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06 転機

  

 待遇が少しましになって10日が過ぎ、依頼書の案件はひとまずクリアになったからと完了のサインをもらいました。

 給金の事はまだ忘れているようで、もうしばらくの継続を言われてひとまずは承知、だけど早く人を見つけてくれと頼んであります。

 あれから旦那からの話は無く、あれが待遇改善の結果だとも思えないまま更に数日が経過。

 僕も別に漫然と仕事をこなしていただけではなく、次の仕事の段取りを付けていたんだ。

 まずは布団叩きを何とか作れないかと思ってみた。

 その事で、情報掲示板をつらつらと見ていくと、意外な事実を知る。


 確かにあいつは言っていたし、あいつが裂いたシーツは消えちまった。


 そう、アイテムはその手の職を持ってないと改変出来ないというもの。

 つまり木工を持ってないと木の枝から小枝を取ったりしようとしたら消えちまうし、細工を持ってないとうっかり火で炙って曲げようとしたら消えちまう。

 とにかくアイテムの加工にはそれ専用の職スキルが無いとやれないのだそうだ。

 だから生産職はあらゆる職スキルを持たないと、何でもはやれないらしい。

 そのせいで生産が中々進まず、面倒なので辞める人も多数との事。

 確かに他職の作業をうっかり混ぜて、素材が消えちまったら何にもならないよな。


 なのに僕はいきなりシーツを裂いて紐に出来た。

 もしかすると、アイテム師と言うのは……

 王都から派遣される専門職ってもしかして。


 10日の宿の下働きでレベルは2のままなのに攻撃は5になっている。

 これなら素手でも雑魚ぐらいなら何とかなるかも知れない。

 それでも後数日我慢して、それから活動を開始しよう。


 結局、2週間に及ぶ下働きの結果、次の下働きが決まらないまま、それでも在庫の布団はあらかた叩いたので、しばらくは大丈夫と思って辞めたい旨を相談した。


「もう少し勤めておくれでないかい」

「いくら住み込みでも無給じゃやってられないので」

「あれっ、ああ、忘れていたわ。給金ね、うん、払うから」

「14日分もらえますか」

「うんうん、すぐに持って来るから、もう少しお願い」


 やれやれ、暢気なのか舐めているのか、餌さえ食わせておけば働くとか思ってないか。

 それが奴隷ならまだしも、冒険者は臨時雇いのようなもの。

 毎日払ってしかるべきなのに、忘れていたとかあり得ないだろ。


「はいこれ、14日分の700ディグね」

「待遇改善とか言ってたけど、給金は違ったんですね」

「ええ、残念だけど、依頼書にはちゃんと書いてあるでしょ。だから変えられないの、悪いけど」

「それは10日分だけですよね。追加の4日分は可能なんじゃないですか? 」

「10日以上と書いてあるし、もう依頼書にサインしたよね。だからおしまい」

「じゃこれで」

「え、払ったんだから勤めてもらわないと」

「アンタ、頭沸いてるのか。賃上げ要求蹴っといて、まだ勤めろってオレは奴隷じゃねぇぞ」

「よく言うわ、奴隷クラスの癖に」

「いーや、残念ながらオレは初級クラスだ」

「え、嘘」

「旦那が言ってなかったか? あいつは金ヅルだから待遇を良くしろと。そうさ、これからオレはひたすら稼ぐんでな、こんなところで奴隷の真似事をしている暇は無い。じゃあな」

「待ってよ、ねぇ、お願いよ」


 ふうっ、そうは言うが、何から始めれば良いか。


 ◇


(おい、あいつを追い出したのかよ)

(違うわよ。勝手に出て行ったのよ)

(待遇改善はきちんとしたんだろうな。オレが折角段取りを付けて戻ったらこれだ。くそ、これじゃ苦労が水の泡だぜ)

(ちゃんと食事は豪華にしたし、寝る処だって立派にしたよ。もちろんお給金だってたくさん渡したの。でもダメだったわ)

(お前な、オレを舐めているだろ)

(えっ、何を言うのよ)

(聞いたぞ。メシに串肉を2本、後は煎餅布団で、給金は忘れていたとかでまとめ払いの変更無しってよ。あれ聞いてオレはもう、あいつに何も言えなかったんだ。待遇改善をまともにしていたのなら、それにチョイと色を足すぐらいで引き止められたが、あんな奴隷みたいに扱っといて、戻って来いとか言える訳もねぇ。どうしてくれるんだ、ええ)

(けどさ、あんなガキが稼げる訳無いでしょ。そんな無駄なお金は使えないわ)

(そうかいそうかい、ならもう終わりにするか。いい加減嫌になってんだよな。親の言いなりの結婚は良いが、相手はケチで有名な娘。それでも我慢して過ごしていたが、目先の金を惜しんで大金を逃すとあっては、もうやってれれん。オレは出て行くから後は好きにしろ)


 ◇


「いや、だからさ、そんな事を言われても困るんだよ」

「だがもう家は出ちまったんだ。良いだろ」


 宿の旦那が付いて来た。

 僕が辞めて歩いていたら旦那に出会い、辞めたと言ったら仔細を聞かれ、答えたら呆然となっていたかと思ったら店に走り、その後でまた出会って同行させてくれって言うんだ。

 何があったのかと問えば、あいつには愛想が尽きたから別れてきたとか言うし。

 そんなに布団叩きに未来を見たのかと、ちょっと怪しい電波でも受けたのかと、気持ちが悪くなる。


「絶対に売れるからよ、作ってみるんだろ、あいつをよ」

「まあ、そうしてみようとは思っているけど、材料がな」

「材料なら伝がある」


 まさか伝作りに出ていたのかな。

 とりあえずやってみなくては分からないと、言われるままに樵の元に。

 大小様々な枝のうち、布団叩きに使えそうな枝を吟味すると、そいつは使い物にならないからタダでやると言われる。

 見ているともらえる枝サイズはゴミ扱いされているようで、そこらに積み上がっているのももらえるらしい。


「だがよぅ、あんまりたくさんは薪になるからよ、ちぃとくれるとありがたいがよ」


 薪代だけ渡せば良いようで、1束いくらでの計算であるだけもらう事にした。

 25束の枝を確保し、1束300ディグで商談成立。

 作業場の隅っこを借りて、試しに作ってみようと思った。

 枝を曲げる火は炭火を借りて、炙りながら曲げてみる。

 消える事なく曲がっていく枝に、僕の予想の的中を知る。

 余っていた猫に使った紐で要所を縛れば、それっぽいのが出来上がる。


「おおお、やれたじゃねぇか、おい」

「もどきだけどね」

「いーや、立派なもんだ。これなら使えるぜ」

「いくらで売れるかな」

「任せろ、高く売ってやるから、お前はもっと作っていろ」

「ああ、やっとくよ」


 旦那は布団叩きもどきを手に、意気揚々と町に走り出す。

 この作業場と町は隣接していて、特にモンスターも出ない。

 作業場のあるじに聞けば、1日1000ディグももらえれば、ここで作業していても構わないらしい。

 ただ、炭火を使うならその倍は欲しいと言うので、とりあえず今日の分として2000ディグ渡しておいた。


 それにしても、仮に作りはしたが、まともな商品にするなら紐じゃ拙いだろ。

 もうちょっと丈夫な物があれば良いんだが。

 ふと見ると枝をまとめていた細いロープ。


 これ、いけるんじゃない?


 見れば木綿っぽいロープなので、ほどくと細い糸の集合体の様子。

 細い1本でもそれなりの強度はあるようで、いくらかずつまとめて縛る事にした。

 これが中々調子が良い。

 枝を曲げて、また曲げて、そして組み合わせて縛る。

 リアルだと曲げても戻ったりするもんだけど、この枝は何の木か知らないけど、曲げたら元には戻らないみたいだ。

 完成品をアイテムボックスに入れて、同じ事の繰り返しである。


 5本作ったら1本を表に置き、また5本作って1本を表に置く。

 あの旦那の世話でやれてはいるが、中間リベートをどんだけ取られるか分かったもんじゃない。

 そもそもプレイヤーなら自分でも売れるはずだし、わざわざ人に頼む理由も無い。

 ちょっと疑り深いかと思われそうだけど、初っ端の冒険者協会で派手にやられたんでな、疑心暗鬼になるのも仕方が無いだろ。


 一通り……まあ、1束分作ったのでひとまず終わりにする。


 戻って来ないので完成品全部をアイテムボックスに入れ、炭火をひとまず返してまた来ると告げて町に戻る。

 炭火と言っても陶器のお椀のようなのに灰と炭が入れてあり、手に持って提げられるようにしてある代物だった。

 本当は冬に使う、ストーブの小型版のようなもので、作業場での暖を取る時に使う物らしい。

 誰も使わない季節だから簡単に借りられたが、冬でなくて良かったと思う。


 町に戻ってまずは食事。


 その後で屋台を巡って色々と買い込んで行く。

 串肉はもとより、お好み焼きみたいなのに、ホットドッグみたいなのに、肉まんみたいな物。

 それぞれ、似てはいるものの、そのものって訳じゃ無いと思うのは、お好み焼きみたいなのは生地の色が赤いんだ。

 なのに辛くないのは何かの野菜の汁のせいらしい。

 後は肉の細切れを並べて焼いてあり、野菜は特に載ってない。

 ホットドッグみたいなのは、パンかと思ったら細長い野菜らしく、その中に焼いた肉を挟んである。

 肉まんみたいなのは、どちらかと言うとハンバーガーっぽい造りになっていて、蒸しハンバーガーと言えばいいか。

 それぞれが独特な味わいだけど、決して不味くはないのが幸いだった。

 一通り味見をして、それからかなり大量に買い込んだ。


 アイテムボックスの中では劣化しないってのが大量購入の動機になる。

 腐らないのなら買えるだけ買っておけば、何かのトラブルがあっても食うに困らないという、ある意味保険の目的だ。

 なんせ最初が最初だから用心深くもなるというもので、屋台をひたすら巡って買い占める勢いで買いあさった。

 後は飲み物を探していると、隣の村から果物のジュースを売りに来ていたおじさんと出会う。

 樽で大量にあると言われ、1ヶ月ぐらいは保つらしく、熟成が過ぎると酸っぱくなり、それを過ぎると酢のような物体になるらしい。

 村で作ってすぐに持ってきたらしく、まだまだ1月近くは保つらしい。


「え? テペを酢にかい? そりゃもったいねぇ話だて」

「でも、売れ残ったらそうなるんでしょ」

「まあのぅ、だけんど、そうなる前に村の娘っ子達に飲まれちまうでの」

「テペを水代わりにしてパンを焼いたらどうなると思う? 」

「そりゃあ……どうなるんだかの」

「巧くすれば村の名物になるかもな。その、役得の娘っ子達に相談すれば、巧い事やってくれるさ」

「面白そうだのぅ。こりゃ良い事を聞かせてもらったの」

「美味しいテペパンが出来たら買うからね」

「おうっ、そん時は頼むな」


 僕も作ってみたいけど、調理とか持ってないんだよな。

 無くでもいけるのかな?

 興味が湧いたので食材を色々買い込んで、有料作業場を借りて色々と試行錯誤。

 テペを使ったクッキーでも焼いてみようと思い、まずは水の代わりにして焼いてみる。


 《テペを使ったクッキー》


 素人が作ったので味はいまいち。

 食事5%・回復5%


 そのものズバリな名前になったな。

 おや、腹の足しにも回復にもいくらかなるようだ。

 各5%という事は、20個食べたら満腹になり、瀕死でも全快するって事か。

 栄養の友みたいな感じになったかな。

 どうせならそれらしく、長方形のクッキーにしてみるか。


 何度も焼いていると《調理》が生えました。


 やはりやっていると出て来るんだな。

 それからは仕上がりも良くなり、膨らみも均等になるようになり、形も段々と本物に似て……


 《テペ焼きメイト》


 某栄養食品を真似た品。

 味と形を似せたせいで、かなり似た品になっている。

 食事25%・回復10%


 うわぁ、これ、ヤバくないかよ。

 妙に膨らんでそっくりの形になっちまったぞ。

 しかも説明がパクリだと言っているし。

 特に4つ食べたら満腹になるところなんてさぁ。

 関係者が見たら問題提起しそうな感じだけど、居ない事を祈るしかないな。


 まあいいか。


 とりあえず材料が尽きるまで作ろうと、ひたすら焼いていく。

 途中、初期の試作品を食事の代わりにし、備え付けの水で喉を潤す。

 さすがに試作品、味は確かにイマイチだけど、そこらの固いパンとは比べ物にならない。

 普段の保存食はこれで良いかな。

 パクリはそのうちどっかの露天に卸すもよし、自分で売るもよしだな。


 容器が無いので材料が入っていた袋にとりあえず詰めていく。

 そのうちパッケージをして売ればいけるかも。


 砂糖が尽きたので、残った材料で何かを作ろうと思う。

 砂糖抜きだと何が作れるかな。

 薄いクッキー生地をとりあえず焼きながら、テペを煮詰めてトロトロにする。

 元々甘いジュースなので、これでも砂糖の代わりにならない事もあるまい。

 直径5センチぐらいの丸くて薄いクッキー生地がそれなりに焼けたので、ジャムもどきなテペをそれに塗り、もう1枚を載せて軽く焼く。

 両方のクッキーにテペジャムが馴染んだら完成と。


 《テペサンドクッキー》


 テペの実の甘みを凝縮したジャムを

 挟んだクッキー

 食事20%・回復15%


 あらま、初級回復薬と同等の回復量になっちまった。

 こりゃ初級回復薬が売れなくなるぞ。

 それにしてもテペって……


 《テペジュース》


 テペを絞ったジュース。

 民間治療薬にも使われる。

 回復効果がある。


 ああ、やっぱりだ。

 だから使うと回復が付くんだな。

 元々、水の代わりに使っているから回復が付き、ジャムにして使ったから重複したんだな。

 となるとテペジャム自体も回復効果のある食材になるって事か。

 こりゃ教えてやったほうが良いかもな。

 単にジュースとして売るより……あれ、じゃあどうしてジュースが売れ残るんだろう。

 回復効果があるって誰も知らないのか?

 知っていれば、供給が間に合わないぐらいにならないか? 普通。


 さっきのおじさんの所に行き、持ってきたジュースを全部売って欲しいと告げる。


「そりゃありがてぇが、そんなに良いのかの」

「これ、全部買っても村で困らない? 」

「村にはまだまだあるんだけどよ、そんなに持っては来れねぇんだ。だからよ、毎回、残ったのは皆で飲んでしまうんだて」

「一緒に村に行こう」

「何にもない村だけんど」

「これからは有名になるよ」

「あれかの。巧くやれれば良いがの」

「これ、食べてみて」

「これは何かの……うむ……うむむぅ……むほっ……こりゃ、美味いもんだのぅ」

「そいつが村の名産品だ」

「こんなのが作れるんだか」

「材料は分かっているからさ、買って来るから待っててよ」

「ありがてぇ話だの。こんなのが作って売れたら、村は……」


 尽きた材料をまた買いに行く。

 いやぁ、こんな事がやれるのも皆、ユリエさんのおかげだよ。

 本当に返さなくて良いのかなぁ。

 

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