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2. 西洋事物起源 ~ 当時の一流の知識人から技術史を学ぶ

大森林にあって、良き狩人というのは、できるだけ多くの野獣を見つけ出し、捕獲することであって、すべての野獣を捕獲しなくてもその人の咎ではない。

同様に、われわれがたずさわってきたいろいろな話題の大部分を伝えたのであれば、それで十分であり、満足すべきことである。


――コルメラ

 手始めに、18世紀を生きた知識人が、当時の最先端の知識を持って、どのような視点から西洋の技術とその歴史を見ていたのか調べていきたい。そのために挙げるのは、この「西洋事物起源」である。



「西洋事物起源」著:ヨハン・ベックマン 訳:特許庁内技術史研究会

https://www.iwanami.co.jp/book/b246540.html


 本書はドイツの経済学者ヨハン・ベックマン(1739-1811)が『発明の歴史についての論文集』というタイトルで1780年から1805年にかけて発行した論文である。

 この中でベックマンは西洋で産み出されたとされる技術について数多くの文献を引用し、その歴史について記している。


 日本語訳版は岩波文庫で1巻から4巻までの4冊、収録されている技術は全105項目。複式簿記に始まりジェームズ・ワットの蒸気機関まで、小さな日用品から現在まで続く社会制度に至る、ありとあらゆる技術の由来を事細かに解説している。まさに科学史、技術史の草分け的な労作である。


 小説の中で登場する技術の合理性を考えた時、近世を基準にしたい場合、それらの歴史を知っていればその合理性について検証することが可能となる。

 また、当時の技術水準について設定を考える際にも、どの程度まで技術が進んでいたか、あるいは発明が為されていたかの試金石ともなるだろう。


 本書は今日では古典だが、当時の知識人がいかに豊かな知識を持っていたかを伺い知ることができる。ベックマンはゲッティンゲン大学で経済学の教授を45年間ほど勤めた研究者であった。彼の専門は経済学ではあったが、このような広範なテーマで論文を発表するほど、彼の好奇心と調査能力は優れたものだった。


 中には当然、現在では否定されているような理論も確かに存在するが、ベックマンはその疑義まできちんと記載している。彼自身は当時、パリなどで流行していた磁気治療について疑ってはいるものの、それがどこから始まったのか、歴史を辿ってくれるのである。



 小説家になろうでは多くの異世界転生小説が発表されており、その中で有用な技術を異世界に提供する主人公は数えきれないが、それらは表面的な発明でしかない。同じような発明は何度も繰り返されてきているし、技術の由来を知ることは決して簡単なことではない。


 現代の基準で我々は歴史を考えるが、そもそも当時の人々はさらに以前の歴史をどのように捉えていたのか。そこが分からなければ、作品内の遣り取りは現実味の無い貧しいものになるだろう。過去の人類や近世レベルの文明を作品に登場させる上で、彼ら自身の視点を設定しておくことは重要である。


 古代ローマ人はギリシアまで技術者を派遣して技術を習得させ、ローマ帝国を繁栄へと導いたが、ローマ帝国の崩壊とともにそれらの知識は散逸してしまった。ベックマンはそこから技術の歴史を紐解いて、当時までどのように技術が発展してきたかを教えてくれる。


 彼の生きた時代はまさに近世の終焉、産業革命前夜である。それまでにどれだけの科学、技術の進歩があったのか、何が有用とされてきたのか、未だ有用性の分からないものは何なのか。この先、科学や技術がどうなっていくと予想していたのか。


 網羅された項目があまりにも多いので、その境界は不正確かも知れない。しかし、どの技術も確かに近世まで存在したものであり、書き手に何らかのインスピレーションをもたらしてくれるものになるだろう。


 現代知識を駆使して活躍するという類の作品の旬は既に過ぎ去ってしまったかも知れない。しかし、それでもなお、まだ試されていない方法を見出すことは可能である。すべての発明が成功であったというわけではないのだ。中には、職人から仕事を奪いかねないとして黙殺された発明もあった。


 もし、歴史に仮定が許されるのであれば、それはフィクションを除いて他にない。無論、成功の逆も然りであるが。



 類稀な才能によってベックマンはこの論文をまとめた。そこから読み取ることができるのは当時の技術レベルだけでなく、知識人が頼った文献にも及ぶ。


 新しい過去がさらに古い過去の扉を開けて待っているのである。


 これからの道程は相当に長く険しい。しかし、最初の一歩は小さくあるべきである。ベックマンは全105項目を数ページずつまとめてくれている。だから、自分の興味のある技術から読み進めていける。技術の各論は当然、他の文献からも補うことができる。


 そこから、さらに古い文献や、現在の基準に照らして何が変わったのかを知ることもまた貴重な体験となるだろう。

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