ウサ耳。なんでこんなチワワを召喚した。
「異議あり」
非常にバカバカしいが、しないワケにもいかない。
「ワイルド証人。地球が誕生してから46億年ですよ? ホラも大概にしてください」
「ぬっふっふ……サトリ王子く~ん?」
ウサ耳検事が鼻メガネを直した。
「これは、証人の氏名や年齢、職業などを保護する措置の一環ですよ」
「伏せたいのであれば、年齢不詳にすべきです。さも真実のように喋るのは、止めていただきたい」
ゴリ裁判長も唸っていた。
「ふんむぅ……。ワイルド証人。弁護人はこう言っておりますが、年齢はどうしますか?」
「14億才だ!」
「よろしい。では、自称14億才で」
「ヨシ!」
いいのか、それで。
ゴリ裁判長が僕を見た。あー、ハイハイ。
「自称ならば、弁護側も構いません」
数年後に「イタタ……」とのたうち回ろうが、知るか。
ウサ耳検事は邪悪な笑みを浮かべていた。
「それでは、証人。あなたが事件当日に見たことをお話しください」
「おう! あれは3時前だったな! 大通りから、俺はハッキリと見たんだ! 血まみれの姿で部屋に入っていく殺人鬼をな!」
「この法廷におりますか? いるなら、指を差してください」
「いいぜ!」
ワイルドは、ビシッと雀鈴を差した。鼻息荒く、どこか誇らしげだ。
――やれやれ、「鬼の首を取ったよう」か? 縁起でもない。
「検察側、以上です」
まるで、今日の仕事は終わりとでも言わんばかりに、ゴリ裁判長へうやうやしく一礼した。
ザワつく声のなか、雀鈴は小刻みに震えている。
“そ、そんなワケないわ……。あのとき、大通りには誰もいなかったハズだもの……”
“うん。この証言は真っ赤なウソだよ”
僕は強く同意した。
“君が心を開いてくれたから、誰よりも確信をもって言える。彼はホラ吹きだとね”
“――ありがとう、サトリ弁護士さん”
“それにしても、だ”
僕は、大げさにワイルドへと顔を向けた。
“よくもまあ、彼は得意げでいられるよね。狼とか言ってるけど、天狗になってるな”
“――フフッ”
笑いは心のダメージを癒やしてくれる。
“今から、鼻っ柱を叩き折ってやるさ”
さて、正念場だ。
僕は検事側のイヌと相対した。
――おっと、単なるチワワとは限らないか。
「証人。あなたは本当に人狼ですか?」
「なにィ?」
「年齢不詳なあなたですから、種族も不明なのではないかと尋ねております」
「異議あり」
ウサ耳検事のカットが入った。
「賢者サトリくん。証人の保護をなんだと心得ているんですかね? それを探るのは、証人の個人情報を手に入れ、仕返しを考えていると勘ぐられても仕方がないですよ?」
「ウサ耳検事。そのお考えこそ、ゲスの勘ぐりと称されるものでしょう。僕が気になっているのは、ただ1点。彼が本当は、蔵に侵入できた3種族ではないかというコトです」
ゴリ裁判長を仰ぎ見た。
「裁判長、先ほどの質問は撤回します。代わりに、『証人は鬼、猫、鼠のいずれかかどうか』という質問に変更いたします」
「ふむ。――弁護人の意見には、妥当性があると認めます」
ゴリ裁判長はワイルドを見た。
「証人。鬼、猫、鼠のいずれかか否かをお答えください」
「おう! へっへ~ん、残念だったな! オレはその3種族じゃねえぜ!」
ぐふっ。じゃあお前、何しに出てきた。
コイツがウソをついているのは確実なんだ。
違和感……そう、違和感だ。
妙に匂う。
改めて、ワイルドの体格を見てみた。やはり小柄である。
――自称、14億才か。
「証人。あなたは小学生ですね?」
「中学生だよ! ナニ決めつけてんだ! 14才っつってただろ!?」
いいや、14億才と言ったぞ。
「では、中学生の証人にお聞きします」
「おう!」
「雀鈴を目撃した場所は、高等科の敷地内でしたが、証人はナゼそこに?」
「オレはさあ、あっちこっち見て回るのが趣味なんだよ。それとも、ウロついたらダメとかいう法律でもあるのか?」
「いいえ」
ふむ、ケンがあるな。
「ワイルド証人。あなたは、大通りから目撃したとのことですが、雀鈴には君がいたという記憶がありません。具体的には、どの場所から見ていましたか?」
「え? しょうがねえなあ。えーっと……あのスクリーン、使っていいか?」
「どうぞ」
ワイルドは、前に出てスクリーンをツンツンとつついた。
「ほら、ココだよ」
指の位置は、ゴチャついてる雑貨屋、「宝のゴミ屋敷」の前だった。
――ちっ、よりにもよって、ソコか。
「大通りの反対側、寮の真ん前さ。よーく見えたぜ!」
メタルラックのあった辺りだ。植木鉢を見比べてた少年に、かなり近くまで気付かなかった。
“サトリさん……ごめんなさい”
雀鈴も同様だったらしい。
“ゴミ屋敷の前は、自信がないわ”
“大丈夫だよ、雀鈴。あそこなら仕方ない”
場所は確定したんだ。一歩前進と思おう。
決して諦めはしない。歩みを進めて……矛盾を暴き出す!
「ワイルド証人。雀鈴の私服は、今のように鮮やかな赤が飛び散ってましたが、こちらを見間違えたのでは?」
「ハッ、服だけならな! だけど、匂いもしたんだよ!」
「匂い?」
「そうとも!」
ワイルドは、鼻をこすってみせた。
「俺の自慢の鼻が、よーく嗅いだぜ! 真っ赤な血にまみれた、凄惨な事件の匂いをな!」
――ほお。
素知らぬ顔で尋ねた。
「他の匂いに紛れて、嗅ぎ分けられない事はありませんでしたか?」
「あるわけねーだろ! 血の臭い以外はしなかったもんよ!」
――かかった。
「妙ですね」
僕は、パンフレットの高等科のページを開いた。
「自室に入る雀鈴を、あなたは大通りの反対側から見ていた。そうですね?」
「おう! 何度も言わせるなよなー、弁護士さん」
「ならば、『注文の多いカレー店』の換気口がスグそばにあります」
「――え?」
「日曜は、カレーの最終日でしてね」
小首を傾げてみせる。
「そちらの料理人によると、ずっとカレーを作っていたそうですよ?」
「あうっ……」
「美味しそうなカレーの匂いに、気付きませんでしたか?」
「も……もちろん気付いてたぜ! 言うまでもないと思ってな!」
「ふむ。するとあなたは、濃厚なカレーの匂いが満ちた中、血の匂いにも気付いたと」
「び、敏感だから当然だろ! あ! わ、分からねーと思ってるのか!? 狼の鼻をバカにしてるだろ!?」
「いえいえ、まさか」
君個人を軽蔑してるんだよ。
お調子者だかなんだか知らんが、ウソをついて法廷に立つ輩は、非常に迷惑だ。
とくに……無実の雀鈴を弁護していれば、なおさらな。
キッチリと、落とし前をつけさせてもらおう。




