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05 草原の宿

長めの6000字。


 

 依頼書を持って指定の宿に向かうも、やけに立派な宿のようで。


「あの、依頼を受けて来たんですが」

「女将さん、叩き屋さん来たよ」


 叩き屋さん? なんだそれ。


「ああ、やっと来たのかい。かれこれ10日も待ったよ」

「僕は今日聞かされたんですけどね」

「あそこもねぇ、もう少しまともにやってくれたら良いんだけど」

「それで、どんな仕事でしょう」

「ああ、そうだったね。君には布団を叩いてもらいたいんだよ」

「それだけですか」

「そうは言うが、うちの宿は200人泊まれる大きな宿だ。だからお布団もそれに合わせてたくさんある。今、120人泊まっているから、毎日120枚の敷布団を干して叩かなくてはならないんだよ」

「え、毎日なんですか? 」

「そりゃそうさ、長期のお客はそこまで居ないし、寝る時は気持ちの良いほうが良いだろう」

「それはそうですが」

「干すのは別に人が居るからさ、アンタはそれを叩いてくれればいい」

「分かりました」


 なんか僕の手持ちから導かれているような気もするが、布団叩きならちょうど持っている。

 案内されてみると、確かに布団が大量に干されている。


「ほい、これで叩きな」


 渡されたのはただの木の棒だ。


「こんなので叩いても知れているだろ」

「だがな、他には無いんだから仕方あるまい」


 スチャ


「おいおい、何だよそれ」

「これが布団叩き専用アイテムだ」

「そんなのがあるのか、知らなかった」


 うえっ? 知らなかったって? これって流通しているアイテムじゃないのかよ。

 ひとまずパンパンと叩くと、埃がもうもうと立つ。


「おいおい、やけに便利なアイテムじゃねぇか」

「これで問題無いよね」

「ああ、それならはかどるだろう」


 パンパンパンパン、パパンパン


 右腕が疲れたら左腕と、ノンストップで夕方まで叩きまくり、

 叩かれた布団から宿屋に運ばれている。

 普段なら総出で叩いていたらしいが、

 これがあれば楽になりそうだと、どうにも欲しがりそうで困っている。

 て言うか、無いなら作ろうとは思わないのかな。

 よくよく聞いてみると、似たような物は作れそうだけど、とても採算が合わないらしい。

 枝を切って来るのが樵、その枝から小枝を取って下ごしらえをするのが木工職、その枝を曲げるのは細工職、それを組み合わせるのは道具職、

 そう言う具合にいくつかの職を巡るから、発注したらかなりの大金になるらしい。


 職を渡っての組み込みは、それ専門の職に頼むしかないが、今その職の人はこの町に居ないらしい。

 どうやら専門職のようで、王都から派遣されるのを待つしか無いらしい。


「お疲れさん、さあ、水浴びをして、食事にするわよ」


 井戸で身体を洗い、サッパリとして賄いに向かう。

 下働きはここで食べると聞いたが、どんな餌が出るのやら。


 固いパンと塩味のスープ……以上。


 せめてスープに具ぐらいは入れようよ。

 これじゃタダの塩水だろ。

 出汁も効いてない塩入りの水をスープと言い張るなら、そこいらのペットフードのほうがご馳走だぞ。

 まあ、ゲームの中だからと諦めて、空腹感だけを癒す目的で餌を胃袋に投入する。

 もうね、食事って感じじゃ無いの。

 単なるカロリー補給という儀式だね。


 簡素な食事が終わると寝所に案内される。

 ああ、厩よりはましだが、ここに寝るのか。


「ステータス・オープン」


 名前・タケノコ

 職業・アイテム師

 階級・2

 攻撃・3

 防御・2

 武器・通常武器不可

 防具・初心者の服

 技能 アイテムボックス・世界言語理解

 職能 アイテムクリエイト


 おや、攻撃が少し増えているな。

 確かレベルアップで2になったはずで、それが3になっているって事は、今日の仕事で増えたのかな?

 てかさ、普通はSTRとかDEFとかの表示があるもんじゃないのかよ。

 どうにもマスクデータの多いゲームだな。


 それにしても、初心者の服の防御力が0ってどういう事だよ。


 そりゃそこらのストリートチルドレンみたいな格好から少しはましになった服だけど、ただの見てくれだけの意味しかないって、防具の効果すら無いのかよ。

 それで500ディグしか無いってのも酷い話だ。

 まあ、今日はこれでログアウトだな。


 ◇


 精神疲労でもあったのか、トイレとシャワーと食事の後、気付いたら朝でした。


 いくら夏でもシャワー上がりの格好でメシを食ったのも何だけど、そのまま寝ちまったのは少し拙かったかな。

 夏風邪を引くとヤバいから、これからは気を付けないとな。

 さてと、アルバイトも無くなった事だし、ログインしますかね。

 そう思っていたら電話が鳴り、出てみると嫌な叔父さんの登場だ。


『おい、あれ、続けているんだろうな』

『一応ね』

『どうだ、奴隷クラスは楽しいだろ』

『サボってるよ』

『くっくっくっ、ああ、それならそのうち衛兵に連れていかれるぞ。そうして牢屋の中での暮らしが始まるんだ。楽しそうだろ、ひゃひゃひゃ』

『いいよ、夜寝る時にログインして、ゲームの中で眠るから』

『そういう使い方をするかよ。だがな、そのうち強制労働が待っているからな』

『別にやらなくても殺されても蘇るんだし、痛覚設定を切っておけば寝てても問題無いだろ』

『それだと普通には遊べないが、それでも良いんだな』

『そうしたのは誰だよ』

『まあいい。それでお前が満足しているのなら、オレから言う事は何もねぇよ』

『満足に思うのかよ』

『ひゃひゃひゃひゃ』


 あいつも暇なのかな。

 まあ、あんな性格じゃ友達も居なさそうだし、やる事が無いから甥で遊んでいるんだろう。

 遊ばれるほうは堪ったもんじゃないけど、親戚で被害を抑えているとも言える訳だ。

 あいつが恨まれて刺されるのは別に構わんが、そのとばっちりが家族に及ぶのは困る。

 なら、僕が犠牲になってやれば、その間だけでも他に被害が及ばない。

 となると、耐えれる限りは耐えるべきなんだろうな。

 それにさ、まだ奴隷クラスに墜ちてねぇよ。

 精々、悲惨そうに見せてやるから、その嗜虐心を慰めるといい。


 ◇


 ただでさえ厄介な事態になっているのに、ログイン前に意欲落としてくれて、どうしようもないな、あいつは。


「おはようございます」

「死んだのかと思ったら生きていたのかい。まあよく眠るもんだよ。まあ、起きたのならとっととご飯を食べて、今日も叩いておくれでないかい」

「分かりました」


 外との時間の差は寝坊助設定かよ。

 それぐらいなら加速とかしなきゃ良いのに。

 もっとも、加速が無ければこんなゲーム、とっくに辞めてるがな。

 リアル時間で1週間も猫のノミ取りとか、やってられるかよ。


 パンパンパンパン、パパンパン


 今日も快調に叩いてます。

 毎日なのによくこんなに埃が出るもんだなと思ったら、大量にある敷布団をローテーションするので、今までに使って叩けてないのを叩いているとの事。

 推定だけど500枚ぐらいの敷布団があって、毎日取り替えるのがここのウリなんだそうだ。

 そのしわ寄せは従業員に回ってくるけど、客の少ない時があるから今までは何とかなっていたんだと。

 だけど、つい最近、有力株の若い兄ちゃんが辞めてしまい、どうにも手が足りなくなっていたとの事。

 次の雇用人が来るまで続けて欲しいと言われるが、日当50ディグとかまさに奴隷の如し。

 確かにやりたい事は決まってないが、それはやれなくなったから決まってないだけだ。

 そういや、最弱はスライムとか言ってたが、あれぐらいなら倒せるんじゃないか?

 まあ、一度モンスターに使ったらもう、布団を叩くのには使えなさそうだし。

 だから二の足を踏んでいるんではあるんだけど。


 昼食はやはり固いパンと塩水スープ。


 リアルだと栄養失調になりそうな食事だし、僕もまともな物を食べたいと、夕食の後で外出許可を取る。

 住み込みなので許可が欲しいと言われ、外に出る時には女将さんに許可をもらう事になっているとか。

 本当に奴隷奉公なんだなと実感する。

 こんなのに冒険者を使うってのがそもそもの間違いなのに、よくこんな依頼を出そうと思ったな。


「おじさんも給与は安いんですか? 」

「まあな、この町も景気が悪くてなぁ。せめてもう少しあれば楽になるんだが」

「僕は日給50ディグですが」

「何だとっ」

「あれ、どうしたんですか」

「あのバカ、あれで依頼を出したのかよ」

「奴隷扱いがこの町の流儀なんでしょ? 分かってますって。早く育てと奴隷扱いをして、次の町に送り出すのが役割って大変でしょうけど、そういう損な役回りも必要なんでしょうね。だけど、そのうちこの町は寂れてしまうでしょうけど、その覚悟があっての事じゃないんですか? 」

「そんな訳あるかよ。待っていろ、今、談判してくるから」

「ちなみにおじさんの給与は? 」

「毎日1500ディグだが、これでもギリギリのところだ。なのに50ディグとか、そこらのガキじゃあるまいに、あり得ない話だ」


 やけに憤慨しているけど、何かあったのかな。

 仲間割れは感心しないよ。

 文句を言ってきてやるって言うけどさ、それって恩を着せているつもりかな。

 穿った見方になるけどさ、夫婦である以上、共犯を最初に疑うと思うんだよ。

 つまり、安い給金は相談のうえってね。


(お前、あんな金ヅルを追い出すつもりかよ)

(どうしたのさ、いきなり)

(あいつが使っている布団叩きだがよ、ありゃ売れるぜ。なのにはした金で雇ってすぐに辞めちまったら困るだろ。情でほだしてなんとかあれを手に入れて、大量に拵えて売れば大儲けだぞ)

(そういや、調子が良いって聞いたけど、そんなに違うのかい)

(全然違うぞ。面積が広いだけなら板を使えば良いが、あれは木の枝を曲げて組み合わせたような造りになっている。オレじゃ造れないが、造れる奴を見つけて頼めば、そこまで材料は掛からないはずだ。だからな、精々、先行投資だと思って、ましな給金とメシと布団にしてやるんだな)

(どれぐらい稼げそうなのさ)

(それなりに長持ちしそうだしよ、5000ディグで売ってもいけそうだろ。毎日が楽になるんだしよ。一家に1本として、国中に売ったらいくらになると思うよ)

(そ、それは凄そうね)

(なのに小銭しか渡してないお前はどう思うよ)

(分かったわ。それなりに渡してご飯と布団ね)

(自分の子供だと思って対応しろ。そうすりゃ絶対に巧くいく)

(そうねぇ、うん、そうするわ)


 ◇


 調整してやったぞと、鬼の首でも取ったかのようにふんぞり返っていたな。

 一応は感謝の言葉を述べておいたけど、何が変わると言うのだろう。

 確かにメシの質が上がったけど、固いパンと塩水スープはスタンダードで、それに追加で串肉が2本おまけに付いているだけだ。

 串には何の肉か分からないが5個刺してあり、僕が一緒に食べる人達は8人になっている。

 となると、1人1個のおすそ分けとなり、僕が2つ食べても文句の出ない配分になっていた。

 やっぱさ、独り占めってのは良くないよね。


「久しぶりの肉だなぁ」

「本当だよ。もう、肉なんて食べられないと思っていたのにねぇ」

「アンタ、何をやったんだい。ご褒美だろ、串肉とかさ」

「僕にもよく分からないんです」

「そうかい。でも、ありがたいわよ」

「そうそう、ありがとね」

「それはそうと、アンタ、首の輪っかはどうしたんだい? 」

「えっ」

「奴隷なら首輪があるもんじゃないかい」

「ああ、僕は冒険者なので」

「ああ、奴隷クラスってのかい。可哀想にね」

「そういや、前にも居たね、そういう子」

「うんうん、だけどすぐ居なくなっちゃってさ」

「それ以来見てないから、他の町に行ったのかも知れないね」


 やはり奴隷クラスに墜ちたプレイヤーは居たんだな。

 そしてつまらないから辞めちまったと。

 いきなり奴隷クラスに墜ちて、隣町に行けたりしないだろうし、それは確実な線だろ。

 となると、4ヶ月で大金貨3枚も持ち歩いていたあいつ、大成功者って事にならないか?

 そんな奴だからこそのプライドなら、あり得そうな話でもある。

 まあ、うかつだとは思うけど、別に捜索も何もしてないようだし、あいつにとっては大した金じゃないのかもな。


 僕からしたら大金でも。


 ◇


 寝所に赴くと何故か煎餅な布団が敷いてある。

 以前はむしろに布だったのに、改善されたって事かな。

 もっとも、これはうっかり叩いたら粉砕しそうな敷布団だから、宿で使っていてもうダメになった布団なんだろう。

 廃品の再利用にしては何だけど、それなら他の住み込みにもしてやるべきじゃないのかな。

 周囲を見て、一番のお年寄りに布団を渡し、代わりにむしろをもらって2重にして寝る事にした。

 感謝されて横になり、そのままログアウトをする。


 中の時間は12時間でも、外に出ると3時間経過でしかない。

 トイレと食事をこなし、軽く運動をして時間潰し。

 折角だから食材の買い出しに行こうと、足りない食材のメモ取りをする。


 スーパーでつらつらと品物をカゴに入れ、レジで支払って帰宅する。

 もう少し時間もあるようだしと、食事の支度をする。

 ガスは放置はヤバいので、タイマー付きの保温マットを活用する。

 このまま保温温度で煮込みもどきとばかりに、寸胴鍋で細切れ肉をバターで炒め、お湯を注いで後、切ったニンジンとジャガイモと玉ねぎを

 投入してフタをしておく。

 保温でもそれなりの温度になるはずだし、長時間なら止まるはずだし、火災の心配もあるまいし、これでカレーかシチューの元になる。

 後はどちらかを入れて煮込んでやれば良いだけだ。

 どうにも男の手料理と言うか、じっちゃん直伝と言うか、まともな料理法じゃないのは承知しているけど、今はこれが便利でいい。


 ◇


 そんなこんなで宿の下働きをこなすうち、ひとつの計画を思い付いた。

 期限を書いてない依頼は、その報告もまた期限無しという事になる。

 となると、この仕事を辞めても報告しなければ、中途停止とも取れる訳だ。

 10日だけ我慢すれば依頼は達成となり、それ以降は任意での勤めになる。

 だからサインさえもらっておけば、何時辞めても構わないって事になるが、その完了報告はまだやらないと。

 そうすれば、組合としても下手に手を出せない。


 え? もう手を出さないと言ったって?


 別に録音された訳でなし、とぼけたら終わりの淡い約束。

 誓約書を作成して決めた話し合いでもない限り、うかうかと報告に行ってまた別の依頼を押し付けられたら堪ったもんじゃない。

 さすがにね、ごろつき相手にまともな話し合いが通じるとは思ってないよ。


 だからこれは予防策になる。


 どのみち布団叩きに妙な執着を見せていたから、何かのアクションがあるとは思ったよ。

 だからマッチポンプみたいな待遇改善の恩売りにはちょっと笑っちゃったけど、そのセコさにも笑ったな。

 そんな訳でそんな恩など知らないと、串肉は皆に分配して布団も譲渡だ。

 後は給金の問題だが、日給という割りにまだもらってないんだよな。

 月給なら月に1度、週給なら週に1度、そして日給は日に1度の支払い義務がある。

 何時気付くかは知らんが、旦那は金稼ぎに目端が利くようだけど、女将は単なる吝嗇のようだ。

 その意識の違いが待遇の違いになっているんだろうけど、そんなのをゲームで学ばせて運営はどういうつもりなんだろう。


 これって人生勉強ゲームだったっけ?

 

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