第四話 初めての異世界
『異空間の操作はね、蜜柑ちゃんが念じたとおりに動くよ』
「分かった~!」
『まずは、異世界のどこに行くの?』
偽王子君が、楽しそうに訊いてきた。
私は、姉の日記をパラ見している。
「お姉ちゃんは最初に余弦国に行こうと思ったみたいだよ」
『ふーん……』
姉の日記にはこう書かれてあった。
【余弦国は滅茶苦茶いい国だ! 余弦城の連中は私をごちそうでもてなしてくれた!】
おお! なんというVIP待遇!
私は期待で胸を膨らませた。
「やっぱり余弦国に行く!」
私は弾んだ声で異空間の向こうの偽王子君に伝えた。偽王子君の顔は異空間の中に映らない。ただ、異世界のお城の中が映像のように流れている。
日記を抱きしめて決意を固めた私に、偽王子君の声が聞こえた。
『分かった。黙ってここから見てるよ』
見てるんかい。
私は内心嘆息しながら、余弦国の余弦城の映っている異空間に向き直った。瀟洒な洋館の装いをシャンデリアの強い光が照らし出している。あまりの別世界ぶりに、吐息が漏れる。
しばらくそれを見ていたが、気がつくと私の手が異空間に触れていた。
私の手がスマホの異空間を捲るように、自然に動いていた。しかしこれは異空間であるから何も起きない。だから、『動け!』と、念じてみた。すると、異空間に映っている光景が、自動車のフロントガラスから眺めるように走り出した。それはするりと私の思う方向に動いて、華やかな内装を見せてくれたのだ。
「おおおお!」
動いていたお城の内部の映像は、私にとんでもない物を目撃させた。美味しそうなごちそうがテーブルの上に鎮座していたのだ。困ったことにシャンデリアのまばゆい光で、一段と味の想像を引き上げてくれる。私は、角度を変えてそれを観察していた。しかし、私のお腹がぐうと音を立てた。
「とにかく、そっち側に入ってみるから」
食欲を掻き立てられた私は、異空間に向かって『入れ』と念じて手で触れた。すると、私の身体は窓から顔を出すがごとく、異空間の中に入って行った。異空間の中に、お城の中に、私は姿を現したことになるのだ。
私は、天井の高い洋館の中を見上げて「わぁ」と息を漏らした。シャンデリアの目映いきらめきをシャワーのように浴びる。
ごちそうも、立ったままフォークで突き刺して、好きなものを食べて行った。口の中を彩るとろけそうな七色の味に私は夢中になった。
しかし、私は見つけてしまったのだ、姉の落書きを。
【蜜柑、逃げろ! 捕まったら下僕にされてしまうぞ!】
な、なんだって!? お姉ちゃんが行けというから来たのに……!
その時、ドアが開いた。私は、白いテーブルクロスのかかったテーブルの影に隠れた。向こうのドアの方からこちらは見えないはずだ。
「妖精は現れたか?」
ひとりの身なりの良い男が、もう一人の従者に話しかけた。
「まだでございます。妖精はまだこの部屋には現れておりません」
妖精? 妖精って何だ?
「エサをテーブルの上に用意したのですが、捕獲には至りませんでした」
私は動物園から逃げ出した猿か!
「妖精を見つけたら、すぐに私の物にする。連れて来い」
「かしこまりました」
ヤバい展開だ。ど、どうすれば……!?
あれ? でも、眠くなって――……。
突如、強制的な眠気に襲われた。私はそのまま床にひれ伏して、意識を手放してしまったのだった。