13. 魔女狩り ~ どきどき魔女裁判!
われわれはキリスト教を守らねばならない。
他人を殺すことによってではなく、われわれ自身が死ぬことによって。
もしも君らが血と拷問と悪しきことによってキリスト教を守っていると思うならば、それはもはやキリスト教を守るのではなく、それを汚し害することである。
――ラクタンティウス「神性提要」
現代において魔女の存在や魔法、魔術を公に認める者はいない。魔法はファンタジー作品へと追いやられ、現実に痛めつけられ幻滅した者を慰める道具となり、畏怖の対象であったはずの魔女は文化を鬻ぐ娼婦に成り果てた。
しかし、魔女の証明という難問に全身全霊で取り組み、異端審問官がヨーロッパのキリスト教世界を熱狂に駆り立てた時代があったことも確かである。
「魔女狩り」著:森島恒雄
https://www.iwanami.co.jp/book/b267214.html
刊行1970年。初版から既に半世紀近く経った本書は日本国内における「魔女狩り」文献の先駆けであり、不動のロングセラーである。日本の若き異端審問官志願者が最初に手に取る教科書に足る書籍だといえる。しかし初版は480円だったのに、今は740円に値上がり。やっぱつれぇわ……。
魔女狩りは中世後期に始まり、17世紀に最盛期を迎えた。15~17世紀のわずか200年の間で4万人が有罪となって処刑されたと考えられている(リンチなど法的手続きを踏まない者を除く)。だが、魔女は異端審問において異端審問官が作り出した虚像である。とはいえ我々が魔女に興味を抱き、それらを調査できるのは異端審問官の熱心さ故に残された膨大な裁判記録によってであり、その残虐性を乗り越えてこそ、初めて魔女という文化に触れられるのだ。
なお、本稿では88年32刷版を使用しており、流石に情報が古すぎるため、他の文献から最新情報を適宜補っている。
中世初期における魔女は概して言えば異端ではなかった。また、異端審問も明確に制度化されていなかった。この頃は白魔法や黒魔法が区別されていたわけではなかったが、悪意を以て他者に害をもたらす魔術のみが訴追され、その行為によって一般の刑法裁判所で裁かれた。一方、有益な魔術については教会もその使用を擁護していた。
さらに中世後期、知識人は秘術研究に明け暮れ、魔術師を自称した。カバラ的神秘主義から新プラトン主義、そしてヘルメス主義に至る古典文献に記された占星術や錬金術が、知識人の心を掴んだ。彼らは宇宙の法則が高度な魔術を生み出すという思想に熱中し、秘術研究は魔女の概念から離脱した。彼らはギリシャの古典が持つ権威によって保護されたといえる。
だが、近世に入ると前者の魔女の様相は一変する。
そもそも異端審問官が魔女を裁いたのは何故か。まず、異端審問の制度化について。教皇グレゴリウス9世は各地の司教に委任していた異端審問を、教皇直属の異端審問官が行うように1233年に教書を発布した。司教は世俗領主ではないものの、管轄下の領民を裁くことに消極的だった。これに業を煮やした教皇が「お前らがやらないなら専門家にやらせるわ」となったわけである。
しかし、異端審問制度はすぐに政治の道具に成り下がった。テンプル騎士団を標的にして異端審問が行われるなど、異端審問は「もぐり」の裁判として活用された。しかし、その上で異端審問の手法は形式化され、悪い意味で洗練され続けた。教会の権威が脅かされればされるほど、反動として強力な異端審問が必要とされた。
カタリ派、アルビ派、ヴァルド派……あらかた異端を焼き尽くした15世紀末になっても、異端審問官の熱狂は収まらなかった。すると、彼らは刑法裁判所で裁かれてきた魔女を標的とするべく、魔女を異端審問にかける正当性を探した。目的と手段が逆転しているが、彼らの信念には何の矛盾も無かった。魔女を異端者として告発し、その魂を救済すべく異端審問にかけ、魔女裁判で裁く。これこそ異端審問官の使命だった。
そして、1487年にハインリヒ・クラーマーによる「魔女に与える鉄槌」が発行される。印刷技術の発展とともに魔女に関する著作が次々に発表され、各地で神学的論考が深められた。結果、たとえ白魔法を使う魔女であっても老若男女問わず、悪魔と結託するという「格別の罪を犯した」異端者であるが故に裁かれねばならないという定義が揺るぎなく確立された。
魔女裁判の教科書たる異端審問の書籍は、異端審問官が見聞きした内容による。即ち魔女の自白である。異端審問官の形式的かつ巧妙な誘導尋問によって引き出された自白は殆ど同一の内容に帰結する。魔女は身体に軟膏を塗って飛行、魔宴を催して悪魔を礼拝し、色魔と性交を行う。予備尋問と呼ばれる本格的尋問の前段階では拷問を行ってもそれは記録されず、被告はすぐ自白したことにされた。
軍事的緊張や凶作、疫病によって社会不安が増大すると、魔女狩りは副作用となって急増した。神聖ローマ帝国の西端にあり軍事的緊張が続いたロレーヌでは、異端審問官のニコラ・レミが900人の魔女を火刑にしたと主張した。(この数字自体は疑わしいが)異端審問は共犯者を探し出すことを奨励しており、尋問で魔女に他の魔女を告発させるように仕向けたため、魔女の人数は膨らむ傾向にあった。
本書は本稿で書けないような残虐な魔女狩りの実態を伝えてきた。しかし、本書は半世紀前の作品であり、最新の研究は見方が変わっている。異端審問官が魔女という虚像を生み出したのならば、彼ら自身もまた虚像なのではないか。ポストモダニズムによって近代化という言葉自体が微妙な立場に置かれている現代において、魔女狩りを単なる狂気として批判的に捉えることは得策ではない。
異端審問官を目指す熱意に溢れた若者が、自らの手で新たな解釈に辿り着くことを期待し、補足資料を紹介した上で老異端審問官は筆を置くことにする。
「ヨーロッパ史入門 魔女狩り」著:ジェフリ・スカール、ジョン・カロウ 訳:小泉徹
https://www.iwanami.co.jp/book/b257737.html
「魔女とヨーロッパ」著:高橋義人
https://www.iwanami.co.jp/book/b261655.html
魔女狩りオマケ付録「処刑・拷問メニュー料金表」(1757年、ケルン大司教認可)
※以下は必ずしも魔女に対して実施されたものではないことに注意されたい。
1. 4頭の馬で四つ裂きにする, 5ターレル26アルプス
2. 肢体を四半分に切り分ける, 4ターレル0アルプス
3. 以上に必要なロープ代, 1ターレル0アルプス
4. 四半分のそれぞれを四ヶ所に吊るすのに必要なロープ、釘、鎖代(運搬費を含む), 5ターレル26アルプス
5. 斬首およびしかる後の焚刑(諸費用を含む), 5ターレル26アルプス
6. 5に必要なロープ代と刑架製作費ならびに点火料, 2ターレル0アルプス
7. 絞首および後の焚殺, 4ターレル0アルプス
8. 7に必要なロープ代と刑架製作費ならびに点火料, 2ターレル0アルプス
9. 生きたままの焚殺, 4ターレル0アルプス
10. 9に必要なロープ代と刑架製作費ならびに点火料, 2ターレル0アルプス
11. 車輪に縛りつけて生体粉砕, 4ターレル0アルプス
12. 11に必要なロープ代および鎖代, 2ターレル0アルプス
13. 生体を車輪に繋縛する, 2ターレル52アルプス
14. 斬首, 2ターレル52アルプス
15. 14に必要なロープ代および目隠し布代, 1ターレル0アルプス
16. 穴を掘り屍体を埋める, 1ターレル26アルプス
17. 斬首の上で車輪に死体を縛り付ける, 4ターレル0アルプス
18. 17に必要なロープ代および鎖代と布代, 2ターレル0アルプス
19. 片手または指数本を切り落とした上で斬首する, 3ターレル26アルプス
20. 19の場合に熱したコテで焼く, 1ターレル26アルプス
21. 19に必要なロープ代および布代, 1ターレル26アルプス
22. 斬首してその首を竿に刺す, 3ターレル26アルプス
23. 22に必要なロープ代および布代, 1ターレル26アルプス
24. 斬首して死体は車輪に縛り付け、首は竿に刺すまでの一切の費用, 5ターレル0アルプス
25. 24に必要なロープ代および鎖代と布代, 2ターレル0アルプス
26. 絞殺, 2ターレル52アルプス
27. 26に必要なロープ、釘、鎖代, 1ターレル26アルプス
28. 処刑開始前に熱した火バサミで圧搾する(絞殺その他の前掲の費用は一切含まず), 0ターレル26アルプス
29. 舌の全部または一部を切り取り、その上で赤熱のコテで口腔内を焼く, 5ターレル0アルプス
30. 29に必要なロープ、大バサミ、ナイフ代, 2ターレル0アルプス
31. 切り取った舌または片手を晒し台に釘付けにする, 1ターレル26アルプス
32. 縊死、入水その他により自殺した罪人の死体を移動し、穴を掘り埋める, 2ターレル0アルプス
33. 市外または国外へ追放する, 0ターレル52アルプス
34. 獄門での鞭打ち(鞭代を含む), 1ターレル0アルプス
35. 殴打, 0ターレル52アルプス
36. 罪人を晒し台に据える, 0ターレル52アルプス
37. 晒し台に据えて鞭打つ(ロープ代および鞭代を含む), 1ターレル26アルプス
38. 晒し台に据えて烙印を捺し、かつ鞭打つ(石炭代、ロープ代、鞭代および烙印用塗油代を含む), 2ターレル0アルプス
39. 烙印後の身体検査, 0ターレル20アルプス
40. 絞首台に梯子をかける(同日内の絞首の場合はその人数に無関係), 2ターレル0アルプス
41. 拷問道具を示して恐怖心をそそる, 1ターレル0アルプス
42. 第一段階拷問, 1ターレル26アルプス
43. 42の準備および親指圧砕, 0ターレル26アルプス
44. 第二段階拷問(事後の四肢接骨および膏薬代を含む), 2ターレル26アルプス
45. 第一、第二段階連続の場合の両方の料金ならびに接骨料、膏薬代のすべて, 6ターレル0アルプス
46. 拷問または処刑のための旅費および日当(その日数および罪人の数に無関係), 0ターレル48アルプス
47. 食事代(1日あたり), 1ターレル26アルプス
48. 助手手当(1日あたり), 0ターレル39アルプス
49. 傭馬代(1日あたり、飼料および厩舎代を含む), 1ターレル16アルプス
大司教区のすべての役人は規定を厳守し、処刑が行われる場合には規定料金のみを処刑吏に支払い、それ以外の支払いをなさざること。なお、計算書は処刑終了後、領収書を添付して大司教の会計係に提出すべきこと。