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山下緋紗子の人生を笑うな  作者: 佐伯琥珀
第1章 山下緋紗子は知っている
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05 山下緋紗子




[06 山下緋紗子]



 私の朝は早い。


 六時にセットしてある目覚ましが「ピ」と音を立てた瞬間にバン、と目覚ましのスイッチを叩く。毎日この時間に起きているので慣れた。


 そして日課である腹筋を三十回。

 ふんふんと女子らしくない声が自分の部屋に響く。


 そして髪をさっととかし、スリッパを履き自分の部屋の扉を開け、階段を降りる。


 リビングにある食卓には母が料理を準備していて、父は座りながら新聞を読んでいる。私が「おはよ」と挨拶をすると、二人から返事が返ってくる、そんないつもと変わらない朝。



 この「山下家」は全員が「朝比奈家」に仕えている。

 父は昔から旦那様に仕えていて、今は主に仕事の面で旦那様のサポートを。

 母は、ここの家のメイド出身で父と恋に落ちこの山下家に嫁いだそう。特に掃除が好きで私達の家族の中では唯一、誰かの専属の使用人ではなく普通のメイドとしてのんびり働いている。


 そして弟の「翔」

 (しょう)は、前世でも私の本当の弟。おそらく私と翔は何かの事故ででも一緒に死んだのだろう。いわゆる兄弟転生という奴。

 残念ながら翔は前世の記憶を全く持っておらず、私からすれば違和感しかないこの世界をすんなりと受け入れている。


 翔は、多分この山下家一番の問題児。

 翔と私は年子で、いつもいつも一緒に教育を受けてきた。

 「緋紗子と翔は、生涯『朝比奈家』に仕えるんだよ」と。



 神様の粋な計らいのお陰か、前世は冴えなかった私もチートな能力を手に入れてていた。

 勉強・スポーツは常にトップ。芸術の才能も抜群。なんていう完璧さ。いやここまでチートにするならメインヒロインに転生させてくれよ、なんて思うが。


 そして私と同じく翔も一種のチートを手に入れていた。

 それは、翔はとんでもなく格好いいという事。実の姉が言うから相当。前世から綺麗な顔立ちだとは思ってていたけれども。

 よく告白されるらしいが、いつも断っているらしい。理由はただ一つ「めんどくさい」それだけ。一回ぶん殴ってやりたい。

 

 そんな綺麗な顔立ちなのにいつも睨みつけるような目つきをしている。そして私みたいな真っ黒もっさり色ではなく、柔らかな茶髪に綺麗に整えられた眉。そう、あれ。猫に似ている。


 しかし翔はかなりのやる気なし野郎。

 口癖は「だるい」「めんどい」「うざい」


 元々同性という事もあり、礼司様の専属使用人は翔だった。しかし、翔は礼司様とゲームに明け暮れ、二人で勉強から逃げ出しグータラ。礼司様のポンコツロードを開拓した超本人。

 そこで流石に次の当主になるのに礼司様のこのポンコツっぷりはヤバい、と旦那様が危惧なさり私が礼司様の専属使用人となった運びである。



「……翔は?」

「たぶんまだ寝てるわね。ひーちゃん起こしてきてくれる?」

「……いや。翔は起こしにいっても、起きてこないだろうし寝かせておけば良いじゃない」


 そう言い椅子に腰かけた。

 私が座ったのを見て父さんが新聞を畳み私の言葉に苦笑する。


 父さんも母さんも私も、朝から朝比奈家の皆さんのために働く予定がある。特に私なんて朝から礼司様を起こしにいくなんていう重労働が。


 しかし翔にはそれがない。

 翔はいま、礼司様の義理の妹のエミカ様の専属使用人として仕えているがそのエミカ様は今イギリスに四年程留学なさっている。


 朝比奈家の前の奥様は礼司様が小さな時に亡くなり、後妻として今の奥様が「エミカ様」というお嬢様を連れてこの家に嫁いでいらしゃった。

 このエミカ様というお嬢様もこれまた厄介な方で。

 いわゆる「悪役令嬢」というもの。



「お兄様だけど、血は繋がってないから大丈夫だよね!」


 を合言葉に、メインヒロインと礼司様の恋路を事あるごとに邪魔しまくるというキャラ。


 エミカ様は、礼司様と違い原作のゲームでもかなりのポンコツキャラとして描かれていた。礼司様に振り向いてもらうためにメインヒロインの髪型をパクったり、口調をマネしてみたりだとか。どう考えても努力の方向音痴。


 留学なさっている間に少しでもポンコツ具合が改善され、淑女として帰ってきてくだされば何よりなのだけれど……。



 さく、さくと母さんの用意してくれたトーストに口を進める。

 ああ、もうすぐで礼司様を起こしに行かなければ。もう少しのんびりしたい。なんて心の中で思いながらもごきゅ、と最後に牛乳を飲みほして「ごちそうさま」と手を合わせ席を立つ。



「ひーちゃん行ってらっしゃい」

「……行ってきます」


 カバンを持ち、見送ってくれた母さんに少し頭を下げて玄関まで向かった。



 山下家は、朝比奈家の敷地内にある。

 他の使用人と違い特別対応。私は下靴ではなくふわふわとしたスリッパに足を突っ込む。そして扉を開けた。


 扉を開ければ、廊下がある。ここが山下家の朝比奈家を繋ぐ連絡通路のようなもの。

 その廊下をあくび交じりに進んでいき、朝比奈家に繋がる扉をがちゃと開けた。



 そしていつもの通り、つかつかと礼司様の部屋に向かって歩く。

 礼司様の部屋の横にある鏡で自分の身だしなみの最終チェックをして、これまたいつもの通りおまじない代わりに鏡に向かってピース。


 ……さぁ、今日も礼司様と闘いますか。とドアをノックしようとした時「ヒー子!」と私を呼ぶ声がした。

 嫌な予感。声のする方向を見て見れば、そこには何と「エミカ様」が。



「お嬢様!?」


 スーツケースをごろごろと楽し気に引っ張ってきたお嬢様は私の前に立つと、わざとらしくスカートをつまんで「ご機嫌よう」と言う。


 信じられない……信じられない!!!!!

 翔と一緒にダンゴムシを集めてゲラゲラ笑っていたあのエミカお嬢様がこんな立派に私に挨拶できるようになったなんて!!


 見れば、身長は相変わらず低いが、ぱっちり開いた目に小さな輪郭。

 そして綺麗に胸元まで伸ばされた栗色の髪。相変わらず可愛らしい。

 私がずっと見ていたからか、お嬢様はむっと不機嫌な表情になり少し私を睨みつけた。




「ヒー子、四年ぶりだねー!!」

「お、おかえりなさいお嬢様! お嬢様の成長っぷりに感動のあまり言葉を失っていました!」

「あー、相変わらずヒー子は固いのねー」


 どうしてこんなに朝早くに。と思ったが、きっと時差のせいだろう。



「お嬢様、イギリスの方はどうでしたか?」

「凄いよね! 四年も居たけど全く英語は話せないまま!」

「本気で聞いて驚きました」


 あかん……これ……あかんやつや……。

 イギリスに留学した事でこの人のポンコツっぷりが改善されたと思っていたのに。



「イギリスではどうやってお過ごしに……」

「ほぼジェスチャー! あと『イエス』と『ノー』! これだけあれば生きていける!」

「よく四年間生きれましたね」

「八回くらい乱闘になったよー!」


 にこ、と笑うお嬢様に「やっぱりだめだこのポンコツ」と思っていた時、礼司様の部屋のドアがすっと開いた。「ヒー子うるせー」なんて言いつつにょこ、と顔をお出しになる礼司様。

 しかしお嬢様の姿を見るなりバン!と扉をお閉めに。



「ヤバい、朝から面倒な事に関わりたくない」


 扉越しに聞こえるそんな声。

 礼司様が閉じこもっている理由は、エミカお嬢様と会えば朝っぱらからハイテンションで留学の話などを色々語られるのが面倒だからだろう。



「お兄様! エミ成長したのよー!」

「俺、自分よりデカい妹は会いたくない……」

「いや身体的な面ではないと思うのですが」


 扉越しに行われるポンコツトーク。

 お嬢様は自信ありげに少し笑ってみせると、「お兄様!」と声を上げた。



「あとエミは少し英語を話せるようになったの!」

「……嘘つくなよ」

「グッドモーニング! お兄様!」



 いや、グッドモーニングくらい留学してなくても話せるでしょう。

 礼司様はまた扉を少し開けてにょこ、と顔をお出しに。お嬢様が英語を話した事に少し驚かれたのだろう。



「これだけじゃないのよ! グッドイブニング! お兄様!」

「……お前……本当にエミカか……?」

「礼司様お気を確かに」


 四年間も留学して逆にこれだけしか話せないってある意味天才だとは思うんだけど。

 お嬢様は礼司様に認められた事が嬉しいらしく、相当ご機嫌のようで。




 エミカお嬢様の帰還に私も礼司様も驚いたが、

 お嬢様に会うなり「げー!!! 帰ってきた!!」と叫んだ翔が誰よりも一番驚いていたのは言うまでもない。


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