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3.花と階段と望み

 私が初めて塔を訪れたあの日、カルロは図鑑を開き、美しい黄金の花の絵を指し示して説明をしてくれた。


「よく聞けよ、アマーリエ。貴様の喉を完治させるには、この魔法花が必要だ。それも大量に」


 描かれた花は大きな花弁を持ち、夜明けにのみ金色に輝いて咲き誇ると言われる。もちろん稀少価値の高い花で、自然には滅多に見つけられないし、一般人が栽培できるものでない。

「花は女の血を吸って育つ。が、量も頻度も大したことはないから安心しろ」


「尤も年月はかかるがな。最低でも千日以上だ。更に長ければ千八百日を数えるだろうな」

 思えばこのとき、カルロは酷く意味深な表情をしてたかもしれない。

()()()()()を叶えるには」


 奴には何が見えてた?

 何を想定してた?


 治癒の魔法花――奇跡の具現化。


「無知な女だ、アマーリエ。花について知りたければ、本を貸してやる」

 あの眼差しは侮蔑ではなかった?

「知識を得て、考えるがいい。貴様の望みは()()()()()()()――」






 ◆ ◆ ◆



 私は再び階段を上った。いつも通り十日後に、いつも通りひたすらに。


「存外早かったな、アマーリエ」


 カルロの反応はいつもと違った。

 またか、とは言わない。皮肉も言わない。

 構えてた分なんか拍子抜けするんだけど!


 それに!

 先日のセクハラ行為について、何しれっとすっとぼけてんの。私は許していませんよ、ごるぁ!


 ……まあいい。

 今日のところはそれは本題じゃあない。


 カルロも承知しているのか、普段とは違う仕草をする。右手をゆっくりと私の前に差し出し、手品師みたいな動作で掌を広げた。

 ふわりと漂う強い花の香が鼻孔をくすぐる。煌めく黄金の色彩は、いつか借りた図鑑の描写と寸分違わない。


「……!」


 だからか!!

 すでに魔法花は咲いていたから、カルロは来なくていいなんて言ったのか。

 もう私の血は不要だから――。


「この一輪だけ保存魔法で残してある。貴様にも見せようと思ってな。他はすべて、咲いているうちに薬となる成分を抽出済だ」


「さて、アマーリエ」


 驚愕する私に構わず、カルロは続けた。

「貴様の喉を治せる量は確保した。その意味はわかるな?」

 カルロは意地悪く問う。

「どうする? 花の成分をすべて使って、声を取り戻す薬を作るか? 最初に貴様が望んだように」


()()()()


 詳細は語らずに決断を迫るカルロを、私は真っ直ぐに見つめた。

 片眼鏡の奥から返される視線は、強く迷いなく私の答えを待っていた。



 それとも――。



 ひとつ息を吐くと、私はカルロの手をずいと押しやって首を横に振った。

 多分これで通じる。


 私の望みは……今の私の本当の望みは。


「良かろう、アマーリエ」


 くしゃり、と音がした。

 カルロは手の中の貴重な花を握り潰していた。

「では……貴様の声を取り戻すために用意した魔法花の成分を用いて、なるべく多くの治癒の薬を作る。それでいいのだな?」

 私は大きく首を縦に上下させる。

「濃縮すれば失った器官を復活させるほどの万能薬になるが、薄めた場合は大きな効果は期待できまい。瀕死の怪我や重篤な病は治せんだろうな」


「無論、余程の重症でなければそれなりに効くはずだ。ろくろく医者に掛かることもできんような層にとっては、気休めに毛が生えた程度でも救いにはなるだろう」

 まったく、こいつの表現はいつだって皮肉交じりでわかりにくい。

 これだから、いまいち素直に感謝できなくて困る。客観的に見たら、充分こちらを慮ってくれてるみたいな感じなのに。いや、本音のところは知らんけど。


「物好きな女だ、アマーリエ」


「自己犠牲か、贖罪か? 貴様が国を追われたのは単に政争に敗れたからだ。そこまで思い詰めることはなかろうに」

「……?」

「貴様には何やら特殊な前世の記憶があるようだが、前世のその人物が老獪な政治家でもない限り、生まれが良いだけの女が国家の中枢で他者を出し抜くことなどできまいよ」


 ええっと、それフォローしてるんですか馬鹿にしてるんですか。

 え、まさか慰めてるの?

 え、もしかして実は優しいの!?


「意外か? まあ俺にもどうしようもない過去があるからな。同情してやらんでもない」


 過去という言葉を出したわりに、思い出を懐かしむ様子もなく、カルロの声にはまるで熱が感じられなかった。

 でも少し意外だ。三年間も通ってきたけれど、こいつが自分のことを話すのは初めてかもしれない。


「何だ? 俺にだってこれまで生きてきた軌跡ぐらいあるが。ああ、貴様も俺が不老不死を得て三百を超えたという噂を信じた口か?」


 あれ、違ったんですか。

 そっか、そりゃあそうだよね。いくら何でも人間が三百年も生き続けられるはずがない。迷信や都市伝説の類いという訳か。


「そうだな、記憶している限りでは倍以上はある」



 …………。



 はいぃ!?


「実際には六百年を超える記憶がある。大賢者などというありがたくもない称号を得たのが、だいたい三百年前だったか。正確には三百年前この世に生を受けた前世かつての俺だが」


 私は驚いた後に首を傾げる。

 センセイ、仰ってる意味がよくわかりません。

 つまり大賢者様にも前世があったらしい。というか、実は前世から大賢者様だったと。そこまでは辛うじて理解できたけれど、時系列が不明だ。六百年とか三百年とかって単位はいったい何だろう。


「十度だ」

「……?」

「俺が生まれ変わったのは」

「!?」

「正確には十回分の人生の記憶がある、か」


 はあぁ!?

 まさかの複数転生記憶保持者!?


 な、なるほど……。


 要するに齢三百歳ではなくて、大賢者の称号はそのまま転生体が引き継いできたってことなのか。

 更にその前からの転生の記憶もあって……そもそもが膨大な量の知識と記憶を有していたからこそ、大賢者たり得たということだ。


「なかなか凄惨だぞ。転生後、毎回前世の自分の白骨死体を片付けるのは」

 うぇぇ。なかなかにキツイ想像をしてしまって、私はげんなりする。ただこんな塔で独居し続けてるから、自業自得だとは思うんですが。

「どうにも俗世の柵が煩わしくなってな。まあ時折だが貴様のような珍妙な客も来る。超長期の研究も可能だ。概ねこの環境は気に入っているのさ」

 そうデスカ。いや自ら許容してるなら、何も言うことはないのだけれど。


「それだけ時を重ねてようやく、余人を以て代え難いという評を得て、世の権力に抗する地位と実力を手に入れた。貴様ごときとは比較にならんよ、アマーリエ。前世の記憶がある種の万能感かんちがいを齎すのは事実だが、十全にそれを生かせる人間なぞ殆どないからな」


 なんてことだ。私は思い違いをしていたのではなかった。

 カルロは本当に私を慮っている……らしい。下手な身の上話をしてまで。多分、今まで誰にも語ってなかっただろうに。

 かつての失敗を悩み過ぎて今の決意を鈍らせるなと、多分遠回しに発破をかけられている。


 えぇぇぇぇ!

 まさかこいつに勇気づけられる日が来るなんて、正直夢にも思わなかった。上から目線で性格のねじ曲がった変態セクハラ野郎じゃなかったのか。うわぁ、調子狂う。


 カルロは困惑する私の頭にぽんと手を置いた。魔法花の黄金色の花びらがいくつも髪に付着する。

 雑いというか、ぞんざいとういうか。基本的にどこか残念なのに、ちょっと絆されそうになった自分がちょろすぎて鬱になる。




 このときの私は、鈍感にもまだ自覚してはいなかった。カルロの手を振り払う気になれなかった理由も、触れられた箇所が不思議とくすぐったくなった理由も――何も。



 + + +



 更に十日後――塔に赴くと、すでにカルロは仕事を完遂させていた。


 塔の最上部はいくつかの部屋に区切られており、その殆どがカルロの研究に使われている。保管庫のようになっている一室もあった。

 そこを占拠するいくつもの大鍋を見て、私もさすがに驚いた。とんでもない量だ。これでもまだ一部らしい。いったいどれだけの魔法花を栽培してたんだか。確か亜空間だか異空間だかに適した環境を移植してどうたらこうたら、と説明されたけど……何でもありだな、大賢者様!


 さて、解説すると、私の喉を治せる奇跡の魔法花は、実はほんの少量でも一般的なものより効能が高い治癒薬の原料となるのだ。カルロから借りて読んだ図鑑にも、自分で調べた他のいくつかの本にも同様の記述があった。

 失った器官を完全に取り戻すには、かなりの魔法花エキスが必要になる。

 でも同量のエキスを薄めて使えば、一般的な怪我や病に効果がある治療薬をたくさん作り出すことができる。


 だから――カルロは敢えて私に選ばせた。

 叶えるべき私の望みを。


「まったく手間を掛けさせるものだ、アマーリエ。感謝するといい」


 ちっとも疲れていない様子で、カルロは不敵に笑った。もちろん恩義は感じているけれども、この態度を目の当たりにすると複雑な気持ちになる。


「さて、アマーリエ」


 カルロは意味あり気に私に近づく。

 いやーな予感がして、私はやや後ずさった。

「貴様はつくづく甘い。俺が頼まれたのは薬の精製まで。それでいいのか、アマーリエ?」

 揶揄っているのか、本気で懸念しているのか判然としない口調で、カルロは私に問う。


「この薬を何に使うにせよ、運搬が必要だろうが。大量の小瓶を用意して詰めるのか? その後はどうする? 貴様ひとりではどうにもなるまい」


 ……ええ、まあその通りです。


 やっぱり突っ込まれた。

 いや私だって全然考えなかった訳じゃあない。

 いくら効果のある薬を作ったとしても、必要としている場所にピンポイントで提供できなければ意味はない。このままでは宝の持ち腐れだ。


 さて、本当にどうしようか。


 だいたい何故に一般的に治癒薬だの回復薬だのと言えば水薬ポーションなんだ。せめて粉末にしてくれれば運ぶのも楽なのに。そもそも錠剤ですらあちらの世界で発明されたのローマ時代だっていう。豆知識。


 どうだろう。カルロなら手法を理解してくれるかもしれない。駄目元でも伝えてみようか。

 こういうとき上流階級出身で良かったと思う。声がなくとも文字が書けるから、伝達できる情報は多くなる。


「なるほど? 粉末薬……を更に圧縮させて固形化する、か。即効性は落ちそうだが、確かに持ち運びや保存には有効だな。試してやろう」

 伝わった! しかも出来そうだ!

 物理的に(魔法的に?)どこをどうするのかはさっぱりわからんが、有能って素晴らしい。

「それで、対価はどうする、アマーリエ?」


「貴様の望みはいったん叶えたからな。これ以上は追加、或いは新たな望みとなるが。俺がそこまでしてやる義理はなかろう?」


 ……はい、仰る通り。


 まあ塔に通うだけで薬を作ってくれただけでも破格の待遇だったから仕方ない。それだってボランティアみたいなものだ。カルロは金品に全く興味もなく、ほぼ最初の気紛れだけで動いてくれていたに過ぎない。

 だから現時点でどんな難問を突き付けられても仕方がない。まだ叶えてくれる気があるのなら、むしろ幸運と言える。

 先日はどういう風の吹き回しか慰めてくれたみたいだけれど、あれだって奴の気分次第、常に私に味方してくれるとは限らない。


 カルロにとっての私は、きっと対等な人間じゃあない。

 地を這う虫かそれ以下の、くだらない塵芥のごとき存在で。


 そう思うのに……何故だろう。

 私はカルロを信じたいような、不思議な気持ちになっている。


 大賢者様、偉大なる大魔法使い様。

 いいや違う。



 ()()()カルロを――。



「どうしようもない女だな、アマーリエ。そんな目で見つめられたら、期待に応えぬ訳にはいくまいよ。あざといものだ」


 微笑んだカルロの雰囲気が妙に柔らかい気がして、何だかむず痒かった。それでいて、眼差しだけが熱っぽくて戸惑う。


 何……?

 私、の顔も、熱い……ような。


「アマーリエ」


「仕方がないから、俺が最後まで面倒をみてやる。無論、条件はあるが」

 カルロの指が私の頬を掠め、顎に至る。いつぞやのように口付けられるのかと身構えた。


 でも動かない。

 カルロは動かない。


 どうしよう。吸い込まれそうだ。このままでは魅了の瞳にやられてしまう。

 なんて紫。なんて綺麗な。


 私だけを映してる――。


「アマーリエ」


 ようやく動いた唇はゆっくりと私の名を刻む。思えば数え切れないほど名を呼ばれた。絶対に返事はできないのに、お構いなしに何度も、何度も。

 更に――囁きに糖分を混ぜて、カルロは信じられない言葉を続けた。

「そうだな……アマーリエ」



「……抱かせろ」

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