1話目 弁護士サトリと、少女A
「僕はサトリ妖怪ですよ、証人? 心が読めるんです。あなたの同意さえ得られればね」
弁護席から悠然と歩いていき、証言台の脇へと立った。
「あなたも殴りかかりましたよね、青鬼さん? 単に、被告人がかわしたダケで」
「だ、だが弁護士さん。先に手ェ出したのは鬼津のヤローで……」
「青鬼さん」
穏やかな笑みとともに、手を広げてみせた。
「心を開いてください」
「うっ……」
「ご承知のとおり、サトリの【読心】はピンポイントです。読めるのは、事件に関係のある箇所だけ。あなたが拒絶をしたら、読みたくても読めません」
青鬼は渋い顔をしている。
「もちろん、殴りかかってないと分かれば、今後一切あなたを追及しませんよ。いかがでしょう」
僕は証言台を2回叩いた。
「もしおイヤならば、口頭でお答えください。あなたは鬼津さんに殴りかかった。イエスか、ノーか」
「――イ、イエスだ」
「結構」
僕は踵を返して一礼した。
「以上です、裁判長」
「分かりました、弁護人」
ヒゲの裁判長は重々しくうなずいた。
よし、これで大丈夫だ。一方的な暴行ではなく、あくまでもケンカの延長でしたよ、と。
まったく、ヒトも妖怪も、平気な顔でウソをつく。神聖な法の庭は、土足で踏み荒らされてグチャグチャだよ。
かくして、依頼人の赤鬼は、無事に執行猶予が認められたのだった。
「おい、弁護士! 話が違うじゃねーか!」
法廷を出るや、赤鬼の不良少年が突っかかってきた。
「フザけんな、クソが! 無罪って話だったろーがよお!?」
「いいや。僕はただ、『妖怪刑務所に入らないよう頑張る』と言ったダケだよ」
「一緒だろ!?」
「違うね。執行猶予中を大人しくしてたらOKだが、その間は履歴書に前科を書く必要がある」
「おい! 無実だっつーの!」
やれやれ。
「じゃあ、鬼津くん。最後に心を開いてくれ。――2日前の土曜日、君は被害者に暴行をくわえたかい?」
「してねーって!」
心を読んでみた。
“へっ! したよ、しまくったよ! あいつムカついたからな、地面が壊れるぐらいボッコボコにブチのめしてやったぜ!”
僕は天を仰いだ。
「鬼津くん。何か困ったことがあれば呼んでくれ。すぐ駆け付けるから」
「うるせえ! もう2度と会いたかねーよ!」
そうかい、一緒だな。
僕は裁判所をあとにした。
誰もがみんな、ウソをつく。
被告も、僕も。
僕は心が読める妖怪、サトリだ。姿は黒目黒髪の人間で、名前は佐鳥真吾。市内で妖怪弁護士をやらせてもらってる。
心が読めれば連戦連勝だろうって? いいや、これには「相手の同意が必要」なんだ。だから、急に【読心】しても、思考はのぞけない。
つまり、検事側の戦術はもちろん、被告の真の考えすら分からないのだ。
それゆえ、無実を訴える被疑者に話を聞くと、大抵が昨日のような流れになる。
『俺はやってない。絶対にだ!』
『では鬼津くん、心を開いてくれ。それを確認したら、弁護を引き受けるよ』
『なんだと!? お前、俺の言うことを信じられねえってのか!?』
ハタから見れば喜劇だろう。
ちょっと【読心】して、「やってない」と分かれば、無実を掲げて戦ってみせる。そりゃあもう、全力でやってやるさ。
だが、拒否されたら……明らかじゃないか。
ウソの片棒を担ぐってことが。
「犯行に及んだ奴が、なんらかの処罰を受けるのは当然だろう」
過度の刑罰を防ぐためであれば、分かる。それなら尽力する。
だが、犯罪者を無罪放免?
たわごとも大概にしてくれ。
事務所で雑務をすませた僕は、端末をチェックした。あやかし協会には、いくつか弁護の依頼が出ている。ツテも人気もない僕は、国選弁護人が生業だ。
「ん?」
裁判所から1件、僕宛てに殺人事件の弁護依頼が出ていた。捕まったのは天邪鬼。――ああ、お前も嫌われ者だな。ワザと反対のことをして困らせるヤツだ。
コイツも鬼の一種だから、怪力をふるえる。おそらく、勢いあまって殺したパターンだろう。
妖怪同士のいざこざは、なまじ力が強い輩ほどハデになる。致命傷もしょっちゅうだ。
――に、しても。
「昨日に引き続いてのご指名か」
妖怪弁護士って、それなりにいるんだが。どういう基準で選んでるんだ?
ともあれ、メシのタネが増えるのはありがたい。
僕は、了解した旨を協会に告げると、背広と弁護士バッジをチェックしたのち、被疑者の元へと向かった。
面会室で待つことしばし。
入ってきた天邪鬼は、高校生の少女だった。
「へえ。まだ若そうねえ、弁護士先生」
ガラス越しに手を振ってきたが、僕は軽い会釈に留めた。
彼女のシャツの柄は、黒地におびただしい鮮血が飛び散ったものである。まさか被害者の返り血でもあるまいが、ふてぶてしい笑みと相まって、つかのま錯覚した。
「あら、つれないわね。振り返してくれると思ったのに」
彼女は椅子に腰かけた。つややかな黒髪を押しのけるかのように、2本の黄色い角が先端をのぞかせている。
「弁護士さんは、殺人犯と気安くアイサツしないってワケ?」
「自白をしているそうだね」
「ええ、そうよ。あたしが犯人」
しなやかな指先で、コツコツと【妖気封印】の首輪を叩く彼女。ふむ、無骨なネックレスが何よりの証拠ってワケか。
「僕は佐鳥真吾。サトリ妖怪だ」
「――へ~ぇ」
少し興味を持ったらしい。彼女は自分の頭を指差した。
「本当にサトリ? だったら、考えをのぞいてみてよ。犯人はあたしだから」
ならばと【読心】してみた。
――失敗。
「アッハハハ! 読めないのね!?」
彼女は手を叩いて笑った。
「ちょっと拒否したらダメとか、【読心】ってショボ~い! あっ、ねぇねぇ、警察の人~? ここに女子高生をノゾき見しようとした、ヘンタイ弁護士がいますよー!」
ほほぉ、たいした精神力だ。
「スゴいんだね、君は」
「え?」
「殺人の罪で捕まったというのに、堂々としている」
「うっわ~。あなたも十分スゴいわよ、皮肉が」
満更でもなさそうなあたり、実に天邪鬼だ。
「いいわ、弁護士さん。今度はヒッカケなし。受け入れOKにしてるから、犯人はあたしってカンタンに分かるハズよ」
ため息まじりに、再度【読心】した。
“いいえ、違うわ!”
「――なに?」
思わず漏れた声に、天邪鬼が鼻で笑う。
「どうしたの、弁護士さん? 犯人はあたし! 自分で認めてるんだし、この上ない証拠でしょ?」
“違う! あたしじゃない!”
――コイツは、たまげたな。
信じられないことだが……彼女は無実だ。