第六話 王子様のお願い
余弦城の照明とは一風変わった丸い形のシャンデリアが、強い光で辺りの色彩をくっきりと浮かび上がらせている。
白い壁に白い柱。天井にはフレスコ画が色とりどりに描かれてあった。
部屋の天井一面に描かれた女神は、変わらぬ笑みを湛えて部屋を見下ろしている。
大きなアーチ形の窓の外では夜のとばりがおりていて、外と室内とのコントラストが際立っている。
ここが宝玉国の王子様のいるお城の中なのか。私は思わず感嘆の息を吐いた。
前回は、完全に異世界の中に入って失敗したので、上半身だけ異空間から出した。半分だけ異世界トリップ――名付けて、半トリップだ。
半トリップした私は、「異空間よ動け」と念を送って、部屋の中を自由に探索し始めた。
私は、異空間を装飾品に合わせた。金だけでもン千万しそうなのに、匠の技が合わさって国宝級の価値を生み出している。私は国宝級の装飾品にそっと触れてみたり、天井に描かれた女神を間近で見上げてその美しさを堪能した。
「ん? おおっ!?」
部屋の片隅にテーブルがあって、豪勢な料理が所狭しと並べられている事に私は気付いてしまった。それを見た途端、私のお腹が切ない音を立てた。
今日は大した料理を食べてない。
「誰も手を付けないんだったら、食べちゃってもいいよね」
私は、お皿を両手に取った。
冷めているが、全く問題はない。
フランス料理のような感じで、鶏肉の周りに白と黒のソースが芸術的に円を描いている。鳥の皮はパリパリにこんがりときつね色に焼いてある。それなのに、お肉にはジューシーな肉汁を含んでいて、とても柔らかそうだ。
「あ~ん!」
私は大口を開いてそれを食べようとした。
「止めておいた方が良いぞ」
私は悪事を働いた罪悪感からか、口から心臓が飛び出しそうになった。総毛立ったまま目を見開いて、声の方を振り向く。
そこには、身なりの良い男が腕組みして立っていた。金髪に碧眼、筋の通った鼻、薄い唇。整った顔はまるでおとぎ話の――。
私は、我に返って平謝りした。
「ご、ごめん!」
「いや、構わないよ。どうせ、手を付けないからな」
私は目をしばたいた。この男は、咎めるつもりはない……?
「怒らないの?」
「ああ、別に食べても構わんぞ」
「ありがとうございます~!」
「でも、毒入りだけどな?」
「ええっ!?」
命の危機に晒されて、私は動揺しっぱなしだ。
もしかして、余弦国で急激に眠くなったのも、眠り薬のせいなのか……!? エサと称されたお料理の中にたんまりと混入されていたからなのか……? もしかして、この宝玉城のお料理も……。
「これを見ろ」
彼は、料理の切れ端を水槽に入れた。すると、魚は腹を上にして浮き上がった。
「ほ、本当に毒入りなの!?」
「そういうことだな」
私は、こっそり胸を撫で下ろした。でも、万が一のことがあるので、上半身だけを異空間から向こう側へ出したままにしている。
「でも、そんなに、私を葬りたかったの?」
「私が無理に食べさせたわけじゃない。それに私は幽霊みたいなお前なんか知らん。無論、幽霊など見たこともないが。それに、お前は死んでいるのだから葬りようがないだろう?」
酷い言われようだ。でも、そちらからだと上半身だけ浮遊していると錯覚するのだろう。確かに、幽霊だと見紛うかもしれない。言い得て妙だ。
「でも、なんで毒なんか入れたの?」
「私が入れたわけじゃない。この毒は、私を亡き者にするために誰かが企んだはかりごとみたいだからな」
このひとを亡き者に!?
私は衝撃的な事実に気づいてしまった。
「も、もしかして、貴方は……?」
「この宝玉国の第一王子のアレクシスだ。私の顔を知らないということは、お前はよそ者だな?」