24. デ・レ・メタリカ: 近世技術の集大成―全訳とその研究 ~ 山はあるけど開発の仕方が分からない、そんな鉱山経営初心者の全貴族に贈る
試金の技術とその有益な応用によって、そうでなければ今なお隠されていたであろう多くの豊富で大きな鉱床が見出された。
そのために多くの町や村が建設され、土地が拓け、人口が増加し、金や銀や銅やその他の金属のきわめて重要な工芸や取引が国土の多くの部分で新たに起こされ維持され促進され、そして商業の隆盛を見るに至った。
――ラザルス・エルカー『鉱石と試金』
今回はこれまでの連載で最も古い書籍の紹介となる。デ・レ・メタリカは1556年に初めてラテン語で出版され、日本語訳書は1968年に刊行された。16世紀当時の鉱山業がどのようなものだったのか、その概要に触れたい。
「デ・レ・メタリカ: 近世技術の集大成―全訳とその研究」著:アグリコラ、訳:三枝博音、編:山崎俊雄
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I000718261-00
本書は鉱山学者アグリコラことゲオルク・バウアー(1494~1555)による著作である。アグリコラはボヘミアのヨアヒムスタールで医師として働きながら、鉱山や製鉄所に足を運び、鉱山業や地質学の知識を深めていた。彼は当初、鉱物が医薬品として使えるかどうか調べていたと言われている。
アグリコラは「ベルマヌス、あるいは金属について」、「地下の事物の起源と原因について」、「採掘物の性質について」といった鉱物や鉱山に関する著書を著した。そして、当時の鉱山に関連する技術の集大成として「デ・レ・メタリカ」を遺した。
彼はそれまでの技術書ではあまり触れられてこなかった鉱山業の実態や機械装置について明らかにしている。約300にも及ぶ版画が挿絵として添えられており、当時の鉱山で用いられていた機械装置の詳細を知ることができる。その挿絵も鉱山の断面図を描くことによって、機械装置がどのように設置されていたのか分かるように配慮されている。
一方でデ・レ・メタリカでは個別の金属の記述は少なく、どちらかと言えば鉱山がどのように運営されていたかに主眼を置いている。
ヒッタイト文明が製鉄技術を発明して以来、鉄は人類が普遍的に用いてきた金属の一つである。しかし、中世ヨーロッパにおいて鍛冶に関する技術書はほぼ皆無だった。金属精錬の最も古い技術書は、ルートヴィヒ・ベック「鉄の歴史」によれば、13世紀のドイツの僧テオフィルスが著した「さまざまな技術への手引き」とされている。その中でも鉄については焼入れや半田付けといった簡単な説明に留まっている。
中世において金属の加工は錬金術、即ち秘法の一種であり、書物で明瞭に書き表すようなものではなかった。しかし、活版印刷が発明され、様々な技術の手引書が書かれるようになると、金属に関わる技術も錬金術から分離して書籍で発表されるようになってくる。
また、戦争による鋳造大砲の需要と貨幣経済の発展は、近世ドイツにおける鉱山業の拡大を促進した。その過程で各種技術の大規模化や機械化が進み、必要となる経営資本が大きくなっていくと、従来のギルドの枠だけでは鉱山を経営できなくなっていく。
アグリコラは揚鉱・砕鉱・排水・換気の装置について説明しているが、これらは水力や畜力を用いた大規模なものであり、同時に複雑なものである。中世の間、浸水によって放棄されていた坑道が、排水装置の設置によって復活してくるのも15世紀後半に入ってからだが、こうした技術は鉱山内部だけでなく、鉱山経営自体にも変化を及ぼした。
それまでの鉱山業は少数の鉱山師が領主に税を納めて鉱脈を見つけ、鍛冶師は組合を作って炉を順番に使うという小規模なものだった。それが機械の大規模化に伴い、資本を広く集める株式方式へと変化した。時代の変化に応えて、「デ・レ・メタリカ」は鉱山経営の専門書、指南書として現れたのである。つまり、アグリコラが想定する読者は鉱山を管理する上流階級の人々だったといえる。
アグリコラは全12巻のうち、1巻で鉱山業のあり方、2巻で鉱山師の心得、3巻で鉱脈の分析、4巻で鉱区の測量、5巻で鉱脈の開掘方法、6巻で採掘の道具や機械、7巻で鉱石の試験方法について著しており、主に鉱業全般の技術および鉱業で採算性を得る方法について説明している。8巻でようやく鉱物の焙焼や破砕、9巻で金属の溶解と精錬、10巻で銀と金の吹分法、11巻で鉛による吹分法(ザイゲル法)、12巻でその他の金属やガラスの製法を著している。
この目次からも、彼が職人による鍛冶仕事ではなく、鉱山経営および冶金術について著したことは明らかだろう。同時期の書籍として、1540年に出版されたヴァンノッチョ・ビリングッチョの「デ・ラ・ピロテクニア」が鉄鍛冶の手法や、針金や釣鐘のような鉄製品について示したのに対して、アグリコラは鉄の精錬について僅かにページを割いたものの、鍛冶については一切著していない。
アグリコラが鉱山業のあり方や鉱山師に求められる資質について著したのは偶然ではない。当時の鉱山師は偏見を受けており、採鉱は投機と呼べるようなものだった。これに対してアグリコラは鉱業は利益をもたらし、良い鉱山師は誠実に仕事を行うこと、一方で錬金術師は詐欺を働くものだと述べている。
鉱区の測量や鉱石の試験方法は重要であり、どれだけの範囲で、どれくらい品位の高い鉱石が得られるかによって、鉱山で得られる利益は変わってくる。アグリコラは著書を通じて定量的な測定や分析を行うこと、また、どのように鉱夫の作業を監督すべきかという手順を示すことで、鉱業に不慣れな領主や貴族に知識を広めようとしたと考えられるだろう。
とはいえ、金を鉱石から分離するのに酒石を用いて消和する。酒石が無ければ小児の尿でもOKみたいなことが平気で書かれていたりもするので、私の頭が疲れているのかな、それともこれが近世の平常運転なのかな、と疑う程度の知識は必要である。
その他の参考文献
「一六世紀文化革命 1」著:山本義隆
https://www.msz.co.jp/book/detail/07286.html
「中・近世ドイツ鉱山業と新大陸銀」著:瀬原義生
http://www.bunrikaku.com/book1/book1-779.html
ボヘミアの都市ヨアヒムスタールの抗口と労働者数
年代 自立坑口 補助金付坑口 坑口総数 労働者数
1525 125 471 596 2682
1535 217 697 914 4113
1545 120 452 572 2574
1555 83 312 395 1777
1565 63 237 300 1350
1575 34 128 162 729