06 山下翔
[06 山下翔]
山下家も朝比奈家も爆発して消えてしまえばいいのに。
だいたい、好きでこんな家庭に生まれたんじゃない。
それなのに小さな頃からずっと洗脳のように「お前は生涯『朝比奈家』に勤めるんだよ」なんて言われ続けて。
実の姉の緋紗子は専属使用人になる事をあっさり享受して、礼司の為にバリバリ働いている。
「そうなる運命なのよ!」などと宗教じみた事を真顔で言ってくるため、俺は自分の中だけでこっそり「カルト」というあだ名をつけている。バレたら殺されるだろうけれど。
だいたい、緋紗子は細かい事までうるさい。礼司、と呼び捨てするなとか。
礼司とはよく一緒にゲームをするし、小さい頃は礼司の専属使用人だったし。あー、あの頃は楽しかった。
なのに、旦那様が再婚して。奥様の新しい連れ子のエミカお嬢様がやってきた瞬間、俺は礼司の専属使用人を外され、代わりに緋紗子が礼司の専属使用人になった。
当然余った俺は、エミカお嬢様の専属使用人となった。
エミカお嬢様ともそれなりに仲は良かったが、やはり異性という事もあってよく喧嘩をしていた。
それでも、エミカお嬢様も緋紗子の厳しい教育はイヤだったようで、いつも「私の使用人が翔ちゃんで良かった」と言っていた。誰だってそうだろ。
エミカお嬢様が小学校の頃、イギリスに四年間留学する事が決まった時、俺は絶対についていかないと主張した。それに緋紗子がブチ切れしたのも懐かしい。
「翔は専属使用人としての態度がなってない」と。
態度ってなんだよバーカ。
自分の人生を、この朝比奈家に捧げて何が楽しいんだか。
俺は絶対、高校を卒業したら山下家も朝比奈家とも縁を切ってやる。そう思って俺は、朝比奈家に全てを捧げるつもりでいる緋紗子の「人生」を心の中で笑っていた。
「翔ちゃん、久しぶり! 随分身長が伸びたんだねー!」
「……帰ってくるなら先に連絡しといてもらえませんか」
もう長い間使われていなかったエミカお嬢様の部屋なのに、メイドさんがきっと毎日手入れをしてくれていたのだろう。埃なども積もっておらず四年ぶりに入っても相変わらず綺麗な部屋だった。
お嬢様はベットの上にスーツケースを放り投げ、自分もぼふと座り込む。そしてるんるんと鼻歌を歌いながら、スーツケースの中から服やら謎のお土産らしきものやらを引っ張り出してくる。
俺はベットの近くにあるエミカお嬢様の勉強机に頬杖をつき、椅子に座ってその様子を見ていた。
「翔ちゃん、エミに四年ぶりに会ったのに全然喜んでないね」
「当たり前じゃないですか、またおもりが始まるかと思って気が滅入ってるんです」
「あーもう相変わらず冷たいなー」
お嬢様はちょっと困ったように笑いながらそう言った。
この四年間は、何にも縛られない自由な生活だった。……でもエミカお嬢様が帰ってきたとなると別だ。専属使用人としての仕事が待っている。
……これで俺達山下家は食わせて貰ってるんだからしょうがないけど。ま、自立できる年になったらすぐこんな家出ていくつもりだし。
「わ、翔ちゃんピアス開けたんだ! 痛くなかった? それよりヒー子に怒られなかったの?」
「怒られましたよ『専属使用人としての態度がなってない』っていうテンプレワードを添えられて」
だよねぇ、とまたお嬢様はけらけらと笑った。
お嬢様を見れば、四年前に比べてかなり髪が伸びてるな。なんて事に今さら気づいた。
「翔ちゃん、エミ明日から学校また始まるけど不安だなぁ」
お嬢様がぽつ、とそう零した。
昔から、何故かエミカお嬢様は嫌われやすい。
自分の事を「エミ」という独特の物言いのせいなのか。それとも朝比奈家の一員と言えども連れ子なので血の繋がりが無いからなのか。
俺にはよく分からないし、特に興味も湧かないしどうでもいいけど。
――エミカお嬢様はそういう運命の人なんだからしょうがないのよ――
昔、緋紗子に言われた言葉だった。
なんでお前は全部「運命」とかいう言葉で片付けるかな。そう言えばまたくどくど語られそうで面倒だからそれ以上深追いはしなかったけれども。
「翔ちゃん、これからエミのことよろしくね?」
「……はい」
とにかく、俺は登校ぎりぎりまで寝れなくなった生活にため息をついた。
*
久々のお嬢様と一緒に行く学校はぶっちゃけ最悪だった。
う、うわぁ……あの朝比奈の妹が帰ってきた……と何度聞いた事か。
礼司と緋紗子は一つ上の学年だが、有名人なので勿論この学校で知らない奴はいない。
まぁこの学園自体がほぼ初等部からの持ち上がりだから、という事もあるかもしれないけれど。現に俺とエミカお嬢様が二人で歩いていても「あれ付き合ってるの?」なんて言う奴はほぼ居ない。まぁ高等部から入ってきた奴とか転校生は別として。
「……お嬢様何で帰ってきたんですか」
「やだ、そんなエミが帰ってきてほしくなかったみたいなもの言いはやめてよー翔ちゃん」
「大正解なんですけど」
「……翔ちゃん嫌い」
むすっとしたお嬢様がそう言った。冗談です、と返せばお嬢様は「翔ちゃんの冗談は分かりにくい」とまたムスっとした。
放課後の廊下は人も少ない。俺もお嬢様も部活には入っていないので、校門前に車が迎えに来るちょっとした間を潰そうと図書室に向かっている所だった。
ちなみに、この学校は金持ちが多いせいか、帰りの時間にはお迎えの車がごった返す。初等部や中等部のお迎えから優先されるので、高等部のお迎えの時間はかなり遅くなる。
まぁ歩いて帰るよりかは時間もかからないし別にいいけれど。
「翔ちゃん、あのその」
「……何ですか」
「エミが誰の事を好きか、知ってるよね?」
足を止めてくるり、と振り返りお嬢様が俺を見る。意味ありげにお嬢様の髪を廊下の窓から入った風が揺らした。
右手と左手の指を絡めてごにょごにょとしながらお嬢様がそう言う。
……何で急に脈略もなくそういう事言ってくるかな……。
「知ってます」
「え、え、……だよねぇ」
「礼司でしょ。四年間留学しててもずっと好きだったんですね」
「お兄様だけど、血は繋がってないから大丈夫だよね!」
……大丈夫か?セーフ?……いや、アウトな気しかしないけれど。
だいたい、なんで礼司なんか好きになるのか俺には全く分からないけど。ただのゲーマーヒキニート予備軍なのに。
お嬢様が少し赤くなった顔を冷ますように頬に手をやった。
そんな様子をぼんやりと見ていると、ばっととある女子が俺達の前に躍り出てきた。
……可愛い顔をしているんだけど、髪の毛が少しぼさっとしていたり、スカートの長さが微妙だったり。というより、見かけた事のない顔だ。高等部から転入してきた生徒なんだろうか。
「あ、あの! 自分は桜川小百合と言います! 朝比奈エミカさんですか!?」
「……はい、そうですけれど?」
その「桜川小百合」とやらは息を少し整えた後に、ばっと自分の胸に手をやり、口を開いた。
「あの、自分を女の子にしてほしいんです!」
待って。まずあんた普通に女だから。
本気で何言ってんのこの人。