04 依頼は終わったものの
あれから数日掛けて、紐付き猫だけになり、ようやく終わったと思ったんだ。
なのに……
「まだ猫ちゃんが痒がっているざます」
そりゃあね、逃げた猫はノミのいる猫のところに行くんだから、多少移るかも知れないよ。
だけどそんな事を言うならちゃんと猫の隔離ぐらいはやってくれないと。
1匹中銅貨1枚なんて低価格でやるんだから、そっちも少しぐらいの融通は利かせろよな。
「契約違反ざます」
拙い、それを食らうと墜ちちまう。
仕方が無いので今度は紐を取りながらノミ取りをする。
だけど、もう混ざらないように、別の部屋を用意してくれと言う。
「他の部屋はダメざます」
「それならこの部屋に衝立か何かを置いて、猫を分けるようにしてはくれないか」
「そんなの自分でやるざます」
「本当にそれで良いんだな」
「構わないざます」
言質取ったからな。
大体、何時までにやれとは言われてないんだ。
止めなければ依頼失敗じゃないんだし、時間が掛かっても問題無いはずだ。
それが嫌なら何日までに、とか依頼書に書くべきだよ。
道具屋に行き、動物避けに何か無いかと聞くと、畑用の動物避けのアイテムがあるらしい。
とりあえずこれを部屋の中央に置いて、猫を片方に寄せちまおう。
5個購入してついでにメシを食い、満を持して部屋に向かう。
部屋の端からつらつらと寄せていくと、猫が逃げる逃げる。
今度はもがいても逃げないように、慎重に紐を外してノミを取る。
もがいたらヒョイと投げて反対側のスペースへ。
これでもう混ざらないだろう。
「臭いざます」
「仕方が無いだろう。別の部屋はダメ、衝立は自腹を切れって言うんだ。どうせ赤字覚悟なら、これが手っ取り早い。分かってないようだからから言うが、この動物避けは1個が1000Dもするんだ。それを5つも買っての依頼だ。なのに全部の猫のノミを取っても1280Dにしかならない。赤字になってまで依頼をしてやっているのに、文句ばかり言ってんじゃねぇよ」
「契約違反ざます」
「いーや、違反じゃないね。動物避けは臭いから使うなと、何処に書いているよ。嫌なら最初に依頼書に明記しろよな。書いてない以上、契約違反じゃない。なのにそれを強要する場合はな、ブラックリストに載る事になるんだけど、迷惑依頼人としてリストに載りたいのなら、どうぞ契約違反として協会に訴え出るといい。受けて立ってやるからよ」
「仕方が無いからとっととやるざます」
よし、勝った。
まあ、赤字だけど、貢献値マイナス10回避の為と諦めるしかあるまい。
それからも順調にノミを取り、またしても数日後に何とか終了した。
「終わったぜ」
「時間が掛かりすぎたから報酬は無しざます」
ああもう、どうでもいい。
「ああ、構わんよ。ほれ、とっととサインしてくれ」
「どうして文句を言わないんざますか」
「どうせ赤字なんだ。そんなの貰っても知れている。今までのメシ代に宿泊代金と、どんだけ金が掛かっていると思うんだ。1日3食で1食500Dで1500Dだろ。そいつがかれこれ1週間分で10500Dだ。そいつに加えて宿代が1泊600Dで4200Dだろ。更に依頼をこなすのに7000D掛かっている。つまりな、合計で21700Dがこの依頼によって無駄に消費されてんだ。それを考えたら1280Dとか、知れていると思うだろ。さあ、とっととサインしてくれ」
「サインしたざます」
「んじゃ動物避けは回収するな」
「あれは依頼で使ったのだから置いておくざます」
「そうはいくか。手出しのアイテムだし、金はもらってないんだ。アンタがいくらかでも余分に出したのならそれはアンタの物かも知れないが、依頼料すら払わないぐらいだ、そんなの取る権利ねぇよ」
「残念ざます」
やれやれ結局、タダ働きか。
とんでもない依頼を寄こしてくれたもんだな。
まあ、ひとまず終わったからこれを持って行けばいいな。
◇
メシを食った後、冒険者協会に赴く。
「完了報告です」
「おや、あれを終わらせたのかい」
「ええ、ここにサインがあるでしょ」
「これは参ったね。まさかクリアするとは思わなかったよ」
「とにかくこれで良いんでしょ」
「それで報酬は受け取ったのかい」
「報酬は依頼を出した協会が支払うものでしょ。依頼人はその為に協会に依頼を出すんだから」
「まあ、そういう事もあるが、普通は依頼人から受け取るものだよ」
「そういう話は聞いてませんが」
「あの依頼は依頼人から依頼料と手数料などを受け取り、協会に渡してその中から依頼料を支払う事になっている。なので君は彼女から依頼料として小銀貨5枚と報酬を貰わなければならないんだが、受け取れてないのなら達成とは言えないな」
どこまでなんだよ、こいつは。
お前、中身は叔父さんとか言わないだろうな。
アイテムボックスから小銀貨を5枚出し、受付に置く。
「これで文句無いだろ」
「おや、持っているのかい。初心者と思ったが」
「僕、いや、オレは他に稼ぐ方法を持っているだけだ」
「そうかい、それならそれでいい。ああ、これで完了だ。カードを貸しなさい」
やれやれ、これで貢献がいくつになるかは知らんが、身分証明書代わりにしては初っ端からハードだったな。
道理でカード作るのに金が要らない訳だ。
ああしてけち臭い依頼人を宛がって、運良く依頼料がもらえたらそれで良し、ダメでも奴隷クラスが確保出来る。
どちらに転んでも損の無い、あこぎな商いをしているな、この協会ってのも。
カードを受け取ると貢献値はプラス5だった。
「拒否するとマイナス10なのに達成で5ってどういう事だよ」
「ああ、言ってなかったね。依頼は1~5の貢献値でね、それでも君は最高の5評価なんだ。感謝して欲しいぐらいだよ」
「ああ、感謝しているさ。くだらない依頼を押し付けられて、長い時間の無駄と大層な赤字って報酬をもらったんだからな」
「やれやれ、どうやら不満のようだね」
「まあいいさ、依頼を受けるのは今後は自由のはずだしな」
「いやいや、そうじゃないよ。初級は協会からの依頼を優先してもらわないとね」
「断れば?」
「即刻、奴隷コースだね」
「こんな協会、どうして放置されている」
「くっくっ、はっはっはっ、今頃気付いたのかい。いやいや、皆さんここに来たら誰もがここで登録をしたがるんだ。身分証明なら他にも方法があると言うのに、猫も杓子もここに来るんだよ。堪らないね、こんな美味しい商売。だもんで、それなりにあちこちに鼻薬は利かせている。だからお前みたいな奴の事を誰も取り合ってはくれんさ。諦めて奴隷になっちまいな」
もうね、何と言うか、このゲームの運営の悪意のようなものが見えると言うか。
普通、こういうゲームだと冒険者協会に行くのがセオリーみたいになっているけど、それを逆手に取って罠を仕掛けるとか、どんなつもりだよ。
なんだよ、この世界の冒険者協会って、タダのごろつきじゃねぇかよ。
こりゃ何とかしないとどうしようもなくなるぞ。
「おい、聞いているのか。次の依頼だぞ」
「少し休ませてくれよ」
「貢献値50で1日休ませてやる」
「やれば良いんだろ、やれば」
「ああ、こいつだ。これは楽な依頼だからな」
-草原の宿-
下働きさんが辞めて困っています。
しばらくの間、その代わりをしてくれる人を募集します。
住み込みで食事付きで、最低10日は働ける人をお願いします。
報酬は宿泊代と食事代、それに加えて中銅貨5枚です。
「住み込みならメシと布団は当たり前なのに、それを報酬にしたうえに1日たったの50Dって、アンタが押し付ける依頼は奴隷クラスの依頼じゃねぇのかよ」
「仕方が無いだろう。今、その奴隷クラスが居ないんだ。それでもいくらかましな依頼を出してやっているんだし、感謝してもらわないとな」
「今度はいくらの赤字になるのやら。こりゃとっとと副業を確立させんと、破産しちまうな」
「どれだけあるのか知らんが、初心者でそこまで稼げるって話も聞かないが」
「簡単な話だ。道に座ってな、右や左のだんな様ってやるんだよ。そうしたら富豪様が哀れんで、大金貨を恵んでくれたのさ」
「そんなバカな」
「だから別に依頼をする必要は無いんだけど、どうしてもオレの持つ金が欲しい協会が、赤字にして横取りを企んでいるって言うのが今の構図になっている。乞食の上前を撥ねる冒険者協会ってそのうち噂になるかもな、くっくっくっ」
「その話、外で漏らすな」
「オレは体験談を話すだけだ、別に誹謗中傷じゃない。本当にあった事を話すだけだ」
「ならな、次の依頼が終わったら、もう何も干渉しないから、その話は外に漏らすな。良いな」
よし、勝った。
じっちゃんの名にかけて……なんてどっかの探偵じゃないけど、弁護士のじっちゃんの門前の小僧も、いくらかやれるみたいだな。
その手の駆け引きも近くで見ていたから大体分かるし、相手の弱みをどう突けば良いのかってのも何となく分かると言うか。
それでも生兵法は怪我の元だから、保険の意味しかないけどな。
今回はその保険をいきなり使う羽目になりはしたが、結果オーライなら別に構わんよ。
でも、やっぱり駆け引きの時は『僕』じゃ押しが弱いな。
『オレ』とかちょっと合わないけど、第一人称の使い回しも大事だと分かったよ。
それにしても、色々な酷い依頼ってさ、そいつが鼻薬の正体だろ。
普通はそんな赤字にしかならない依頼など、受理するとかどうかしている。
なのに当たり前に受理しているとなると、そこに謀を感じるのは当たり前だろ。
あの猫屋敷も貴族が住んでいそうな家の敷地にあったから、奥さんか妾の趣味か何かだろうし。
権力者の関連で受理してパイプにする代わり、何かしらの便宜を図ってもらっていると。
つまり、この世界の冒険者協会ってのは、大した組織じゃないんだな。
ゲームによっては国すら及ばないってのもあるのに、このゲームじゃそこらの協同組合クラスの権力しかない。
だから権力者ありきの運営にせざるを得ず、力無き者を犠牲にしてやりくりをしていると。
こりゃ第一陣でかなりの奴隷クラスが発生でもして、皆嫌気が差して辞めちまったってのが真相っぽいな。
確かに大人なら働いている経験もあるし、世間知らずの児童とは違うだろうからクリアしたかも知れない。
だけど小中学生にあんな依頼をクリアしろと言うのは少しきついだろう。
となると、依頼失敗で奴隷クラスで更に酷い依頼を押し付けられ、楽しくも何ともないからそのまま辞めてしまうと。
うちのクラスで話題にならなくなったのはそのせいか。
僕も同様になっていた可能性は大だけど、偶然、彼女に助けられた結果となっている。
だけどさ、あれはいくらなんでも金額がでかすぎるんだよな。
関係者が調整に来てくれないと、いくら何でも寝覚めが悪いんだ。
本人はプライドが邪魔して来れないだろうから、友達か誰かが来てくれよな。
そうしたら3枚のうち、2枚は返すから。