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山下緋紗子の人生を笑うな  作者: 佐伯琥珀
第1章 山下緋紗子は知っている
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08 山下緋紗子




[08 山下緋紗子]




「あれ、礼司様どうかなさったのですか?」


 六時間目のチャイムが鳴り、部活ガチ勢の皆さんが教室から飛び出ていくのを見ながら私はいつも通り教科書をカバンの中に詰め込んでいた。

 隣の席の知世(ともよ)が私に軽く手を振った後に教室を出ていく。


 いつも通り、カバンに荷物を詰め込んだ後礼司様の席の横に立つが礼司様は立たない。「さようなら」と挨拶していくクラスの皆さんに頭を下げながら、また礼司様に視線を戻すが、一向に帰る用意をしない。

 お家大好き、自宅至上主義の礼司様。いつも「一秒でも早く家に帰ろう」というモットーで生きているはずなのに。一体どうなさったんでしょうか。



「ヒー子、去年の夏休みの読書感想文出してないのばれた」

「時差」


 何で今さら。

 去年の夏の課題なんてもう時効じゃないんですか。

 どうにも礼司様によると、今日の放課後に残って読書感想文を仕上げなければいけない模様。私は皆帰ってしまってからんとした教室にため息をついてから、礼司様の隣の席に腰を下ろした。


 礼司様によれば、先生のやさしさで原稿用紙は貰ったとの事。そして題材にする本は現代文の授業で読んだ事のある小説だった。なにこの礼司様に対する教師陣の接待対応。


 礼司様が私に小説をぽいと渡す。教科書で読んだ時には分からなかったけど、こんな綺麗な表紙の本なんだ。と私は湖畔の絵が描かれた表紙を見て感心していた。

 ……この表紙の絵は、主人公がよく遊んでいた湖の絵かな。なんて一人で思って少し笑うと礼司様に「なに笑ってんの怖い」と言われた。黙らっしゃい。



「礼司様、これ一年生の時に授業で読みましたよ。楽勝ですね」

「ヒー子の部屋にある表彰状は?」

「去年の読書感想文コンクールの金賞の賞状です」

 

 遠回しに「ヒー子が書けよ」と言ってきた礼司様に腹がたつ。

 礼司様はぐて、と机に張り付いていて書く意欲はどう見ても0。



「礼司様、自分で書いてくださいよ」

「ヒー子がんばれ」

「他力本願」



 ほんとに礼司様って人は!

 むかむかしながら小説に目を通す。先生の接待モードは本気で、この本の裏にあらすじは無かったが先生が裏表紙に黄色の少し大きめの付箋にこの話のあらすじを書いてくれていた。



「……俺とヒー子の脳みそはシンクロしてるから、今俺が思ってる事そのまま書いてくれたら良い。ほら、俺の脳内では読書感想文できてんの。ただ字に起こすのがめんどいだけで」

「分かりました。『ヒー子クソ可愛い、ヒー子才女』って書いときますね」


 冗談と嫌味を混ぜてそう言うと、礼司様があくび交じりに「うん」と言った。そして「あーねむー」と言いつつ、ぼんやりとした目で私を見る。

 「何言ってんのヒー子、あたまわる」と返ってくると思ったのに。この人めんどくさ過ぎてとうとう反論までしなくなってきた。ちょっと勘弁してくださいよ!



「あ、そういや先生にこれ貰ったんだった」


 そう言って礼司様が取り出したのは「漫画で分かる!読書感想文の書き方」という本だった。本を読んで読書感想文を書くという課題の為に、漫画を読めという先生の謎の教育方針。



「礼司様、ちょっとホラ。本気で書いて下さいってば! これ書き終わるまで家帰れないんですよ? ゲームできませんよ!」


 そういうと、礼司様はむくと起き上がり筆箱からペンを取り出した。

 ほんとに礼司様に「ゲーム」という言葉程効くものはない。



「……最初の導入は『人生とは何か。それを教えてくれた作品を挙げろと言われれば、僕は真っ先にこの小説のタイトルを挙げるだろう』これでいっか」

「壮大過ぎです」


 それなんてレビュー?

 まずこの話、湖の近くの別荘にやってきた子供たちが夏休みにキャッキャッウフフする小説ですし。人生とは何か、をこの小説から感じ取るなんて礼司様は一体どういう感性の持ち主なんだろうか。


 そんな時、携帯を開いた礼司様が画面を見て「あ」と言った。



「ヒー子。今日迎えの車、エミカと(しょー)と一緒だって」

「え、どうしてですか?」


 普段、エミカお嬢様と翔とは別の車で登下校している。まぁ翔はエミカお嬢様が帰ってくるまでは一人であのお迎えの高級外車に乗るという使用人とは思えない待遇を受けていたけれど。

 どうして別の車で登下校するのか、と聞かれれば「初等部の時からの癖だから」としか言えない。


 多分、あまり他の学生と関わりを持つ気のない礼司様と違って、エミカお嬢様はお友達を家に招くためにそのままお迎えの車に友達も乗せてあげる。といった事が多くあったから自然とこうなったんだと思う。


 ……まぁエミカお嬢様は悪役令嬢というキャラ設定だからか。あまり周りには好かれていない。そのためエミカお嬢様に近づく女性のほぼ99%は翔目的である。あ、残りの1%は金目的。

 実の弟ながら、翔のあのモテっぷりはおかしいと思う。ムカつく。

翔は、エミカお嬢様以外とは基本関わらない孤独(笑)な人間なので、エミカお嬢様と仲良くなる事しか接点を持つ方法がないのだ。


 本人も初等部の頃からそのエミカお嬢様を利用した詐欺まがいの行動にはうんざりとしていた。

 お嬢様はかなりピュア(バカ)なので、ころっと騙されてしまうのだ。

 


 中等部の間は、お嬢様も留学していたので特にトラブルに巻き込まれてこなかったが、高等部に進学してイケメンっぷりに磨きがかかった翔にこれからまた苦悩の日々がやってくるのだろう。頑張れ頑張れ。


 ……っていうか、翔はかなり発言も暴力的だし。翔のほうが「えす☆プリ」のメインヒーローにふさわしいのでは……?私は自分の横でシャーペンを分解して遊んでいる礼司様を見て尚更そう思った。



「ヒー子、翔に連絡しといてくれる?」

「あ、分かりました。というより直接言ってきますね」


 携帯をほぼ見ない翔にメールを送るよりも、直接教室まで尋ねた方が早いだろう。

 私は「読書感想文書いておいてくださいよ」と礼司様に念を押し教室を出た。


 廊下を進めば、校舎の裏にある綺麗な花畑が窓から見える。

 そこはカップルのたまり場と化している。そういえば初等部の時エミカお嬢様が「ここでシロツメクサの冠を作ってもらうのが夢」なんて言っていたっけ。

 

 ……ああ、羨ましい。

 自分もあのカップルの聖域で誰かとラブラブしたい。まぁ今は自分の事よりも礼司様とメインヒロイン小百合氏をどうにかしないといけないんですけど。


 階段を下りて、翔のクラスに顔を出す。しかしそこには誰も居なかった。

 あれ?と思い近くの教室を後ろのドアのガラス部分から覗いていく。すると翔とエミカお嬢様と何故か小百合氏の姿がトイレから一番近い教室で見つけた。


 ここに居たんだ、というよりなにこの面子(めんつ)?と思いつつドアを開けようとすると中からとんでもない会話が聞こえてきた。



「私と小百合さんのプリンセス☆プリンセス同盟、ここに誕生よ!!」



 エミカお嬢様の声であった。

 え、プリンセスプリンセス同盟って何ですかそれ。


 ……というより、悪役令嬢のエミカお嬢様とメインヒロインの小百合氏がこんなに絡む話なんて私がプレイした乙女ゲームの中にあったかな……?

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