38 山下翔
[38 山下翔]
「やっぱ俺、専属使用人は翔でいいかも」
学校から帰り、二人でゲームをしていた時にぽつりと礼司がそう零した。
俺は何とも言えなくて、ただ黙ってゲームのコントローラのボタンを連打して礼司のキャラをボコボコにしていた。
「翔とエミカには悪いけど」
「別に、専属使用人じゃなくても普通に会えるし」
「……あのさ、エミカと翔っていつの間にそんなラブラブになったわけ」
「遊園地のチケットまでくれたのに、今さらそんな事聞くなよ」
「今の俺は好奇心旺盛なの」
俺にボコボコにされまくったからか、それとも真剣な話だからか。ぶち、とゲームの電源を切った礼司がそう言った。
「俺の記憶では翔って、エミカの事嫌ってたはずなんだけどなー」
わざとらしく、礼司がそう言った。
それを肘でどす、とつくと礼司はごめんごめんと笑う。
確かに言う通りだ。
俺はエミカお嬢様の事が嫌いだった。
留学に行ってくれたのを、ありがたく感じるくらいに。
「……礼司の言う通り、俺はあの人の事かなり嫌いだった」
「なんでそれなのに好きになったわけ」
「お前のせいだよ、ボケ」
そう言うと礼司は少し目を丸くした。
今この場に緋紗子が居れば俺は緋紗子による顔面平手打ちからの、土下座コースだろう。
「え、俺のせい」
「五億パーセントお前のせい」
礼司は自分の座っているくるくると回転する、勉強椅子にぐてともたれかかると「マジで」と小さく漏らした。
留学から帰ってきたばかりの頃はやはり嫌いだった。
未だに礼司の事が好き、なんてぬかすから。どう見たって礼司は緋紗子の事が好きなのに。
次は、山下緋紗子への対抗心だった。
エミカお嬢様に「幸せになれない」なんて囁く山下緋紗子が死ぬほど嫌いだったから。お前の言ってる事は間違ってるんだよバーカと笑ってやりたかったから。
礼司が緋紗子を好きなのがどうしても気にくわなかった。
お嬢様の方が絶対いい人なのに。そう思ったあたりから俺は多分道を踏み間違えた。
どこぞの山下さんのように、「あなたとあなたがくっ付けば幸せになれるんです! さぁヒー子のアドバイスに従ってレッツトライ☆」なんていう商法でいけばよかったのに。
エミカお嬢様の涙を見て、「礼司に幸せにしてもらう」という選択肢を選ばずに、「俺がこの人を幸せにする」という選択肢を選んでしまった。
「でも何だかんだ言って、翔はエミカの事初等部の頃から好きだったのかもね」
「それはない!」
「全力否定」
あまりにも必死な俺に、礼司がけらけらと笑った。
初等部の頃の俺とエミカお嬢様の関係は最悪だった。あの頃から好きだったかもなんて、礼司は一体何を言っているんだろうか。
「翔ってすげーな、って俺は初等部の頃から思ってた」
「ほんと心当たりがない……」
「クリスマスパーティーでのお願い事。あの校舎裏の花畑で翔が教えてくれた。翔のお願いはあの頃から『エミカお嬢様が幸せになれますように』でしょ」
そういや、礼司に一回言った事あったな。
「他人の為に願えるなんてスゲー! 俺は無理! ゲームしてもヒー子に怒られないように。ってお願いするつもりだったもん」と礼司が言っていたのは非常に記憶に残っていたけど。
理由は、何をやっても嫌われるエミカお嬢様が疎ましかったから。
それに、お嬢様がどこぞの王子様とくっついてもらえば俺はさっさと専属使用人の仕事をやめられるし。そんなつもりのお願いだった。
「俺は聖人でもないし……あの時は、周りから嫌われまくるお嬢様が鬱陶しかったからだし……」
「でも良かった。ホラ、翔はクリスマスにそんな事願わなくても自力でエミカを幸せにできたもんな」
ぴっと指を立てて笑う礼司に、眉を寄せた。
何でこいつはこういう事をさらりと言うかな、と。嬉しいような、恥ずかしいような、ムカつくような何とも言えない気持ちに俺は埋もれていた。
「翔。エミカが俺を好きだったのは、俺が一番身近な人間の中で一番優しかったからだと思う」
……礼司お前、エミカお嬢様の気持ちに気づいてたのな。
まぁ緋紗子と違ってお嬢様は単純だし、単細胞だし分かりやすいし。まぁそこが可愛いんだけど。
「ヒー子は厳しいし、翔はエミカを嫌ってたし。そりゃ俺の所に来て当然」
確かに礼司は優しい。
人によってころころと態度を変える俺や緋紗子と違って、本当に誰よりも優しいし良い奴だ。
「でも本当は、一番身近で一番一緒にいる翔に好かれたかったんだろうね。だから翔がエミカに優しくした瞬間ころっと落ちたわけ。これが朝比奈礼司の推理です」
礼司がまたぐっと椅子の背にもたれながらそう言う。
俺がそんな様子に少し笑うと、礼司はばっと急に前のめりに体を起こした。
「あ、そういや翔。父さん、エミカと翔の関係知ってた」
「マジで、ヤバい、切腹の準備まだしてない」
「いや。『まぁ良いんじゃないの。どこぞの良く分からない奴と付き合うよりかは翔君の方がまともだろうし』だってさ。父さんはエミカの性質的に、よく分からないポンコツにヒモにされそうな未来が見えてたらしーよ」
げらげら、と礼司がそう笑った。
少し泣いた俺を見てまた楽し気に笑う。
うるせー、ばかにすんな。お前は俺がどんだけ後ろめたさ感じてたかなんて知らないだろ。
「翔さ、もし父さんに許されなかったらどうするつもりだったの」
「校舎の裏でエミカお嬢様殺して、俺も死ぬ」
「いいね、花畑心中」
また礼司はげらげら笑った。笑い過ぎて涙が出たのか、少し目元をぬぐっていた。
「……てか、何で知ってたんだろう……」
「『大人はお見通し』だって。ほんとさー。なんだろうね。そう言う事言われると俺達ってやっぱり子供なんだなーって実感する」
礼司が目線を落としながらそう言った。
そんな表情に何となく、胸が痛む。
「礼司は、クリスマスパーティーどうすんだよ」
「えー……ヒー子と行こうと思ってたけど……今年はぼっち参戦かも」
お前みたいなぼっちが居てたまるか。
普段は緋紗子が、がちがちに固めてるから皆寄れないだけで。礼司がふらっと一人でクリスマスパーティーに現れればそれこそ礼司の取り合いになるだろう。
「……ヒー子は俺の事嫌いだろうし」
は、と声が漏れかけた。
礼司はつらつらと、遊園地を断られた事。緋紗子が専属使用人が断ったのは俺が嫌いだからに違いなんていうネガティブ満載な言葉を続けた。
緋紗子も相当な人間鈍感だと思っていたし、礼司も「緋紗子は鈍感」なんてディスっていたが礼司。お前もどっこいどっこいだろ。
エミカお嬢様の好意には流石に気づいていたみたいだけれども。
まぁ、緋紗子は完璧主義だから。礼司の前では自分の気持ちが感付かれないように。と必死に取り繕っていたのかもしれないけれど。
でも、緋紗子もお前が好きだなんて、俺の口から言ってやるもんか。
礼司が小さな頃からずっと聞きたかったその言葉は、俺の口からじゃなくて緋紗子の口から発せられるから意味があるんだろ。
なぜか黙ってしまう礼司に、俺が何と言ってやろうか。と思った時だった。
こんこん、とノックの音が。
「あ、エミカだ」
礼司はそう漏らした。
何で分かるんだよ。と言うと礼司は指を立てて教えてくれた。
普通の使用人はノックした後に「礼司様」と礼司の名前を呼ぶ。
エミカお嬢様は、ノックしかしない。
極めつけの緋紗子は、朝以外はノックせずに入ってくる。と。
「エミカ」
そう言うと、お嬢様がぎいと扉を押して入ってきた。
礼司の部屋に俺が居ると思っていなかったのだろう。俺を見て少し目を輝かせた。そんな仕草に「ああやっぱり俺はこの人が好きなんだな」なんて少し頬が緩む。
「お兄様、翔ちゃんとお話中に邪魔しちゃってごめんなさい」
「いーよ、どうしたのー」
「あの、ヒー子がずっと泣いてるの……エミが慰めてもなんにも答えなくって……『ヒー子ごめんね』って言って、ここに援軍を求めに……」
お嬢様がそう言うと、礼司はしばらく黙っていた。
礼司が椅子の背にもたれかかり、ぎしと言う音が部屋に小さく響いた。
「……何でヒー子泣いたわけ」
「え、なんか……いや、エミがお説教したからかも……でも、小百合さんと電話した後もっと泣いちゃって……なんにも答えなくなっちゃったの……」
俺と礼司がわいわい話していた隣の部屋でそんな修羅場な状況になっていたとは。
礼司は、少し考えているようで椅子の肘置きを指でとんとんと一定のリズムで叩く。
「俺が行っても良いかな」
「「どーぞどーぞ」」
俺とエミカお嬢様の声が重なったのを聞いて、立ち上がった礼司が苦笑する。
エミカ、ありがとうとぽんとお嬢様の頭に手を置いた後、礼司は部屋から出ていった。
それを見送った後、エミカお嬢様は座っている俺の前に立った。
「……ヒー子大丈夫かなぁ、エミも行こうかな」
「行かない方が良いです。礼司と二人きりの方が良いでしょ」
「そう言えば翔ちゃん、エミの部屋にピアス忘れてた」
「あ、すいません」
「翔ちゃん、ベットの横の床頭台に置いてたから絶対勘違いされたよあれ」
少しむすっとした表情のお嬢様がそう言った。
それでも俺が立ち上がって、抱き寄せるとむすっとした表情なんかすぐに止めて、目を閉じて「翔ちゃん」と甘い声で俺を呼ぶ。
「エミ、ヒー子にお説教しちゃった」
「緋紗子に? 勇者ですね」
「ヒー子に泣かされた事なんて星の数ほどあるけど、エミがヒー子を泣かせたのはエミ史上初かも……」
「気にしなくていいですって、どうせ礼司がなんとかしてくれるだろうし」
とんでもない他力本願っぷりに俺もお嬢様も笑えてしまう。
そして、俺を見上げたお嬢様が口を開いた。
「翔ちゃん、今度のクリスマスパーティーにエミと一緒に行ってくれない?」
「……良いですよ」
「ありがとう、エミ、翔ちゃんがだいすき。翔ちゃんを好きになれてよかった。今超ハッピー!」
お嬢様がそう言って笑った。
緋紗子泣かせた後に俺も泣かせるなんて、なかなか大した人である。




