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16. 海賊の経済学 見えざるフックの秘密 ~ 海賊の海賊による海賊のための海賊制民主主義

すべての船長は、俺が殺したあの船長の運命に学ぶだろう。

船員たちには期日どおりに賃金を支払い、より良く扱うべきであることを。

彼らへの非道な行為ゆえ、多くの者が海賊となるのだ。


――ウィリアム・フライ

 さて、いよいよ近世の花形職業、海賊についてお話すべき時が来た。歴史において、そして映画や漫画、ゲームにおいても、常に彼らは脚光を浴びてきた。海賊について満を持して紹介する一冊はこの本である。



「海賊の経済学 見えざるフックの秘密」著:ピーター・T・リーソン、訳:山形浩生

http://www.nttpub.co.jp/search/books/detail/100002124


 意外かも知れないが、海賊たちは合理的な政治手法によって動いていた。彼らは商人たちを震え上がらせる一方で、奪い取った財宝をきちんと分配し、平等な権利に基づいて行動した。それは、彼らが海賊になる以前に奴隷船や軍艦で虐げられてきた船員時代からは想像がつかないものである。


 本書では海賊たちの編み出した民主的な制度について解説している。七つの海を渡って暴れ狂った海賊たちの冒険的なエピソードはトリビア程度の扱いだが、本書によって海賊というものがどういった思想を持って生きていたかという手掛かりを掴むことができるだろう。



 さて、ここで言う海賊について最初に厳密に定義しておこう。海賊と一括りに言っても、その呼称は様々な形で現れる。私掠船やコルセアと言った者たちは政府の後ろ盾を得て、海賊行為が正当化されていた。彼らの活動は敵国に対する攻撃という形で現れたものであり、平時には活動が許可されていなかった。


 一方で、真に海賊と呼ばれる者たちは平時にも商船を襲う無政府無法な連中であった。しかし、その政府を後ろ盾にしないが故の利益があったからこそ、彼らは海賊を続けることができたのである。



 海賊学の権威であり「奴隷船の歴史」の著者であるマーカス・レディカーによれば、海賊の黄金時代は1710年代から1720年代の間とされている。その間に常時1000人から2000人程度の海賊が活動していたとされる。


 この数字だけ見ると、海賊たちの規模が少ないように見えるかも知れない。しかし、その間の英国王立海軍は最大でも1万3000人程度の規模だった。一国の海軍の15%にも匹敵する人員が海賊だったのである。


 さらに、海賊の5人に1人は元水夫で、しかも船長に反旗を翻して商船を乗っ取る形で海賊になった者たちだった。これまで船長に儲けを横取りされてきた者たちが裁判でも負けて、いよいよ反乱の成功がやって来ると、その多くが海賊に転身した。


 残る海賊の大半が、襲われた商船の水夫であり、海賊からの招待に応じて海賊に転身した者だった。



 海賊船は愉快で楽しい職場だった。たとえ政府の後ろ盾が無く捕まったら最期、縛り首は免れないとしてもである。船長の恐怖に怯えることはなく、宝の分前は平等で、すべての船員(船医を除く)に船長を選ぶ権利があり、酒を呑んでも怒られず、陽気な仲間と一緒に歌いながら、略奪というスリルを味わうことができる。


 これほど魅力に満ちた職場が水夫にあるだろうか。いや、無いからこそ、海賊は黄金時代を迎えることができたのである。


 さらに時代も彼らに味方した。近世には新大陸における植民が盛んになり、インド洋から大西洋の故買や交易が発達したことから、彼らの略奪品もそうした交易ルートに乗ることになった。彼らは単なる無法者ではなく、一種の商人でもあったのである。



 だからこそ、彼らを海賊たらしめる「海賊の掟」は平和的な解決を求めた。海賊の掟はこうだ。「お互いに仲間に対して暴力や窃盗を行わないこと」である。


 怪我、死、あるいは逮捕というリスクを伴う海賊行為を行う一方で、海賊内部での収奪や仲間割れを防ぐため、海賊は掟の存在や話し合いによる解決を重視していた。海賊を行う前に組織が分裂してしまっては元も子もないからである。


 また、船長が海賊行為を指揮する一方で、操舵手(クォーター・マスター)が宝の分配および保管や船長の言動を監視する役目を負った。さらに、船長と操舵手(クォーター・マスター)は船員が参加する議会によって選出されなければならなかった。


 船長と操舵手(クォーター・マスター)は海賊の幹部であり責任者だったが、商船のようなピラミッド型の体制ではなく、あくまでも分権制を取って海賊を指導することになっていたのである。



 黒い準男爵(ブラック・バート)と呼ばれた悪名高い大海賊バーソロミュー・ロバーツの掟を見ると、他には次のような条文もあった。以下に抜粋する。


 「Ⅰ 万人はその時の事項について投票権がある。いかなる時点においても、新鮮な糧食や強い酒について平等な権利を有し、それを好きに利用して良い。ただし、総量が不足していて、万人の利益のため、消費量の制限が投票で定められた場合を除く。」


 「Ⅲ 何人たりとも金をかけてトランプやサイコロ博打をしてはならない。」


 「Ⅳ 照明やロウソクは夜八時に消すものとする。」


 「Ⅵ 一同の中に少年や女性は認められない。」


 想像よりも遥かに健全な世界が、そこにはあったのである。

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