03 予定変更
少し睡眠不足な朝。
洗顔歯磨き、そして朝食。
両親は結婚して20周年という事で、僕を置いて旅行中だ。
フルムーンのその名の通り、夏休みをフルで旅行すると宣言した、ダメな教師達だ。
もっとも、僕が両親の教えを受けた事は無い。
何故なら彼らの勤め先は有名私立なのだから、公立の僕には関係無い。
でも夏休みフルで休んでよくクビにならないな。
さて、アルバイトに行くとしますかね。
「いらっしゃいませ」
これが挨拶らしい。
おはようございます、と、最初に挨拶したら、それは違うと言われて教わったんだ。
癖になるぐらい言えば、客に対してもすぐにその言葉が出るという効果を見込んでいるとの事。
だけど、やっぱり慣れないよな。
「いらっしゃいませ」
「ああ、いらっしゃい。あのな、ちょっと来てくれるか」
「分かりました」
スーパーの売り子もどうかと思ったけど、やってみるとこれが意外とストレス発散になると言うか。
でかい声を普段出さないから、妙にスッキリするんだよな。
かれこれ4ヶ月だけど、出来るなら卒業まで続けたいと思っているんだ。
「ああ、君、7月末でもう来なくて良いから」
「えっ」
「じゃ、そういう事だから」
「あの、臨時雇用でも1ヶ月前の告知が必要って聞きましたけど」
「チッ、ナマ言ってんじゃねーよ」
「じゃあ当局に相談しても構わないって事ですよね」
「なっ、待て待て待て」
「何か補填をください」
「はぁぁ、やれやれ、てめぇ、ろくな死に方をしねーぞ」
「今度から臨時雇用は1ヶ月前の告知、それでこんな思いはしなくて済むんですよ」
「あーあー、そうするさ」
ゴネたら少し退職金みたいなのをくれた。
門前の小僧みたいな法律知識だけど、知ってて良かったって事かな。
あれであの人には嫌われただろうけど、今後また同じ事をしたら次には本当に訴えられるかも知れないんだ。
だから授業料だと思って諦めてね。
それにしても参ったな。
続けたいと思っていたアルバイトなのに。
大体、あの人だけなんだよな。
他の人はみんな僕に優しかったのに、あの人だけ妙に僕を毛嫌いして。
何が気に入らなかったんだろう。
「おい、待て」
「まだ、何か」
「お前、西崎のガキか」
「それってもしかして叔父さんの事? 」
「やっぱり関係者かよ」
「人をおちょくるのを生き甲斐にしているクソ野郎ですよね」
「なんだ、お前も騙されたクチか」
「親戚中の嫌われ者ですよ」
「ふうっ、そうか、まあ、なんだ。こうなっちまったから仕方がねぇが、その、悪かったな」
「何か言われたんですね」
「ああ、うちのが世話になっているってな」
「迷惑しているんです」
「本当に悪かった。今すぐはダメだが、来年まだ勤める気があるなら、再度の雇用も考えておく」
「その時はお願いします。初めてなんです。遣り甲斐って言うのか、働くのが楽しいって思えた事」
「まあなぁ、そういう報告も受けてはいたが、あいつの関係者と思えば評価する気にもならなくてな」
「じゃあ来年の内定って事で」
「ほんと、悪かったな」
「あの、退職金、返しましょうか」
「いやいや、商売人たる者、それぐらいのほうが頼もしいってもんだ。それに告知1ヶ月は本当の事だしな。忘れていたオレが間抜けだったんだ。だから気にするな」
「分かりました」
◇
あの人は何処までなんだろう。
破滅願望としか思えないんだけど、そのうち刺されても誰も悲しんではくれない気がする。
うん、もちろん僕もお祝いしたいぐらいだろうね。
西崎智司刺殺記念パーティとか……う、悪趣味だな。
さすがにそこまでは無理か。
でも葬式には行かない予感。
まあ、憎まれっ子世にはばかるって言うし、案外あんなのが長生きするんだろうな。
だとしたら早々に逃げないとな。
卒業後はやはり県外でしょ。
◇
さあ、今日も猫のノミ取りやりますかね。
しっかしなぁ、何日掛かるんだよ、この依頼。
宿屋が1泊600D、それも素泊まりが。
だから手持ちじゃ元々足りなくて、何かしないと厩泊まりになるって、やっぱり人気無いのかな、このゲーム。
「さっさとやるざます」
どうにも頭ごなしだよな。
それでもとりあえず依頼人だからと、そこいらの猫をとっ捕まえてノミ取りの開始だ。
紐付けてノミを取って、ノミが取れたら猫は逃げる。
昨日と同じ事をやるんだけど、今日はとことんやるつもりだ。
なんせもう、アルバイト無くなっちまったんだし。
猫掴む、紐付ける、ノミを取る、猫逃げる。
猫掴む、紐付ける、ノミを取る、猫逃げる。
慣れればそこまでの事も無いかな。
1匹の猫に数匹ぐらいの数なのと、居なくなると勝手に猫が逃げるので、終了が分かってありがたい。
そうこうしているうちに、何故かレベルアップをする。
えっ? まさか、ノミも経験値、あったりするの?
ステータスを見ながらノミを潰すと、確かに1ずつ増えている。
うわぁ、こんな経験値の稼ぎ方があるのか。
よもやの事態にモチベーションが上がっていく。
猫掴む、紐付ける、ノミを取る、猫逃げる。
猫掴む、紐付ける、ノミを取る、猫逃げる。
うん、調子が出てきたな。
途中、食事をして続きをやり、その日では終わらず今日も厩を借りる。
確かに大金貨3枚の恩恵はあるけど、稼げない身の上で使うと後々困りそうだし。
それに、別に厩で本当に一夜を明かす訳じゃない。
そこでログアウトするだけの場所なので、別に厩でも構わない。
◇
ログアウトしてまずは食事とトイレ。
食材は買い込んであるから、簡単な料理を作って食べる。
トイレとシャワーを済ませ、少し仮眠を取る。
別に寝なくても構わないようなものだけど、前日の睡眠不足があるからなぁ。
うとうとしていくらか寝て、起きたら早朝の時間帯。
まだ薄暗い中、ゲームにログインする。
「さっさとやるざます」
はいはい、分かってますとも。




