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ウサギのかたわらで抽象

作者: 寒野 拾

 草原に果てはなく、地平線の他にあるのは、ちんまりと丸くなったウサギだけだった。

「こんにちは」わたしは訊ねた。

「その愛がぼくには重すぎるのです」ウサギは答えた。

 雄なんだな、とわたしは思った。


 次の日、わたしは16歳になっていた。

 昨夜は眠れなかった。

 一刻も早くウサギに逢わなければいけない気がして、わたしは草原に走った。

 ウサギはずいぶん大きくなっていて、象と言えなくもなかった。

「成長したのですね」わたしは見上げて訊ねた。

「そう単純なことではないのです」ウサギは答えた。

 でも一見複雑に見えることが実は単純な構図だったりもするんじゃないのかしらと思いながら、でもそんなに単純なことでもないような気がして、わたしは黙ってウサギに寄り添うのだった。


 次の日のわたしは、もうウサギに会うことが許されない身分になっていた。

 それでも抑えられない衝動に身を任せ、わたしはウサギに逢いに走った。

 ウサギは変わりゆくわたしを置き去りにして、ひとり、背中で美しい曲線を描いていた。

 ウサギはもう動かなかった。

 何も答えないし、目もひらかなかった。

 来るべきときが来たのだなとわたしは思った。

 わたしはウサギのそばで丸くなってみた。

 静寂の中でウサギの鼓動だけが聞こえた。

 ウサギの鼓動は今にも止まってしまいそうだった。

 でもこの静寂の中で止まってしまえるのなら、それは幸せなことであるようにわたしには思えた。

 心臓が動いているから享受できる幸せがあるのなら、心臓が止まっているから享受できる幸せがあってもいい。

 心臓が動いていたからといって幸せだなんて限らないのだ。


 日が沈んでしまうと、ウサギは金属になっていた。

 わたしにできることはもう、ぴたりとそばに寄り添うことだけだった。

 鼓動はもう聞こえなかった。

 でも心臓の動作なんかより、もっと大切なことがわたしたちの間にはある。

 少なくともわたしの中にはそれがあるのだ。

 わたしはそれだけで満足なのだ。


 夜が明けると、わたしはウサギの隣で金属になっていた。


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