第三話 偽王子君は良い人
姉の日記のページをめくって行く。電化製品の取扱説明書を見るように、大まかにしか確認していないが、大きな文庫本ほどある日記の全ページに、姉の文字が誇らしげに威張っているのが印象的だった。
「なになに……?」
【この日記は、いずれ私の異世界を譲ろうと思っている蜜柑に捧げようと思う】
『私の異世界』の下にぐりぐりと筆圧強く赤線が引かれてある。
私の異世界……。姉は魔王なのか。
いや、姉の傍若無人ぶりは魔王でなくてもそれと同じようなものだ。
そこはかとなく嫌な予感がするが、次のページを捲った。
【まずは、余弦国の余弦城だ】
聞いたことのない名前だ。
「余弦国の余弦城……。本当に異世界なのか……」
次の瞬間、パッと異空間の映像が違う場所に切り替わった。ギョッとしたが、それ以上何も起きないので、私は姉の日記に目を落とした。
「なになに……?」
【私のその時の気持ちは、『蜜柑にしか見えないインク』で『壁』に書いておいた】
私にしか見えないインクか。
どうやら、異世界とは魔法のような不思議なことができる世界らしい。
私は、日記を床に置いて、異空間の映像を見つめた。
そこは、王宮か、宮殿か、はたまたお城なのか。
異空間の中には、瀟洒な洋風の内装が映っていた。
シャンデリアが強い光できらめいている。
「わぁ……! これが夢にまで見たお城なのか……!」
私は、異空間に顔を近づけた。
『蜜柑ちゃん?』
突然、異空間から声が聞こえた。映像はお城の内部が映っているが。
「あれ? 私の名前を知っているってことは、もしかして、偽王子……君?」
『はいはい? なにかな?』
「お姉ちゃんって、近々異世界で結婚するそうだけど、その相手って偽王子……君なの?」
『いや……実はフラれてしまって……』
「偽王子君ってもしかして異空間だからフラれたの?」
『あ……ははは……はは…………』
急に、詐欺師かもしれないのに、偽王子君に親近感が湧いてきた。何故だろう。ずっと前から友達だったようなこの感覚は。
「ご、ゴメン……! 傷口を広げてしまったよね……!? もっとこう、聞き方が……」
『だいじょうぶだよ。蜜柑ちゃんらしくていいんじゃないかな?』
もしかすると、偽王子君は滅茶苦茶良い人なのか……?
異空間ではあるけど……。
『なんていうか、檸檬さんは美人で変わった人でしたけど』
た、確かに。姉は美人だ。
かなり変わった人であるから、残念系の美人なのだが。
『蜜柑ちゃんは飾らないし素直で良い子なのが魅力だね……!』
「えっ……!」
いきなり私の存在を偽王子君が認めてくれたので、私は何も答えられなかった。
もしかしたら、もしかしたら――。
偽王子君は、ある意味私の事を受け入れてくれる貴重な存在なのか……!?
『じゃあ、次に俺の異空間の事を説明してあげるね?』
「う、うん!」