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F・F・F  作者: 茄子川横
Fantastic Fanny Friends
1/3

1.

最初の方、説明とかメッチャありますけど、「細かい話してるけど主人公理解できてないよネタ」なので飛ばして読んでもらっても大丈夫です。

よろしくお願いします。





…目を開けると、見知らぬ少女が呆然とこちらを見ていた。



「……うぉああああああああああああ!?」

「……ぎゃああああああああああああ!?」



俺は突然目の前に現れた少女に驚き、思わず叫び声を上げた。「だだだ誰だ!!誰ですか!?」声が思わず裏がえる。


突如出現した謎の少女はズザザーッと勢いよく後ずさり、両手で目を覆った。「ひーーっ、ごめんなさい!!ごめんなさい!!…」指の隙間からちらっとこっちを覗き、また「ひーーっ」と叫んだ。



「え、いや、ひーーって…あ」彼女の指の指し示すまま下に視線を落とすと、ブラブラと力なく揺れる巾着袋。そういえば俺は全裸だった。

「…ぎゃーーーー!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!」

絶叫しながら、股間を隠す物を探そうと周りに目を走らせる。

部屋に電気は点いておらず薄暗い。女の部屋特有の甘ったるい匂いがただよっている。ビンテージもののランプが壁に掛けられ、絨毯には変な紋様が描かれている。


「……あれ?…ここ、どこだ!?」

ここが自宅でないことを悟った俺は、目の前にうずくまる少女を問いただす。女はパニックを起こしているようで、「ごめんなさい!!ごめんなさい!!」と叫びながらピシリと土下座のポーズを決めた。




…確か俺は、自宅の風呂場にいたはずだ。

確か、白い煙に包まれて…それで…。





「ーーーま、まさか本当に成功するなんて……あれ、これって違法魔術なのかな…?」




少女は呆然とした様子で、何かぶつぶつとつぶやいていた。俺が混乱しているのと同じくらい、彼女も混乱しているらしい。



い、いったいなにが起こったんだ……。











■■■









和田健児、17歳。

昨年、高校中退。


…名前の由来は、『健』やかな『児』どもであってほしい、という親の願いから。








小学生四年生のとき、…スクールカースト上位の奴と些細なケンカをしたことがきっかけで、イジメを受けるようになった。



内容はーー、殴る、蹴るのはまだいい方で、…1番辛かったのは、万引きさせられることや、親の金を盗んでくることを強制させられることだった。





小中はエスカレーター式だったので、中学に入ってもイジメは続いた。

むしろ年を重ねるごとに、その内容はエスカレートしていった。



中学2年のとき、親の金を盗んでいることが母にばれた。

なんでこんなことしたの?両親に問い詰められたが、……怖くて、ほんとうの事を打ち明けることができなかった。チクったら、本当に殺されると思っていた。

その後、俺がたびたび万引きをしていたということがばれて、その結果、親はヘンに優しく俺に接するようになった。…正直、思いっきり叱ってくれた方がまだマシだった。






ーー不思議だったのは、俺のいる学年は、『不良もおらず、勤勉で模範的な生徒が揃う学年である』と、校長先生やPTA会長によく褒められることだ。



ーー俺の口に生きたムカデを突っ込んだアイツは、学校全体でのごみ拾いボランティアを企画して市役所から表彰を受け、


ーー俺が盗ってきた親の金でカラオケに行くあの女は、全国一斉模試で4位に入ったという。




期末テスト、どれだけ頑張って勉強しても、あのバカみたいなDQNどもに勝てない。


放課後のごみ拾いボランティアに参加しなかったのは、学年の中で俺だけだ。







ーー『健』やかな『児』ども。

ーー皮肉だ。






高校は、少し遠い所に行った。

俺の頭が悪く、近所の進学校に通えなかったというのも1つの理由だが、…何より、同じ中学の人間がいない場所に行きたかったのだ。

ーーそうやって、逃げさえすれば、すべてうまくいくと思っていた。



……だけど、だめだった。

当たり前だ。ワックスはつけない、ツイッターはやってない、爪にはいくつもの噛んだ後があり、話す時に人の目を見ることができない。

『ーーー落ちこぼれる奴には、落ちこぼれる理由があんだよ』中学のとき、DQNに言われた言葉を思い出す。ーーその通りかもしれないな、と、今更なんだか腑に落ちた。




入学から3ヶ月くらい経ったある日、通学電車の中でふと思った。

(もう、限界だ)


折り返しの電車に乗って、家に帰った。

次の日からは、学校に行かなくなった。

その半年後くらいに、父が高校中退の手続きをとり、ーー俺は完全な『落ちこぼれ』になった。






……バイトの面接をいくつも受け、やっと受かったコンビニのレジ打ちを死ぬ気でやった。俺はかなり要領が悪かったので、年下のJKに舌打ちされたり、店長に嫌味を言われたりすることはしょっちゅうあった。


夜勤だったので、俺が家に帰るころには父も母も仕事に出ている。


ーーーひとりで冷たいご飯を食べていると、訳も分からず涙が出てくるのだった。














■■■













次第に冷静さを取り戻してきた俺は、ーー大きく深呼吸したあと、少女に声をかけた。


「…あの、ここって……」




「ーーえっと、ご…ごめんなさい!」


少女はまた頭を下げた。長い金色の髪がさらさらと揺れる。


「…たぶん、私のせいなんです。私が、遊び半分で…」



「…?」



「い、家でぐうぜん見つけた『悪魔召喚』って本で、…あの、本気じゃなかったんです!…ほんと、冗談半分で…」

彼女は涙目でわちゃわちゃと弁解した。


「あの、ですから、命、命だけは…!」



「いや、ちょっとまって…」



「ひーー!!ごめんなさい!ごめんなさい!」俺がちょっと近づくと、彼女はまたもや体を縮こまらせた。

「…この前買った魔石のローンまだ完済してないんです!! だ、だから……」




「ーーあの!!!…とりあえず、なにか体を隠せるものが欲しいんだけど!!」




こんな美少女の前で全裸だなんて色々とキケンすぎる。一触即発だ。

俺が股間を押さえながら叫ぶと、やっと少女は我に返り、「ごごごごめんなさいっ!!」と、後ろの棚からバスタオル大の布を引っぱり出した。


それを腰に巻いている最中、グゥ〜、と腹が鳴った。…そういえば今日、昼メシ食べてないんだ。




「あ、あの、ご、ご飯買ってきますね!!」



言うやいなや少女はカゴをかかえてバヒューンと外に飛び出した。

…金髪ロングに薄い水色の瞳。完全に美少女ですありがとうございます。




…さて。…うん、なんだこれは。

俺は改めて部屋を見渡した。これはあれだ。目が覚めたら異世界系のあのパターンだ。ネットではよくあることだが、まさか自分の身に起こるとは…。


女子の部屋を物色するのには抵抗があるが、そうも言っていられない。早くここがどういう世界なのか理解しないと。



部屋に電気は通っていないようだった。今は昼なのでつけていないのだろうが、夜は壁に掛けられた古くさいランプに灯がともるのだろう。


下に敷かれた絨毯に描かれた紋様は、まったく意味不明のものだった。ところどころ文字らしきものが描かれているが、意味はわからない。言葉は通じているようだが…文字の形は違うのだろうか。


そして、なんとも印象的なのは、部屋の隅っこに置いてあるでかい石だ。1メートルくらい高さがある。小綺麗に片付いた部屋の中、それだけ異質なオーラを放っていた。



窓から外を見ると、なんともカオスな街並みが広がっていた。中世ヨーロッパ風の家には所々穴が開き、ガレキの散らばる道に三角のテントがいくつも立って、いろいろなものを売っている。…まるで、戦争がなにかの直後みたいだ。

俺がいるここは、どうやらマンションのような、沢山の人が住む場所であるようだった。

そんな荒廃した街に、1つだけ真新しい建物があった。少し遠くにあるその建物は、広大で美しい。見たところ城か何かだろうか?






少女は数分と経たずにカゴを食料でいっぱいにして帰ってきた。「…お、お口に、合うか、どうか」ゼエゼエと肩で息をしている。


彼女が買ってきたものは、見たことがないようなものだった。ぱっと見、でかいコオロギを唐揚げにしたような感じ。

俺が思わず「え…なにこれ…?」と呟くと、少女はまた、ひーー!と悲鳴をあげて土下座した。


「ごめんなさい!…や、やっぱり、悪魔さんは女の生き血しか飲まないんですよね…」

そう言うやいなや、スッと首辺りの髪をかき分けた。

「ち、致命傷にならない程度にお願いします…」



「…あの。…さっきから言おうとしてたんだけどさ、…俺、悪魔とかじゃ…」



「あ、悪魔はみんなそう言うんです!!…や、やるなら一思いにーー」

彼女が立ち上がった瞬間だった。





ーードンッ!!




壁がものすごい音を立てた。

どうやら、俺たちのうるささに耐えかねた隣の住人が壁ドンしたらしい。へー異世界にも壁ドンってあるんだな、とか思いながら彼女を見ると、




「…………っ…!」


なにやら青い顔をしていた。さっきまでわめいていたのが嘘のように静かだ。




『ーーさっきからうるせえぞ、『白虫』が!!』




隣の住人が叫ぶと同時に、彼女の体がビクッと硬直した。冷や汗が頬を伝っている。




「…えっと…」

俺が話しかけると、少女は顔を伏せた。

ひどく怯えたように震えている。




しばらく、気まずい沈黙が続いた。







「あの…、」

しばらくして、少女がポツリと口を開いた。




「……あ、悪魔さんは、…代償の代わりに、なんでも1つ、ね、願いごとを叶えてくれるんですよね…?」少女は微かな、震えた声で言った。



「だから俺は…」

悪魔じゃないって。そう続けようとしたが、ーー思わず言葉に詰まった。







「……お、お願いします。…わ、私と、と、ともだちになってください」



ーー彼女は泣いていた。



「…わ、私に、で、できることなら、なんだってします、から…」








ーーーわけがわからない。

俺はすっかり困惑してしまった。


突然風呂場から異世界に転移したと思ったら、悪魔扱いされて、壁ドンくらって、挙げ句の果てには「友達になってください」だ。


この女の子は誰だ?

そもそもここはどういう世界なんだ?








ちらりと少女の方を見る。

…彼女は、縋るような目で俺を見ていた。

その姿は、まるでーー……。


「………………。」







俺は少女の頭を優しく撫でた。「きめえんだよ陰キャ!!!」とか言われてはねのけられたらどうしようかと思ったが、幸いここはリアル世界ではない。なんとかなったようだ。






俺はへたり込んでいる彼女に目を合わせ、はっきりと言った。




「ーーー…もう大丈夫。ひとりじゃないから」




言った後に軽く赤面してしまうほどクサいセリフだったが、オタクのボキャブラリーなんてこんなんばっかだ。…うん、まあ、この場面にはこのくらいのやつがふさわしいだろう。

それにーーー…。





「………っ…!」

少女は濡れた瞳で俺を見つめた。小動物のようにふるふると震えている。


……顔の作りも、髪の色も、目の色も、…何もかも違う目の前の少女の姿は、昔の俺とぴったり重なるように思えた。






「…ああ。…でも、その代わり…」


俺は彼女の手をぐいっと握った。

彼女はビクリと体を震わせ、しかし覚悟を決めたようにぎゅっと目をつぶった。





「…ここら辺の、案内をして欲しいんだけど………」





俺が言うと、彼女は「……え、それだけ…?」と、気が抜けたような顔をした。




とりあえず、情報収集。異世界ライフ、それがないと始まらない。













「えっと、ここが食料品、ここが生活用品、こっちは薬屋さんで……あの、あ、悪魔さん、聞いてます?」

隣を歩く少女ーーシーナという名前らしいーーはおそるおそる尋ねる。


「いや、聞いてるけど…なんかさ…」俺はがしがしと頭を掻いた。

俺とシーナは、2人で街を歩いていた。シーナはローブを纏い、顔をフードで隠している。俺の服はシーナが適当に買ってきてくれた。

街並みはめちゃくちゃに賑わっており、俺たちは群衆をかき分けかき分け、泳ぐみたいにして歩いていた。



「…その、悪魔さんっていうの、やめてくれない?」


「え、でも…」



「さっき名前教えただろ、そっちで呼んでくれよ。…トモダチなんだし」


最後の一言は茶化すように言った。1人孤独にイメトレで鍛えた対人スキル、今こそ発揮するときだ!

友達になるだなんて簡単に言ってしまったが、こちとらリアルでは筋金入りのぼっちだ。リア充オーラマシマシのハッタリで乗り切らねば!



「は、ハイ!えっと…ケ、ケンジさん…」シーナは恥ずかしそうに言った。


「えと、さ、さっきから難しそうな顔してますけど…わ、私の説明、つまらないですか…?」


「あ、いや、そういうわけじゃなくて」


俺が否定すると、シーナはホッとしたように息を吐き出した。どうやら、かなり緊張しているようだ。



…正直、食料品売り場だとか薬屋だとかは、俺でも一目見ればわかる。

俺がとりあえず知りたいのは、

・元の世界には無くてここの世界にあるもの。もしくはその逆、ここの世界には無くて元の世界にはあるもの。

・この世界にはどのような生き物たちが住んでいるのか。どいつが悪者で、どいつがいい奴か。

・泊まれる場所。職場。

とりあえずはこんな感じだ。





「…あの大きな城みたいなのはなんだ?」

俺は前に聳えるやたら大きな建造物を指差した。

「あれだけ妙に綺麗だな」


「あ、あれは学校です、…えっと、一応私も通ってます」

シーナは照れたように顔を赤らめて答えた。

「最近建てられた、このあたりの地区では1番の学校です。子供から大人まで通うことができるんです」



「へー、すごいな。何を学ぶんだ?」



「えーと、人によってそれぞれですけどーー…私は『魔法学』を専攻してます」



「魔法!!」


俺は異世界っぽいワードに目を輝かせた。そりゃ魔法くらいあるよな、異世界だもん!

「…例えば、魔法にはどういうのがあるんだ?」


「えと、怪我した人のための応急措置とか、木や草から飲料水を吸い出したり…」



「……うん、なんかこう、ボワーッて炎出したり、ピシャーッて雷落としたりできないのか?」



「…できるにはできるかもしれないですけど、今は法律で禁止されてるんです。最近また魔術書の検閲が厳しくなって…」



俺がガックシ落胆すると、シーナはわたわたとフォローする。

「こ、攻撃的なのはだめですけど、派手なのならちゃんとありますから!…あ、あそこ、魔石売り場です」



「…魔石!?パワーアップアイテムか!」



「いえ、魔力を注入するとお部屋の芳香剤になるんです」











この世界は現在、4つの大国とその他多数の小国で成り立っているという。


俺たちが今いるここは、数ある小国のうちの1つだった「マギク」の跡地だそうだ。



通りから少し離れた場所で、俺はシーナからこの世界の話を聞いていた。シーナは話しながら、何度も周りをきょろきょろと見回した。…人に聞かれたらなにかまずかったりするのだろうか。




「…マギクは、少し前まで謎の多い国でした。排他的で、他の国との接触を極力避けていました…。

なぜならマギクは、自然のエネルギーを人の手で変換して生活に役立てる、『魔法』という独自の技術を持っていて、それを悪用されるのを恐れていたんです」


「…。」



「だけど、4大国のうちの1つ、『エヴィクロン』が、魔法の存在を知ってしまった…。エヴィクロンはすぐさまマギクに適当な言いがかりをつけて宣戦布告、戦争を始めました」


「……。」



「…マギクは激しく抵抗しました。数年間戦争状態が続き、マギクでは一般市民まで戦争に駆り出されることになりました。

…降伏したとき、マギクの人口は5分の1程度まで減ってしまっていたそうです…」


「………。」



「…マギクは戦後、エヴィクロンに統合され、今は『第34地区』と呼ばれています。しかし、住んでいるのは、かつてのマギクの住人ばかりです…。

ここでは毎日のように『反エヴィクロンデモ』が開かれ、エヴィクロン人はすごく嫌われて……

あ、あの、ケンジさん、聞いてます…?」

シーナが困ったような顔を俺に向けた。




「……うん………。聞いてる………。」

集中力はすでにぶち切れ、俺の目はいつしか空を飛ぶ鳥を眺めていた。

高校中退の俺がそんな話急に理解できるわけないだろ!三行にまとめてくれよ!なんで異世界まで来て歴史の授業受けなきゃいけないんだ!



「…うん、つまり、アレだろ、エ…エヴァンゲリオン人だっけ? そいつらは嫌な奴だってことだろ?」



「あ、エヴィクロンです。………まあ、はい、そうですね。だいたい合ってます…」

彼女は顔を翳らせた。





「………で、…私がそのエヴィクロン人なんです…」





「………。」





「……だ、だから、あんまり、友達とかできなくて…」



シーナの目にどんどん涙がたまっていく。ま、まずい。変なこと言っちゃったかも。



「……私は何もしてないのに…玄関の靴入れに鳥の死骸とか突っ込まれたり…買った果物の中に針が入ってたり…ほかにも」


「ちょ、ちょ、ごめん!もういい!もういいから!」

俺は聴いていられなくなって遮った。なんか俺の中学時代を彷彿とさせるような話だ…。



「………それで、悪魔を呼び寄せて友達になろうとしたわけ?」



「…。」

シーナはこくりと頷いた。





…友達欲しくて悪魔召喚。笑ってしまいそうな話だが、シーナは真剣そのもののようだ。

ま、人間、ぼっちこじらすと何するかわからないみたいなとこあるしね。そーいうもんか。






「……この際、はっきりさせとくけどさ、俺、悪魔とか、そういうんじゃないから」


俺が溜め息混じりに言うと、シーナは驚いたように目を丸くした。…まだ勘違いされてたのかよ。


「えっ!!…………と、ともだちに、なってくれないんですか……?」



「あ、いやいや、それに関してはもうこっちからお願いしてなりたいレベルなんだけど」

俺が否定すると、彼女は胸をなでおろした。…なんか、いちいち仕草がかわいいんだよなぁ……。



「…ま、まあ、俺はただの人間だから。そこんとこ、よろしくって話」

内心ドギマギしながら言うと、彼女はポカンと口を開けた。




「えっ!? …に……にんげん!?」



…?

俺、なんかおかしいこと言った?



突然上がった素っ頓狂な声に、周りの人がぴくりと反応した。


シーナはあわてて声のトーンを落とし、耳打ちをするように喋りはじめた。

「…え、にんげんって…、え?……じ、純血の、ですか?」



「……純血? うーん、まあ、一応両親ともフツーの人間だったけど…」

…うん、どこにでもある、普通の家庭だった。



「あ、あの、……それ、あんまり誰かに言わない方がいいと思います!」

シーナは焦ったように周りをきょろきょろと見ながら言った。


「…なんで?」



「……私も詳しいことは解らないんですけど、…純血のにんげんって、エヴィクロン国内では王族の家系だけにしか存在しないんです」


「え、王族!」


俺はゴージャスな単語に目を輝かせた。

あー、なるほど、俺が王族の仲間入りして、このカオスな国を政治で立て直す系のやつですか!




「……王族では、兄妹、姉弟が、その、え〜…交わって、子供を作るんですけど、…」


シーナは赤面しながら説明した。

…いや待て。なんか今さらりと兄妹婚が認められたような気がする…。妹と結婚とか、素晴らしい世界観だな…。



「ーー…子供を作ったカップル以外の兄妹姉弟は、みんな殺されてしまうんです。王家の正統性を崩さないために」


「えっ」



「…だから、…ケンジさん、純血のにんげんだってこと王族にバレたら、殺されちゃうかも…」



「……。」




……………うん、なんか、もしかしてこの異世界、けっこうハードモードなんじゃね?

ごくりと生唾を飲み込むと、頬をひとすじ冷汗が伝った。





「……………はぁーー。……そんなんじゃ、おちおち働くこともできないな…」



「…え、ケンジさん、働くんですか?」


…シーナは変な意味なしに訊いたのだろうが、その一言を聞くと心が重くなった。

高校を中退した後、何度かバイトをしようとしたことがあったが、ほとんど面接で落ちてしまったのだ。まったく、コミュ障には辛い世界だったぜ。


「…いや、このまま君に奢ってもらい続けるわけにはいかないからさ。…どっかいい所ない?」


「…う〜ん…働く所ですか…。たいていのとこは身分証がないと厳しいと思います…

でも発行して貰おうにも、役所の人にこれまでの経緯を説明したら、たぶん2人とも捕まっちゃいますよ…」



シーナは額に人差し指をあてて唸っていたが、しばらくするとぴたりと声を止め、おもむろに口を開いた。


「…確か、大通りの西側に、浮浪者とか孤児のために日雇いの職業を斡旋してる場所があったと思います…。そこならきっと!」


「……うん。、いいな」

一瞬、(浮浪者とかと一緒に仕事するのか…やだな…)とか思ったが、

考えてみれば俺だって元・社会不適合者だ。金を稼ぐのは俺にとって死活問題なんだから、つべこべ言わず頑張ろう…。


「あ、あの…」

シーナはなにやらもじもじしている。


「ん?」



「……えっと、ごめんなさい!…こっちから呼び寄せておいて、お金の工面も十分にできなくて…」



シーナはそう言うと、申し訳なさそうにぺこっと頭を下げた。



「……! いやいや、いいって!君が気に病むようなことじゃないから」


俺は照れつつも、そんなに気を遣わなくてもいいよ、と手をヒラヒラさせる。クールだ。


「あ…でも、今夜の宿賃だけ貸してくれると嬉しいんだけど…」


苦笑しながらそんな情けないことを言うと、シーナはキョトンとした。




「…え、泊まっていってくれるんじゃないんですか?」





びしっ、と、空気が固まる。




……。

………。

…………。


「………………………………………え…いいの?」


トモダチってどこからどこまでがトモダチなんだろう。それともトモダチになって♡とはなんやらかんやらの比喩表現だったのか…?



俺が頭の中で未だ見ぬ宇宙の入り口を感じていると、俺が考えていることをおおよそ察したのか、シーナが真っ赤な顔でぶんぶんと手を振って否定した。



「…………ちちちちちちちがいます!!!今のはそういうアレじゃなくて、私はただ、えっと…今のはそういうアレじゃないんです!!!」


「…………いや、うん!そうだよね! あの、もう、なんかゴメン!!」



……うわあああ焦ったぁーーー。

あんまり童貞にそういうこと言わないでほしい。変な勘違いするから!心臓に悪いから!




「……えと、それで、……泊まっていきます…?」


「…あ、じゃあ、よろしく……」













「『魔法』は、基本的に陣を描くことで発動します。それ以外の方法もあるのかもしれませんが…、学校では教わってないです」


シーナはさらさらと紙に図形を描きながら、魔法について説明する。




また大通りを抜けて部屋に戻った俺とシーナは、昼の残りの『クロバッタのフライ』(見た目に反して結構いける)を食べた後、水浴びをして(本当に水浴び。水道はあるがお湯は出ないようだった)、それから魔法について簡単な勉強を始めた。




「………よし… これが『発熱』の魔法陣です! 上に手をかざしてみてください」



言われた通りに陣の上に手をかざすと、じんわりと暖かさを感じた。

……地味だな〜…と思ったが、口には出さなかった。


「……うん、あったかい」



「…いや、ほんとに、ちゃんと派手なのもあるんですよ…?」

俺の心境を察したらしいシーナが、慰めるように言った。

「戦争の時は、攻撃手段として使ってたみたいですし…」




「…これ、魔法陣が描いてある所ってずっと発熱してるの?」



冬場ファンヒーターいらずじゃん。とか思いながら、俺が紙を指差して問うと、シーナはいいことを訊いた!という顔をした。



「いえ! …えっと、術者が発動と終了の条件をある程度決めることができるんです。

例えばこの魔法陣には、『誰かが上に手をかざしている間だけ』発動するという条件付けがされてます。なので、ケンジさんが手をかざしたときだけ発熱するんです。

魔法が発動している間だけ、術者の『魔力』が消費されます。…手をかざしていない今は、魔力の消費はゼロの状態ですね」


ーーこうやって友達と話すことがなかなかないから、嬉しいのだろうか。シーナは顔を紅潮させ、楽しそうに喋る。



…ていうか、おお、『魔力』。

さっきチラリと聞いたが、これも興味深いワードだ。


「その、『魔力』っていうのはなんなんだ?」



「うーん、どう説明したらいいのか…。まあ簡単に言えば、私たちの中にあるエネルギーのことですね。

普段はなにかに影響を及ぼすことはないんですけど、魔法陣を使うことでいろいろと応用させることができるんです。

まあ…体力、とかの親戚みたいなものですかね」


「今、こうやって魔力使ったけど…なんか代償みたいなのはあるのか?」


「まあこのくらいだったら、ちょっと気だるくなったり、関節が痛んだり…。…あ、魔力には貯めておける限界の量が個人で決まってるんです。もし限界まで使っても、2、3日休めば全快してくれるので、大丈夫です。

あ、あと…」



シーナは部屋の隅っこにある謎の大きな石の方を向いた。

うん、それ、俺もちょうど気になってた。


「これ、さっきもちょっとだけ言いましたけど、『魔石』っていうやつです。…芳香剤になるのと同時に、これは魔力を『貯めておく』ことができるんですよ。

魔力量が飽和状態だと回復するはずだった分がもったいないので、毎日これにちょっとずつ入れておくんです。ある程度溜まったら国が買い取ってくれます」



……うん、なんだろう、このもやもや感は…。

魔法って、そういうアレなのか…もっとファンタジックなものだと思ってた…。


いや、でも、便利なものだということに変わりはない。

使えるようになれば、これから金を稼ぐ時にも、なにか役に立つだろう。



「……俺も魔法、使いたいな」

ぼそりと呟くと、シーナは申し訳なさそうな顔をした。


「学校の外で魔法を教えたり学んだりするのは法律で禁止されてるんです…。

…うちの学校、毎日ひとコマ公開授業やってるんで、それに来てみたらどうでしょう?」


「え、俺、学校入れるの?」


「身分は問わないことになってますから、カンタンなボディチェックを受ければ…。

…あ、でも、にんげんってことがバレちゃったら捕まるかも…。…まあ、多分大丈夫だとは思いますけど…」


「………やめとくわ…」


…どうやら、俺がこの世界で出来ることはかなり限られているらしい。







その後、うっかり着替えを覗いてしまってイヤーンとか、狭いベッドひとつだけしかないから仕方なく一緒に寝ましょアハーンとか、そういうことは一切なく、俺は予備の布団にフツーに就床した。

…いや別に、なんか期待してたってわけじゃないけどね!!



シーナは疲れていたのか、灯りを消したらすぐに寝息を立てはじめた。

……こうやって女の子の寝息を聴くのは人生初の体験だ。

俺は、なんかめちゃくちゃ緊張してとても眠るどころではなかった。

しょうがないので、頭の中で今日のことを振り返る。







…ここに来てしばらくの間は、いまから非日常的な生活が始まるんだと思っていた。このシーナとかいうかわいい女の子とイチャコラしながらなんだかんだして世界救ってやるぜー、とか思って、ワクワクすらいた。

しかし、なんかこの世界、生々しすぎる…。


反エヴィクロンだとか、差別だとか、…よくわからないが、そんなの、一概に「コイツが悪者です!!」みたいなの、ないじゃないか。

この世界には、魔王みたいな絶対的な悪もいないみたいだし、…差別だって、エヴィクロン人がマギク人をたくさん殺したから起こったんだ。シーナを責めるのはお門違いだとは思うが、マギクの人々の気持ちもわかる。



というかそもそも、俺は何しにここに来たんだ?…いや、別に俺の意思で来たわけじゃないけど…。


シーナは悪魔を召喚しようとして何かの手違いを起こし、俺を呼び寄せてしまった。

彼女もいい迷惑だろう。間違えるにしても、よりにもよって元いじめられっ子で現ボッチの俺って。運が悪いにもほどがある…。



いろいろ考えていると、なんだかさっきまでシーナに偉そうに口を聞いていた自分が恥ずかしくなってきた。


ーーそうだ、彼女はイジメに負けず、ちゃんと学校に通っているんじゃないか。耐えきれなくなって逃げ出した俺とは大違いだ…。


もしかしたらシーナも、普通に接してくれているようで内心(なんだこいつ偉そうに……きもっ…)とか思っているのかもしれない。







…魔法。

そう、魔法をなんとか習得したい。

魔法があれば、なんかこう、いろいろ楽になるはずだ。


……しかし、魔法もなかなか、アレだ。

もっとこう、「何ッッ!! 無詠唱だとッッ!?」(シュバーン!!バリバリ!!)みたいなのだと思っていたのだが。



…いや、さっきシーナも「戦争の時は攻撃手段だった」とか言ってたし、そういうかっこよくて派手なやつもちゃんとあるはずだ!……あるはずだ。






…あー、そういえば、明日、仕事の面接に行くのか…。

異世界ってワードに浮かれてよく考えてなかったけど、憂鬱だ…。職場イジメとかない所だったらいいな…。てか、そもそも採用してもらえるのかな…。

浮浪者とか孤児とかって、きっと育ちが良くないやつらばっかりだよな…。DQNみたいなのがいたら嫌だな…


…宿、早く探さないと…。今日1日だったらまだいいかもしれないが、何日も何日も居候してたら、シーナもうんざりして俺のことを疎むようになるかもしれない…。

食料は出来合いのものを買うとしても、…洗濯や掃除は自分でやらないと…。そういうことは全部お母さんがやってくれてたから、なんか方法とか全然わからん……。




俺は湿った溜め息をつき、ごろんと寝返りを打った。

…あーーー、つらい、つらい。




…とりあえず明日、早起きして散歩にでも行ってみるか…。

生活習慣を改善すれば、ちょっとは気持ちも晴れるかも……。






(……せっかく異世界に来れたのに、俺、なんで現実世界と同じような悩み抱えてんだろ)





陰鬱な気持ちで、俺の異世界生活の1日目は幕を閉じた…。
















■■■
















17歳の誕生日の日、俺はバイトで稼いだ50万円としたためた謝罪の手紙をテーブルに置き、非定型首吊り自殺を図った。

ヘッドホンでお気に入りのアニソンを聴きながら、睡眠薬の効果で重くなった頭をドアの上から垂れたロープに通して、気を失うのを待っていた。


ーーーしかし、俺は死ぬことができなかった。

怖くなったのだ。


気を失う直前、自分でも信じられないくらいの力でロープを引きちぎり、息も絶え絶えに部屋の外に転がり出た。…そして、職員旅行から帰ってきた両親に見つかるまでの2日間、ずっとイビキをかいて寝ていた。


目が覚めたら病室にいた。


そこで俺の母は、ベッドで呆然としている俺にむかって、ねえケンジ、あなたが『健』やかな『児』どもになれるように、私達、そういう願いを込めて、ケンジって名前をつけたんだよ、とか、そんなことを涙ながらに語った。




退院したあと、父は俺に「もうバイトはしなくていい。好きなものはなんでも買ってやるし、なにか願いがあるんならできるだけ叶えてやる。だから、こんな早まった真似は2度としないでくれ」と言った。

特に欲しいものなどなかったし、もう夢も希望も持ってはいなかったが、俺は、これ以上親に迷惑はかけまい、と思い、素直に頷いた。

……ここからが地獄だった。





……孤独。


一日中、誰に会うこともなく、

ひとりで食事して、

ひとりでゲームして、

ひとりで散歩、

ひとりで買い物、

ひとりでバラエティ番組見て、

ひとりで笑う、

ひとりで………。


…いっそ、いじめられていたあの頃に戻りたいとさえ思った。









…いつしか俺は、本屋で『会話力をつける』だとか『誰でも身につくユーモア』だとか、そういった本を買い漁るようになった。

部屋の中、1人でむなしく会話の練習をした。


親には気味悪がられたし、俺自身も(ばかじゃねぇの)って思った。




でも、…もし誰かに話しかけられたときに、絶対に失敗しないように。


いつか出会う誰かと、目を見て話すことができるように。




…つまるところ、ーーきっと俺は、友達が欲しかったのだ。





『ーー大丈夫。ひとりじゃない』

誰かに、そう言ってもらいたかったんだ。















■■■
















ケンジさんへ



今日は学校に行ってきます。


朝食は作っておいたのでよかったら食べてください。


昼食、洋服代を置いておきます。少なかったらごめんなさい。


ここら辺の地図を描いておいたので、ごはんを買ったり散策したりするのに役立ててください。

私は陽が落ちる前には帰ります。



昨日はたくさん話せて本当に楽しかったです。

思い返すと、私ばかり喋ってましたね。調子に乗ってごめんなさい。


仕事探し、応援してます。




シーナより









「……。」



朝起きてすぐ、机の上に置いてあった書き置きを見たとき、俺は不覚にも泣きそうになった。

簡潔ではあったが、ちゃんとひとりの友人として扱ってもらえているのが分かって、……それが何より嬉しい。


ーーー昨日はたくさん話せて本当に楽しかったですーーー。

…その一文をなんどもなんども読み返した。




昨日は、彼女を助けてやろう、とずっと考えていたからあまり実感が湧かなかったが、

……そうだ、俺にも友達ができたんだ。ちゃんと練習通りにやれたんだ…。

…そう思うと、目頭がぐっと熱くなった。





「……よし、頑張ろう」




俺は自分の頬をパン!と張って、机の上の朝食をかっ込んだ。

……これまでの人生の中で、1番うまい飯のように感じた。















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