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山下緋紗子の人生を笑うな  作者: 佐伯琥珀
第2章 山下緋紗子は正しい
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17 桜川小百合





[17 桜川小百合]





 山下緋紗子ってどんな女?

 と聞けば、大体の子が「ヒー子様は才色兼備な方ですわ!」という導入で話をはじめる。


 今まで出会った中でそうでなかったのは師匠・山下翔のみ。当たり前か。


 師匠は、「ヒー子は昔から朝比奈家にいてくれてるんだよぅ」という導入だった。にこにこと笑いながらヒー子の話しを師匠はしてくれたが、「エミより長く朝比奈家に居るんじゃないかなー」という言葉に俺は突っ込んでしまった。


「え、でも師匠と緋紗子さんって一つしか年変わらないんじゃないですか」と。


 当然、山下翔は俺を強く睨みつけた。

 師匠は少し困ったように笑いながら口を開いた。



「エミ、パパとお兄様とは血は繋がってないの。ママの連れ子だから」


 小学生ではあるまいし、流石にその一言で朝比奈家の事情が良く分かった。

 師匠のお母さんが再婚して、朝比奈家に嫁いだ時に師匠もこの家にやってきた。だから師匠よりも、生れた時から朝比奈家との接点があるヒー子の方が朝比奈家に居る時間が長い、という事だろう。



「エミはね、前の名前『(さき)』っていうの。『崎エミカ』って名前あんまり好きじゃなかったから今の『朝比奈』の方が好きだなぁ」


 師匠はにこと笑った。

 山下翔は相変わらず、夕日のさす教室の中から頬杖をつきながらテニスの練習をぼんやりと見ている。


 師匠が何も言わなくなったからだろうか。外を未だにぼんやりと見つめながら山下翔は口を開いた。



「山下緋紗子は、カルト」


 山下翔はそうしか言わなかった。こんな導入をした人は初めてだった。

 師匠は「ちょっと翔ちゃん」とまた肘で山下翔の事をつついている。

 山下翔は俺に視線を戻し、ぎろと俺を睨んだ。



「緋紗子は気味悪い。あれしろこれしろってうるさいし、すぐに運命とか語りだすし。あいつほんとに新興宗教でも開いてるんじゃないか、って思ってる」

「翔ちゃんー、言いすぎだよーヒー子に怒られるよー」


 俺が少し困ったような表情を見せた事に気を使って師匠がそう言ってくれた。

 山下翔は俺の顔を見た後に、少しだけ口角を上げた。



「でも、一番怖いのはさ。その言ってる事が全部当たってるって事なんだよね」


 山下翔の、その物言いにぞっとした。

 もし、普通に運命だのなんだの語っているだけなら単なるカルト野郎で片付けられる。それでもそいつの言っている事が正しかったら?それこそほんとの教祖じゃないか。



「俺だって昔は信じてなかったけど。ここまで来ると流石に信じそうになるよね。……まぁ俺あいつの事嫌いだから信じないけど」

「翔ちゃん、ヒー子実のお姉ちゃんなのにそんなに言っちゃ可哀想だよ……」

「良いんです、お嬢様そんな緋紗子に同情してたらいつか入信させられますよ」



 ヒー子をディスり続ける山下翔。その執拗さに少し笑えてしまう。

 そんな時、また師匠が口を開いた。



「……でも、エミは――――」



 そこから後、師匠が続けた言葉に、俺も山下翔も何も答える事が出来なかった。

 山下翔はただでさえいつも不機嫌そうな顔をしているのに、尚更強く眉を寄せた。何か言いたげに口を開いたが、結局何も言わずに黙ってしまった。



 「朝比奈エミカ」という少女の抱えている心の闇は、多分俺が想像できるようなものではない。













 山下緋紗子が俺の席の前に立って「小百合さん!昨日は楽しかったですか!?」なんて聞き、うんと頷けば礼司の良い所をつらつらと述べてくる。

 なるほど、礼司の言ってた通りやっぱりヒー子は俺と礼司をくっ付けようとしているのか。


 礼司がちら、とこちらを見て「ヒー子!」と呼ぶ。

 俺に断わりを入れるとヒー子はそそくさと礼司の元へ向かった。助かった。礼司サンキュー。



 次の時間は数学か。なんて思いながら俺は教科書を用意していた。

 すると、「桜川さん」と俺を呼ぶ声が。


 ぱっと、顔を上げるとそこにはショートカットの女性が居た。ボーイッシュだが、目がくりっとしている為どことなくあどけなさもある、そんな女性。



「はは、急に話しかけられてびっくり、って顔してる」

「あ、いえ別に、その……」

「ごめんね、急に。私は成瀬(なるせ)知世(ともよ)っていうの。トモちゃんって呼んで」


 あ、はい。と返事するとトモちゃんは笑った。

 成瀬知世……。同じクラスだから名字は聞いた事があるけれど、実際に喋ってみた事は無かった。


 でも、どこか聞き覚えがあるな。と思えばそうだった。

 山下緋紗子アンケートを行った時に聞いたんだった。「ヒー子様の事を呼び捨てするのはトモちゃんだけよねぇ」と。



「ヒー子、変な奴でごめんね。たぶん悪い奴じゃないと思うんだけど……」


 たぶんね、ともう一度念押しをするトモちゃんに少し笑えてしまった。

 先ほど、礼司の事をゴリ押しされていた様子を見ていたんだろう。いえ、と何となく目線を合わせられなくて、数学の教科書の表紙に目をやりながらそう言った。



「桜川さんは、特待生なんだよね」

「あ、はい」

「うん、私もだよ。周りアホみたいに金持ちばっかでイヤになるよねー」


 トモちゃんは少し笑った。

 特待生というのは、頭の良い学生が学費免除になるという制度。基本お嬢様・お坊ちゃま学校の光聖学園だが、そのような制度を利用して庶民ながらもこの学校に通っている学生も居る。



「あ、でも特待生なのに、緋紗子さんと仲良しなんですね」

「ヒー子? ああ、あいつ初等部の時クソ嫌な奴だったの。『礼司様と私が中心』みたいな。皆ヒー子や朝比奈君に酔ってたから誰も逆らわなかってさー、ムカついたからコテンパンにした。そんで女の友情誕生!」


 トモちゃんにボコボコにされるヒー子を想像して少し笑えてしまった。

 ヒー子をコテンパンにするトモちゃんもトモちゃんだが、コテンパンにされた相手と親友になるヒー子もヒー子だ。



「初等部の事だから、今ではもう笑い話だけどさー」

「緋紗子さんって、イヤな奴だったんですね。イメージつきません」

「え、そう? ヒー子、根本的なとこはそのまんまでしょ。マイルドになっただけで」


 けたけたと笑いながらトモちゃんはそう言った。

 あいつのもの言いは偉そうだ、とか。いつも礼司中心だ、とか。トモちゃんはヒー子への不満をつらつらと述べた。

 こんな風に不満をすぐに言えるのに友達なんて凄い。いや、女子ってほんとによく分からない。



「でも、私からしてみたらあれがヒー子って感じ」


 礼司に世話を焼いているヒー子の姿を見て、トモちゃんは少し目を細めながらそう言った。



 山下緋紗子を「イヤなやつ」というのは実の弟の山下翔だけだと思っていた。

 それでも俺の心のどこかで感じていた「山下緋紗子はイヤなやつ」という気持ちをあっさりと言ってのけた、このトモちゃんが、俺にはどうしようもないくらい魅力的に見えた。




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