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山下緋紗子の人生を笑うな  作者: 佐伯琥珀
第2章 山下緋紗子は正しい
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12 山下緋紗子




[12 山下緋紗子]




「……あのさ、ともちゃん」


 そう言うと、私の隣の席で一番の親友の「成瀬(なるせ)知世(ともよ)」が首を傾げた。

 放課後、読書感想文の件で礼司様が職員室に呼び出されている間、ともちゃんが、一緒に時間を潰してくれていた。


 テニス部の「ファイットー」と言う掛け声が良い感じにバックミュージックになって、この夕日のさす教室の雰囲気作りに貢献している。


 ともちゃんは初等部からの友達。私の事を「ヒー子様」と呼ばずに「ヒー子」と呼ぶ数少ない友達。そして私が敬語無しで話せる数少ない人物でもある。

 黒髪をばっさりとショートカットにしていて。スポーツ万能で姉御肌なともちゃん。



「……どうしたの、ヒー子?」

「もしさ、もしともちゃんが、とある人の未来を知ってたらどうする?」

「未来、ってどんな未来?」

「……殺人鬼になる未来」

「ちょっと話がヘビィ過ぎるんだけど」


 だよね。と苦笑。

 そりゃ急に友達にこんな話を持ち掛けられたら困るだろう。


 でも、私の言っている事は事実で。お嬢様と小百合さんが仲良くこのままプリプリルートを進めば、お嬢様の心は壊れてしまって。

 だからと言って、小百合さんと礼司様の仲を引き裂く訳にはいかない。

 だって、礼司様と小百合さんが結ばれる事がこの世界の「ハッピーエンド」であり運命なのだから。


 それなら、お嬢様が傷つく前に。小百合さんと仲良くなりすぎる前に手を打っておくしかないのだ。



「殺人鬼とかさーちょっと超展開過ぎて想像つかないけれど……私なら、どんな手を使ってもそんな未来にならないようにすると思う。どんなに自分が嫌われても、憎まれても、その人が殺人鬼にならないように手を尽くすと思う」

「……だよねぇ」

「その時はもしかしたら、嫌われ倒すかもしれないけど、その人の為になるなら私はそれで良いと思うよ」


 夕日に照らされたともちゃんがそう笑った。

 その笑顔を見れば、少しだけ心のおもりが軽くなったようなそんな気がした。



「……ともちゃん、ありがと」

「あのさ、殺人鬼って朝比奈くん?」

「違うよ」

「何だ、いつも朝比奈くんって『うるさい』とか『何でお前は分かんないの?』とか言ってるからそうなのかと思った。まぁあんな事言ってるけどカッコイイから許せるけどね!」


 ともちゃんの言葉に苦笑する。

 この世界はほんとに礼司様のドS発言に寛容だなぁなんて。当たり前か、そういうゲームなんだから。



「ともちゃんさ、小百合さんの事どう思う?」

「……桜川さん? あー、同じクラスだけどあんまり話した事ないなー」

「よかったら、仲良くしてあげてほしいな」

「んー? 何でヒー子に頼まれるかは謎だけど……まぁ良いよ、私もちょうど仲良くなりたいと思ってたし」


 この学園は、初等部から持ち上がり式なのでほぼ友達は固定されている。

 まぁ小百合さんは、可愛いしすぐに友達も出来たみたいだけれども。

 そこで私はぴん、ときた。ともちゃんと小百合さんが仲良くなれば良いのでは。と。


 小百合さんも今は友達が少ないから、お嬢様と関わるわけで。

 友達が増えればきっと、一つ年下のお嬢様と関わる機会は減ってくるだろう。

 ……そう思えば翔の言葉がまた頭に浮かんできた。



――緋紗子様はエミカお嬢様の交友関係に口出しできるくらい偉いんだね――


 ニヒルな笑顔を浮かべた翔の顔が頭に浮かび、ため息をついてしまった。

 しょうがないじゃない。小百合さんとお嬢様が仲良くなってしまえばハッピーエンドは待っていないんだから。


 翔は私の事を毛嫌いしている。

 きっとこれから翔は尚更私の事を嫌いになるだろう。


 でも、しょうがない。

 お嬢様が大切なのは私も翔も変わりないのだから。


 ……翔が、私を最後に「お姉ちゃん」と呼んだのはいつだっけ。

 いつからか、翔は私の事を「緋紗子」と呼び捨てするようになって。睨むような目つきで私を見るようになって。



 外を見れば、野球部が練習をしている。

 昔は四人で、よく一緒にテレビで野球の中継を見ていたな。なんて。礼司様はサッカーの方が見たい、と言ったけど一対三でいつも野球の勝ちだった。

 ……あの時に戻れたら。そんな事を思ってもどうしようもない事くらい、私が一番分かっているのだけれど。



「ヒー子、元気ないね」

「夕日見てたらセンチな気分になってきた……昔は翔とも仲良かったなんて」

「あー翔君ね。そういえば最近あのお嬢様、帰ってきたんでしょ。翔君がまたお嬢様にベッタリだって後輩が怒ってたよ」


 ともちゃんはソフトボール部。今日は練習が無いみたいだから私に付き合ってくれているようだが。


 翔は、とんでもなくモテる。

 それこそ礼司様の次くらいなんじゃないかってくらい。この世界が乙女ゲームの世界だから、愛情表現が過剰なんだろう。ファンクラブが出来ていたり。

 翔は元々かなりドライな人間だから、全てを無視しているようだけれど。

 


 ぶん、と何かを投げるような仕草をしながら、ともちゃんがまた口を開いた。



「なんであの朝比奈妹は嫌われやすいかな」

「……さぁ、そういう『運命』なんじゃない」


 頬杖をつきながら、ぼんやりと外を見る。

 ともちゃんは「可哀想に」と私と同じく外を見ながらそう言った。



 可哀想、だなんて私が一番思っている。

 でも私には「あの人がどうすれば幸せになれるのか」という答えが分からない。


 あのゲームでの「朝比奈エミカ」は序盤主人公にお邪魔をし倒すものの、主人公と礼司様の関係が深まってくればすーっと自然と退場していくのだ。

 きっとゲームの進行的に邪魔だからだろうけれど。


 朝比奈エミカ、というキャラクターが最後どうなったかは一切語られていない。

 たぶんプリプリルートでは語られているんだろうけれど、私はプリプリルートを体験していないから分からない。


 エミカお嬢様にはどんな未来が待っているんだろう。

 そう考えるだけで頭が痛くなる。









「元気ないヒー子ってコワキモイ」


 校門でお迎えの車を待っている時、礼司様がそう言った。

 礼司様が職員室から帰ってきてともちゃんとバイバイした後も何となくセンチな気分に浸っていたからか、礼司様はそう言った。



「……コワキモイってなんですか」

「いや、そのままの意味。怖くてキモイって意味」

「怖い? きもい!? 私のどこが!」


 ジェスチャー交じりにそう言うと、礼司様は笑いながら「そういうとこ」とケラケラと笑った。

 むすっとしてしまって無言でどす、と礼司様の肩を叩く。

 こわきもいって!元気ない、って気づいているのなら少しくらい気をつかってくれてもいいじゃないですか。なんて我儘な事を考えてみたりする。



「まぁ、元気ないヒー子もそれはそれでアリかも」


 礼司様がそう言ってまた笑った。

 なんですかそれ、なんて私も笑えてしまう。

 少し斜め上を見上げて目が合えば、礼司様が私を見て少し眉を下げた。



 その時、心の底から思った。

 自分がここに存在している理由は、この人に幸せになってもらうからだと。


 この乙女ゲームのハッピーエンドはどれも全部、礼司様とメインヒロインの小百合氏がくっつき、クリスマスのイベントで永遠を誓うというもの。



 絶対に、ハッピーエンドを迎えて貰わなければ。

 そのために、私はこの世界で十六年近く生きてきたのだから。






 時計を見ながら迎えの車を待っていると、翔とエミカお嬢様も校門前にやってきた。あら、と声をかけてもお嬢様は困ったような笑みを浮かべる。翔に至っては私を睨んできている。



「翔、お嬢様。今からおかえりに?」

「う、うんそうだよー……」

「四人揃ってるんだから、一つの車で帰りますか? ね? 礼司様」

「ヒー子にまかせるー」


 ポケットに手を突っ込んだままぬるーい返事をする礼司様。ちょっと、なんて突っ込もうとした時、カバンを持ったままじっと私を見ていた翔が口を開いた。



「礼司と緋紗子は二人で帰れよ、その方がいいだろうし」

「え、……そう? でも……」


 翔はそれ以上なにも言わなかった。

 お嬢様は翔のシャツの裾をぴっと引っ張ったまま俯いている。


 翔は少し私を睨むと「お嬢様行きましょう」と言って私達から少し離れた所で立ち止まって車を待っていた。


 翔は、お嬢様と話しているとよく笑う。

 今も、お嬢様が何か言ったようで少し眉を下げて笑っていた。



「翔、反抗期?」


 礼司様がにへら、と笑いながらそう言った。

 さぁ、なんて私は返しておきながらも、反抗期なら終わりがあるけど。ただ単に翔は私の事が嫌いなだけだ。

 反抗期みたいに終わりなんてなくて、きっと翔は私の事をずっと嫌いなままだ。なんて夕日を見ながらぼんやりと考えていた。

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