第五話 行くべきか行かざるべきか
朝の真新しい気配と部屋に漂う冬の冷気が、私の心地よい眠りの世界から連れ出した。あまりのまぶしさに目を開けると、遮光カーテンが開きっぱなしになっていて、そこから朝の光が顔に降り注いでいたようだ。
「私? 私……!?」
身体をぐるりと回すと、記憶になじんだ姉の部屋がそこにあった。ちょうど七時に針が合わさった時計が、壁でチクタクとぜんまい仕掛けの音を響かせている。身を起こすと、私は姉のベッドの上で眠っていた。姉のベッドは長い間放置されていたので、ほこりっぽいことこの上ない。動いたためにほこりが舞い上がったようだ。私はほこりを吸い込んでしまって、強かにむせた。
「どうなってるんだ……? 確か私は……?」
安堵したような笑い声が聞こえてきて、ギョッとして顔を上げた。視線の先には異空間があって、異世界の風景が流れていた。そこから、偽王子君の声が聞こえてきたのだ。
『蜜柑ちゃんは、余弦国の奴らに捕まりかけていたから、俺が蜜柑ちゃんの部屋に引っ張って連れてきたんだよ』
「えっ!?」
偽王子君が私をここに連れて来てくれた? 助けてくれた……!?
「あ、ありがとう! 本当になんてお礼を言ったらいいか!」
『……大したことしてないから、別に気にしなくていいよ』
「う、うん……」
偽王子君は本物の王子様なんだって、言わないよなぁ。
自然に頬が緩んで、私は笑顔になっていた。
「余弦国は懲りたよ。じゃあ、今度はどこの国に行こうかな……」
姉の言うことは、全然あてにならない。この分だと、トリセツ代わりにしようとしている日記も参考にはならない。でも、ないよりマシだ。会えなかった姉と旅しているような、温かな気分に浸れるから……。
私は、大きな文庫本ほどある姉の日記を持ち上げた。そして、頭上で真ん中のページを開いた。
「このページにしよう!」
姉の日記を崩した足の上に開いた。適当にページを選んだ姉の日記には、こう書かれてあった。
【宝玉国は四面楚歌らしい】
姉の日記の文字がいつもより尖って深刻そうに見えた。
「宝玉国は四面楚歌らしいよ……」
『周りが敵だらけってことだね』
「うん、なんか深刻そうだけど」
【しかも、宝玉城の中はもっと複雑で陰謀に満ちていた】
「宝玉城の中は複雑なのか……」
【なので、私はリタイアした!】
「えええ……お姉ちゃんリタイアしたの!?」
でも、姉がリタイアしたというなら相当のものじゃないのか。
「行くべきか、行かざるべきか……」
『もっと気楽に考えると良いよ。いわば、蜜柑ちゃんと檸檬さん、俺は、中立。傍観者であり、別世界の住人なのだからね』
「う、うん……。確かに……」
でもなぁ。見捨てるのは私の良心が痛むというかなんというか。
「んん……?」
そのとき、姉の日記に書かれてある続きの文章が目に入ってきた。
【後で聞いた話によると、宝玉国の王子様はすごくイケメンらしい! 惜しいことをした!】
な、なんだって~!?
「やっぱり、人助けはするべきだと思うんだよね! 特に王子様とか!」
『うん。蜜柑ちゃんが何を読んだのか、大体想像はついたけどね』
じゃあ、準備が整ったら王子様の部屋に行こう……!