第八話 アレクシス王子と金ボタン
現在、開けた丸い窓から上半身を異世界側に出している半トリップ状態だ。なので、異空間から顔を抜いて、現実世界の姉の部屋に戻った。丁度、潜っていた水の中から顔を出して人心地付いたような心境だ。現状に満足した私は、異空間から偽王子君の声のする方に微笑みかけた。けれども、こちらからは偽王子君の顔は全然分からないのだが。
「偽王子君、私、宝玉国のアレクシス王子を貶めようとしている犯人を捜すことになったから!」
『ふーん……。檸檬さんはリタイアしたって言っていたけどね?』
どうやら、気乗りしないらしい。
私は、益々偽王子君の生態に興味を持った。
異空間が友達なんて、自慢しても良いくらいの価値がある。
「もしかして、偽王子君って本当に異空間なの? あのお姉ちゃんの元カレが異空間でもおかしくないような?」
私の興味津々の弾んだ声に対して、偽王子君は茶を濁すように笑うのみだった。
「何かワケありなの……? 話せないなら仕方ないけど……」
『うーん、ちょっと……』
「ふーん」
ワケありのご様子だ。
どうやら、話してもいいものか迷っているらしいが……。
「まあ、いいか。話す決心がつかないなら仕方ないよね」
『う、うん……』
「じゃあ、ちょこっと異世界に顔出してくるね!」
私はそう言い残して、異空間から異世界の中に顔を出した。
「ああ、蜜柑か」
アレクシス王子はすでにお待ちかねだったようで、部屋の中で右往左往していた足を止めてこちらに歩いてきた。
「えーと、まずは……城下町でテイクアウトの料理でも買って参りましょうか?」
「ああ、頼んだ」
アレクシス王子は、私の提案を喜んでくれているようだった。
でも、困った。
私はこちらの通貨が分からないし、代価になりそうなものは持ってない。
「アレクシス様、お金を頂けませんか。まさか、盗むわけにはいかないでしょ?」
「当たり前だ。私のせいで民が生活できなくなったらどうするんだ」
おお~、国民思いの良い王子様だ。
けれど、私は不可解なアレクシス王子の行動に眉をひそめた。
アレクシス王子は、あろうことか自分の服に付いている袖の金ボタンをちぎって、私に手渡してきたのだ。
「ぼ、ボタン……って?」
ボタンと彼を交互に見て瞬きを繰り返すしかできない私に、アレクシス王子は鈍いとばかりに嘆息した。
「そのボタンは、金で出来ているからな。民が売っている料理と交換しても、お釣りが十分に来るだろう」
手のひらの中で、細工された綺麗な金色が光っている。
私は空笑いした。こんなボタンが……。私とは生活レベルが違うってことか。
私の悪感情が顔に出ていたんだろう。アレクシス王子はもう一つ、ボタンを引きちぎって私に手渡した。
「お前にもやろう。礼だ」
「馬鹿にしないでよ!」
まるで、エサを放り投げられたような屈辱な心境だった。
でも、こうなると歯止めが効かなくなる。
「私は報酬はお金でいただく! こんな、自分の服のボタンを……! いくら金で出来ているからって、貧乏な私の事馬鹿にしてるでしょ!」
だが、アレクシス王子は謝らなかった。
「馬鹿になんかしてない。金貨を用意するうまい理由が思いつかない。敵に行動を悟られるのは得策ではない。だから、比較的安価な価値のあるものと言ったら、これくらいだろう。あとは、すべて国宝級……だから無理だろう?」
王子様の見つめる双青が、私の苛立った心の中を沈静化する。
アレクシス王子の言い分に愕然として頭を押さえた。そう言えばそうだ。
王子様なら何でも手に入るから、お金なんて自分で持つ必要なんてないんだ。金貨を用意するには、周りに私の事がバレない理由がいる。王子様の周りは敵ばかりだから、金貨を用意したらボロが出るってことか。なるほど。だからボタン。ボタンですらこんなに価値があるのに、他の物なんてとんでもないほど価値があるものばかりに違いない。
「わ、私が愚かだった!」
アレクシス王子は苦笑していた。
「馬鹿言うな。妖精の蜜柑が愚かなはずがない。それに、もう蜜柑はすでに私の役に立っているのだからな」
「……!?」
そのとき、やっと私はアレクシス王子のカリスマ性に気づいた。この方は、人の上に立つにふさわしいお方だ。けれど、家来に恵まれていないようだ。
……。……。
「私、アレクシス様の為に頑張ります! じゃあ、ちょっと待っててくださいね~!」
やる気満々になった私は、また異空間の中に引っ込んだ。
『本当に、消えた。やはり、蜜柑は、妖精か……』
アレクシス王子はそう呟いたと思うと、ベッドの方に戻っていた。そっと異空間の窓から様子を窺うと、王子様はベッドの上に身を投げ出したまま、静かな眠りについていた。
『蜜柑ちゃん……』
やっと、偽王子君の声が聞こえた。
あ、あれ? 偽王子君は、なんで喋らなかったんだろう。人見知りなのかな?
「やっぱり、王子様の力になるべきだよね!」
『そうだね!』
「こんなことしていられない。早く城下町に移動しよう!」
私が念じると、異空間の景色がパッと転移した。
向こうに見えるのは宝玉城か。だとしたら、ここは城下町。
ヨーロッパのに似た夜の城下町の風景が、ほんのり灯る。
私は自分の家の部屋からそれを眺める。
柔らかい薄黄色の光が、城下町を彩っている。
それから私は、目に新しい異世界の屋台を、異空間を動かして見て回った。
どれにしようか。
美味しそうな肉の腸詰を売っていたり、パンケーキを売っていたり、ハンバーガーのようにパンに肉を挟んだものを売っていたりする。
どれも買って帰りたいけど、店は別々だ。ということは、お代は別々に払わなければならない。けれども、王子様から頂いた金ボタンは二個しかない。一個は私のだけど……。
「よし!」
私は、屋台のお金の入ったかごの中に金ボタンを入れてお代を払った。そうして、異空間から手を出して、『ハンバーガー』の包みを二個、自分の部屋の中に持ってきた。
もう一つは、美味しそうな『お焼き』を売っていたので、同じように金ボタンとお焼きの包みを二個交換した。
「よしよし、上手く行ったぞ!」
二個ずつ持ってきたのは、アレクシス王子と一緒に食べるためだ。ちゃんと私のために使ったのだから、アレクシス王子も文句は言わないはずだ。
念じると、アレクシス王子の部屋に異空間の映像が切り替わった。しかし、私は異変に気づいた。
「あ、あれ……? なんか、白い煙で覆われているよ?」
『アレクシス様は!?』
た、大変だ!




