第十話 真夜中の怪しい男
夜が深まったころ、王子様の部屋を煌めかせていた柔らかいシャンデリアの光は消灯された。部屋の中は薄闇夜が広がっている。アーチ形の窓から入ってくるのは深々とした月明かりだけだ。
でも、姉の部屋はLEDの照明が点いており、真夏の太陽の下のようにはっきりと明るい。響くのは私と偽王子君の話し声くらいだ。それも、辺りが静かなせいでやけに耳に付く。
「こっちは、夜中の一時か。異世界の方は何時ぐらいなのかな~?」
『宝玉国の時刻は日本の東京と同じ時刻だよ』
「ふーん、流石、偽王子君だね。良く知ってるね」
『東京と同じ時刻になっているから、間違わなくていいよね』
「なんか、ゲームみたいだね……!」
その時、異空間から音が聞こえた。ドアが開く音だった。
「こんな夜中にお出ましか! 一体誰なの!」
『毒炭を回収しに来たのかもしれないよ』
「よ、よーし!」
私は身構えて、異空間をドアの方に合わせた。
念じると、異空間の映像がドアの方に近付いていく。
すると、ドアが開いた。何者かのランプのほの明るい光が部屋の中を左右に揺れた。
それは、三十代くらいの丸メガネをかけた男だった。
静かな足音で、男はアレクシス王子のベッドの方に近寄って行く。どことなく紳士といった感じで、品のある歩き方だ。彼はベッドの前で立ち止まると、ランプでアレクシス王子のベッドを照らし出した。ランプの光が彼の顔にかけている丸メガネに反射してキラリと光った。
彼は、アレクシス王子の天蓋付きのベッドのカーテンをそっと開けた。
「ま、マズイ! アレクシス様に身の危険が……!」
『蜜柑ちゃん、そのほうきで!』
偽王子君が、部屋の隅に立て掛けてあったほうきを見つけた。姉の部屋を掃除してそのままになっていたほうきだ。私は急いでほうきを手に取った。
「アレクシス様に手にかけようとしたら、私がこのほうきでシバいてやる!」
『がんばれ~』
私が異空間の前で身構えていると、その男はベッドの上のアレクシス王子を確認した。アレクシス王子は胸を上下して、目を閉じて眠っている。危機が迫っているなんて、王子様は知らないのだ。
「よ~し、来なさい!」
ほうきを両手で握りしめると、手のひらに汗がにじんだ。緊張で私の心拍数が早くなっていく。
しかしその男は、天蓋付きのベッドのカーテンをそっと閉めた。毒炭には見向きもしないで、部屋を出て行く。
「あ、あれっ? 毒炭は回収しないの?」
毒入り毒炭は置かれたままになっている。予想とは違う行動に、私はパニックになった。
「ど、どうしよう!?」
『犯人かもしれないけど……どうする?』
「偽王子君はここで見ててくれるかな?」
『ゴメン。俺は自分では動けないんだ。だから、蜜柑ちゃんが見ている場所しか見ることができないんだ』
「えっ!? 何それ!?」
あ、あれ……? 偽王子君がひとりでは動けないとすると、余弦国に行ったときに助けてくれたのは……?
ま、まあ、いいか……。
「う、うん、分かった。じゃあ、私はあのひとを追い駆けるよ!」
一大決心した私は、部屋を出て行ったその男を追って行った。




