10話目 雀鈴、証言台に立つ
ウサ耳検事め。ここがチャンスと、一気に攻めてきたか。
“雀鈴。もしかして、さっき言うのをためらってたのは、コレかな?”
“ええ……。だって……バカみたいな話で割ったんだもの……”
ゴリ裁判長は、僕のほうを見た。
「佐鳥弁護人。宇佐美検事はあのように申しておりますが、いかがですかな?」
口を覆って考える素振りを見せつつ、雀鈴に念話を送った。
“雀鈴。どうする?”
“立ったほうが……いいわよね”
“うん。だけど、ウサ耳検事が君を責め立ててくるのは確実だ。そこで怒ったら、相手の思うツボだよ”
“ええ”
“くれぐれも、落ち着いて。冷静にね”
作戦タイムは終了した。
「――弁護側、異存ありません」
かくして、雀鈴が証言台に立つこととなった。
無数の鋭い視線が、彼女に突き刺さる。今までの証拠と証言から、もはや断罪こそ正しいと言わんばかりの空気だ。
「ぬっふっふ……いやはや、良かったです。被告人の証言を聞きたいと願っても、サトリくんが拒否したら、オシマイでしたからねぇ」
「ウサ耳検事? お言葉ですが、僕は真実の味方です。それがキチンと明らかになるなら、いつでもお受けしますよ」
「おや、これは失礼」
安い謝罪だな。薄い頭を見るのは何度目だろうか。
検事はネチっこく笑いつつ、証言台の側をウロついた。
「ぬっふっふ……被告人。あなたは先ほど、『開かずの蔵』にある窓を割ったと言いましたが、どこの窓でしたか?」
「み、南口の上にある窓……です」
「ほほぉ。どうやって割ったのですか?」
「胸に留めていた金のモモバッジを外して、先生に見せていたんです」
雀鈴は、胸のバッジを外すようなジェスチャーをした。
「あたしが製作していた鉄のモモは、そのバッジがモデルだったんです。それで先生に、出来が良かったことをホメられて、思わず万歳したら、すっぽ抜けて窓が割れてしまったんです」
――しんどい真実だな。
ウサ耳検事は、大げさにうなずいてみせた。
「ほぉほぉ、なるほど~。それで、あなたのバッジが先生の手に収まっていたのですね?」
「そう……だと思います。窓が割れたとき、外の目隠し格子に跳ね返って、ゴチャゴチャした雑貨置き場に落ちちゃったんです」
目隠し格子のウラか。道理で、表からは分からなかったワケだ。
「あたしは、ネズミ先生が『あとで拾っとくよ』と言ってくれたんで、それに甘えて、スライドドアから帰りました」
「ふむふむ……。で、それを証明してくれる唯一の方は、お亡くなりになったわけですね?」
「――はい」
雀鈴の感情が、怒りと悲しみのないまぜになっている。
「ところで、被告はバッジを投げて窓を割ったそうですが……相当力が強いんですねえ?」
「なっ……!」
「異議あり!!」
机を勢いよく叩いて注意をひいた。
「裁判長、蔵の窓は安物です! ちょっと小石がブツかった程度で割れるようなシロモノです!」
「おやおや……サトリ王子くんともあろうものが、バッジの重さをご存じないのですか?」
検事もゴリ裁判長のほうを向いた。
「裁判長。証拠のバッジは、とても軽いのです。これを投げてガラスを割るというのは、勢いが強いハズ。力が強いと考えても、フシギではないでしょう」
「ふんむぅ……」
ゴリ裁判長は、吟味するかのように、ゆっくりと首を上下に振っていた。
実のところ、僕の異議申し立ては、成功・失敗のどちらでも良かった。
流れをカットすることに意味があったからだ。
長々と喋ってくれたおかげで、雀鈴が冷静さを取り戻せたのだから。
“雀鈴、落ち着いたみたいだね”
“――ありがとう、サトリ弁護士さん”
“ウザ耳の挑発だ。目的は、君の怒る姿を見せることだろう”
“凶暴さを印象づけたいのね”
“そういうコト。焦ったときこそ、冷静にね”
“ええ”
ゴリ裁判長の答えが出たらしい。
「ふむ、異議を却下します。被告人は質問に答えるように」
「はい」
雀鈴は静かに答えた。
「【怪力】を使えば、力は強いと思います」
検事は、一瞬僕を睨み付けたのち、自分のこめかみをピタピタと指で叩いた。
「被告人。バッジを投げたとき、無意識で【怪力】が発動したのではありませんか?」
「いいえ」
「【怪力】が発動した状態でバッジを投げたら、スピードのほうも、相当出ますよね?」
「はい」
「人に当たったら、アブないですよねえ?」
「はい」
たどたどしかったが、それでも雀鈴は冷静に答えた。
望んだような反応が得られなかったからだろう、検事は鼻を鳴らす。
「あ~、そうそう。単純に疑問ですが、バッジを投げたさい、よくもまぁ、そのまま外に飛び出さず、うまいこと跳ね返りましたね?」
「外の目隠し格子に当たって跳ね返ったと、お答えしたハズです」
「そうですか」
検事のメガネが光った。
「先生の血も、跳ね返りましたか?」
「!」
「おおっと、怖い怖い。――検察側、以上です」
クソッ、ウザ耳め。それでも印象づけて終わらせたか。
「佐鳥弁護人、反対尋問をどうぞ」
「はい」
僕はゆっくりと呼吸をしつつ、雀鈴にテレパシーを投げた。
“よく耐えたね、雀鈴”
“あんな失礼な質問、サトリさんの「異議あり」がなかったら、スグ反発しちゃってたわ……”
僕は、ゆったりした足取りで証言台へと歩み寄った。
「雀鈴。もう隠し事はないね?」
「ええ、これが全てよ。――ごめんなさい」
「真実がウソっぽいから、言うのをためらっていたんだね。気持ちは分かるよ」
僕はほほ笑んだ。
「だけどね、真実であれば、オープンにしてほしい。そのピースをキチンと揃えることで、事件の全容が見えてくるからね。いいかい?」
「分かったわ」
雀鈴は被告席に戻ったあと、念話をつないできた。
“あの……。さっきの「ごめんなさい」は、ポロッとバラしちゃったのを謝ったの”
“だろうと思ったよ。でも、そっちは問題ないさ”
“え?”
“さっきも言ったとおり、真実であるならOKだ。むしろ、積極的に開示してほしい”
“ええ”
ピンチではあるが、真実に近づいたと考えよう。
「ぬっふっふ……。ロクな反証も出来ずじまいですな、サトリくん。さしづめ今の君は、巨大な蛇にニラまれた小さなカエルでしょう!」
あんた兎だろ。
それに、鳥獣戯画なら、カエルがウサギを投げ飛ばしてるからな。
ウサ耳検事は、腕組みと同時に耳組みも披露した。じつに鬱陶しい。
「それでは、トドメの証人を呼びましょう。ネズミ先生が殺害されたあと、寮の自室に入る被告を目撃した、もう1人の証人です」