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山下緋紗子の人生を笑うな  作者: 佐伯琥珀
第1章 山下緋紗子は知っている
1/44

01 山下緋紗子

・2014/8/17~2014/9/27の間に連載していたものの再掲載版になります。

・全40話+エピローグ3話。






[01 山下緋紗子]




 こつこつこつ。もう慣れた少し高いヒールが廊下に響き渡る。

 私の姿を見れば、メイドさんが少し背筋を伸ばす。



「おはようございます、緋紗子さん」

「おはようございます」


 私に頭を下げるメイドさんは、綺麗なメイド服に身を包んでいる。

 また私が廊下をこつこつと音を立てていくと、そのメイドさんは私をしばらく見た後にまた廊下を歩いていった。


 とある部屋の近くの廊下の壁に取り付けられた鏡の前に立つ。

 ぱりっとした白のシャツ、第一ボタンは締まっておりその上にはしっかりと結ばれたリボン。

 プリーツ加工の施された膝上ちょうどのスカート。

 そして紺色を基調としたブレザー。


 今日も校則を一つも破らずにきっちりと着こなす制服。我ながら今日もきまっている。

 鏡の前に立ってピース。これが毎日やっている私の密かなおまじない。



 そして、とある部屋のドアの前に立つ。大きく深呼吸。

 これから始まるであろう毎朝の戦いを考えれば少しため息が出そうになるがそこはぐっとこらえて。


 トントン、とノックをしたものの返事は無し。

 もう一度。トントン、とノックを。またもや返事なし。



 ドンドンドンドンドンドン!!


 力を込めて荒々しくノックをするとようやくドアが開く音が。



「ヒー子、ほんと朝からうるさい……」


 そう言って目を擦りながら部屋からにょこ。と顔をお出しになったのは、「朝比奈(あさひな) 礼司(れいじ)」様。


 亜麻色のつやつやとした髪に、180センチを優に超える身長。

 屋敷の誰もがメロメロになる甘いマスク。特にこのこってりとしながらも、くどくない綺麗な瞳が大人気。

 そしてオプションにはこの大豪邸の持ち主であり、日本の有名車会社の御曹司という煌びやか過ぎて眩暈がしそうな家系を。




 有名車会社の御曹司かつこんなにイケメンだなんて。ゲームなどにある異常なまでの盛り設定。


 ほんとに、礼司様はゲームのキャラみたいに凄い人だわ!なんて言えたら良かったものを。

 非常に残念な事に、本当にゲームのキャラなんですよ、この人。



 「えす☆プリ~ドSな王子様とフォーリンラブ~」

 そんなタイトルで売り出されたこのゲーム。

 タイトル通りドSな王子様と恋に落ちるそんな乙女ゲーム。


 ざっくりとこのゲームの流れをまとめると、転校生であるヒロインと、ドS御曹司のヒーローが出会い、なんやかんやで良い感じになる。


 そしてクリスマスツリーの前で願う願い事は何でも叶うというキリスト様もびっくり破格対応な「クリスマスパーティーイベント」で、最後にメインの二人は永遠に一緒に居れますように、とお願いし結婚ゴールイン。そんな感じ。




 ちなみに、私こと「山下緋紗子」は非常に残念ながらこの乙女ゲームのメインヒロインとして転生した訳ではない。


 私は「メインヒーローの使用人」なんていう謎の立ち位置のキャラに転生してしまったのだ。しかも、容姿・名前は前世の時そのまま。神様の手抜きっぷりには震える。



「礼司様おはようございます。今日は三回目のノックでお目覚めですね。あと毎日申し上げていますが『ヒー子』と呼ぶのはやめて頂けませんか」

「……何と呼ぼうが俺の勝手」


 あくび交じりに、礼司様はまたベッドにごろり。と体を預ける。

 私がばっと部屋に足をすすめて、カーテンを開ければ「やめろおおおおお」と言いながら布団にばっと潜り込む礼司様。日光が当たれば死ぬ、とでも言わんばかりの必死さにため息が漏れる。



 そう、この人こそ乙女ゲームえす☆プリの王子様・朝比奈礼司。


 あ、あのドSで有名な礼司様の使用人~!?しかもいつも行動を共にするお目付け役なんて私に勤まるの~!?


 なんて思っていたのは随分と昔のお話。



「あーやばい、学校行きたくない。ヒー子、今日は休む……」

「ダメです」


 布団からにょき、と顔だけ出した礼司様がそうおっしゃるのはもうほぼ毎日のテンプレというか。


 そうです。私は前世の入れ知恵からてっきりこの人は、「俺様に指図してんじゃねえぞ!」なんて朝から怒鳴ってくるようなドS(またの名を甘やかされまくった金持ちのボンボン)だと思い込んでいた。


 ところがどっこい、実際にこの人の側近になってみればこの人の中身の残念さをイヤという程体感。


 部屋に引きこもってゲームするの大好き。

 ドSの欠片もないグータラな性格。

 そして何よりも脳みそが入っているか怪しい程の頭のすっからかんさ。



 ドSな王子様略してえすプリ、というよりもポンコツな王子様略してぽんプリ。

 礼司様、ご出演なさる作品をお間違いになったのでは。



「あー学校行くのマジでだるい……。ヒー子代わりに行ってきて」

「私も同じ学校に行っているので代理登校はできませんね」

「……教育制度の根本から覆す必要が……?」

「そんなバカな事考えている暇があったらさっさ学校に行きましょう」


 礼司様の部屋に響く「行きたくねぇぇぇぇ」という声。

 私がべり、と布団をはぐと「やめろひいこおおおおお」と言うポンコツボイスが。


 ヒー子、というのは私のこの「緋紗子」という名前から幼い頃の礼司様が付けてくれたあだ名。



 幼少期からずっとこの人のお遊び係として育ってきた私。

 もちろん小さな頃から前世の記憶があったので毎日毎日ドキドキしながら生きてきた。


 この人のドSの才能はいつ開花するのか、と。

 しかし残念ながら、この人のドSの才能が開花する事はなかった。


 私という原作にはない側近が居るせいで、礼司様のゲームの中では隠れていたポンコツな部分ばかり育ってしまったのだろうか。

 非常に困った事になってしまった。この高校一年の秋の時期からメインヒロインは転校してくるというのに!

 ドSな才能が開花しないと、礼司様とメインヒロインさんの未来がない!つまり礼司様がハッピーエンドを迎えれない!


 それは困る。

 なぜなら、この人とヒロインが引っ付いてもらわないと卒業した瞬間、ヒキニートへと転身する未来しかみえないから。



「高校を卒業したらゲームになりたい」


 なんていうクレイジー極まりない発言を聞いた時には震えが止まらなかった。ゲーマーになりたいのではなく無機質になりたいとな!?

 おそらく語彙力の問題で、「卒業したらずっと家でゲームをしていたい」ということだろうけど。



 しかしそうなると私はずっとこのポンコツ礼司様の使用人として生きなければいけないのだ。




――ひーちゃんは、礼司様に仕えるのよ――

――それはいつまで……――

――そうね……礼司様が結婚すれば、お世話役じゃなくて普通の使用人に戻れるんじゃないかしら――




 そんな幼い頃の母様との会話が頭に浮かぶ。

 代々私の家はこの朝比奈家の使用人として仕えてきた一族のようで。

 しかも普通の女中ではなく、生活一般をサポートするお目付け役として。普通なら皆さん、立候補したがるこのポジションだが、私はサッサと普通の使用人に戻りたい気持ちで一杯。


 私とて、乙女ゲームの世界に転生したからにはそれなりに素敵な人生を送ってやりたい。

 しかしこのままでは一生礼司様のお世話係で終わってしまう!それだけは避けたい。


 そこで思いついたのが、原作通りの「俺様礼司様」を演じて貰う事でヒロインをメロメロにし、ヒロインに礼司様の事を押し付けてやろう、という作戦。






「礼司様、ネクタイが曲がっています」

「ヒー子なおして」

「それ位自分でやってください」


 じゃあもういいや、と学校へ向かう車内でぐてとなさる礼司様。

 むか、としながら私が曲がったネクタイを直すと実に満足そう。こうやって私が礼司様を甘やかすのがポンコツ化を進める原因になっているのかもしれない。



「礼司様、お約束を今日も確認しましょうか」


 そう言うと礼司様は「あいあーい」と適当な返事を。

 たとえ整った顔と言えどもこのポンコツっぷり。学園の皆さんにばれると大変な事になりそうだ。



「いーち、俺は学校では基本ムスっとしておきまーす」

「にー、喋ればバカさが露呈するので必要以上に喋りませーん」

「さーん、……えっと何だっけ」

「女子が居れば、ドSな言葉を吐き捨てる。です」


 そう、これが礼司様のポンコツっぷりを露呈させないために決めた緋紗子ルール。

 ルール3に関しては「ドSな言葉ってほんとなに?」と毎日礼司様は首を傾げているが。




「礼司様、学校に付きましたよ」


 運転手さんに礼の言葉を言い、礼司様が車から降りた後に私も車から降りる。

 毎日毎日見ても、ほんとに豪勢な学校です。本当にお城のような学校。


 門をくぐり、校舎に入ると毎朝聞こえるのが……これ。


「礼司様~~~~!!」


 そう、礼司様ファンクラブの皆さんの黄色い声。

 きちっと隊列になって礼司様を迎えて下さる所から、このファンクラブ内にも規律がある事が伺える。

 礼司様はブレザーのポケットに手を突っ込んだまま、ファンクラブの皆さんには目もくれずにずんずんと進んでお足を進める。



「あ、ヒー子」


 足を止め、礼司様が斜め後ろを歩いていた私の名前を呼ぶと「ぎゃああああああ」という声が。



「で、ででででたわ!礼司様の『ヒー子呼び!』あああ!緋紗子様が羨ましいいい!」

「でも緋紗子様も礼司様と同じく尊い!」

「幼いころからずっと礼司様につかえているそうよ!」

「真っ黒な綺麗な髪に、スッとした綺麗な顔……クールビューティーって言葉は緋紗子様の為にあるようなものよねぇ」


 解説をどうも。

 礼司様は私の方を見てぽおっと突っ立たまま。やばい、何かポンコツ行動を取りそうな予感。



「今日俺水やったっけ?」


 や、や、やめてください礼司様!そんなポンコツ発言は!

 ファンクラブの皆さんは、「礼司様のバラ園の事かしら……?」なんて良いように解釈してくれたので助かったが。

 礼司様が言っているのは「けだもののもり」という礼司様の好きな村育成ゲーの話だろう。



「……礼司様、ルールをお忘れなく」


 小声でぼそ、とそう言うと礼司様は「ああごめん」と言いまた、作り上げた不機嫌そうな表情に。

 そしてポケットに手を突っ込んだまま、ファンクラブの方たちを見て一言。



「お前ら、朝からうるさいんだけど」


 ぎゃああああああ、という悲鳴。

 すたすたと歩いていく礼司様を横目に、私はファンクラブの皆様の前に立ち一礼。



「今日もわざわざ来てくださったのに、すいません。けれど、礼司様の事、嫌いにならないであげて下さいね? 本当はとても優しいお方ですから……」


 そう言うとファンクラブの皆さんは、涙を流しながら「ありがとうございます! むしろもっと罵って頂きたい程です!」という風にすがすがしいほどに気味の悪いどМ宣言を。

 これも全部作戦なんだけれど。

 礼司様は口はわるいけれど本当は良い奴だ、と吹き込む事で礼司様のキャラ設定を前世の乙女ゲームのものに近づけようと、こちとらプロデュースに必死。



「なぁヒー子、マジで家帰ろう……俺ゲームの方がやりたいし」


 下駄箱の前でため息をつきながら礼司様がそう一言。

 いけません、と言おうとした時私の視界に見覚えのある顔が。


 不安そうに下がった眉。綺麗にカールされている茶色の髪。

 癖の無いすっとした目元。通った鼻筋。そして彼女の一番のチャームポイントでも言うべき大きなリボンのついた頭。



 やっと。

 やっと現れてくれた。


 私がずっと待っていた人が。




 そう、それはこの「えす☆ぷり」のメインヒロイン「桜川(さくらがわ) 小百合(さゆり)」氏。

 礼司様の未来の奥様。そして礼司様を押し付けるお相手。



「礼司様、あの女性は転校生ではないでしょうか? 教室が分からなくて困っているようです」

「ふーん、で?」

「礼司様が教えてあげるべきではないかと」

「……ヒー子が案内しとけばー?」


 この野郎……。頬がぴく、と揺れましたが作り笑顔でカバー。

 あーだりー、と言いつつ上履きに履き替える礼司様。

 あまり物で釣るのはいい気分ではないが、今日は小百合様と礼司様のラブロマンスのはじまりなのだから。

 このチャンスをやすやすと見逃す訳には行かねぇ!



「礼司様……もしあの女性に声を掛けてくださいましたら、今日の夜のゲームのお相手になりましょう」

「ヒー子、お前マジで言ってる?」


 夜のゲーム、なんていやらしい雰囲気が漂うが実際は礼司様の現在はまっている村育成ゲームの対戦相手になる、というだけ。

 普段は面倒なので断ってきたが。今日は礼司様を釣るためなら我慢しよう。



「……絶対絶対絶対な」

「はい、礼司様」


 にこり、と笑いながら「サッサと行けこのポンコツ」と心の中で悪態を。

 ぽてぽてと小百合氏に近づく礼司様。小百合氏も礼司様に気づいたようで、ぱっと顔をあげる。よし、きた。良い感じ。

 礼司様の背中を、どんと両手で押す。ヒー子、礼司様の事を後押ししちゃうぞ☆(物理)


 もちろんバランスを崩した礼司様はばっと、小百合氏を押し倒すようにしてお転びに。ラブコメとかでよくあるやつ。もちろんこの乙女ゲームの世界の神に愛されている小百合氏と礼司様ですから、礼司様の手は小百合氏のふっくらとしたバストに。



「な、なに!」


 そう言ってばち!と小百合氏が礼司様の頬をお叩きに。


 良い感じ、良い感じ!私が昔プレイしたゲームのシナリオ通り上手く行ってる!

 この学園では怖いもの無しの皆に恐れられている礼司様の頬をぶっ叩くという小百合氏。転校したばかりですから礼司様の事を知らないのでこういう行動に出てしまうんだよな。

 よし、礼司様、ドSな言葉を吐き捨てましょう。そう言いかけたとき礼司様が一人でに口を開いた。どうかポンコツ発言でありませんように。



「……ヒー子! 何この人……」


 私を呼ぶな。



「お、お、お、お前……胸……」


 小百合さんが、たどたどしくそう言う。

 礼司様は手を見た後に思いっきり眉を寄せる。



「あーごめんー」


 あれ、ゲームなら確かここで礼司様がドSな発言をするんだけど。

 礼司様は、普通に謝って、普通に教室に向かって行った。いや、小百合さんの事案内してよ!?


 ばっと立ち上がり不機嫌そうな表情で教室に向かう礼司様を横目に、尻もちをついたままの小百合氏にそっとハンカチを差し出す。

 それを見て、小百合氏は心底イヤそうな顔をしたが、小さくありがとうと言って私のハンカチを受け取った。



「お怪我はありませんか?」

「……はぁ、」


 ぱ、ぱとスカートに付いた埃を払う小百合氏。非常に可愛いらしい。



「私は朝比奈礼司様の専属使用人の山下緋紗子と申します。以後お見知りおきを」

「……桜川小百合です」


 そう言って、小百合氏は私にぺこと頭を下げた後につかつかと廊下を進んでいった。



 う、うーん!? 私が長年待ち望んでいた、礼司様とヒロイン小百合さんの出会いのシーンだと言うのに。

 何なんだろう……この、凄く普通に終わった感じは……。



 小百合さんの背中を見送った後に、教室に入る。

 そして、礼司様の机の前に立った。礼司様はふわ、とあくびをした後に私を見上げる。



「さっきの方、凄く綺麗な方でしたね!」

「あー、そうなの?」

「そうなのって……」

「っていうかそんな事より、今日の食堂の日替わりメニューなに?」


 メインヒロイン小百合さんと出会って一日目。

 小百合さんより学食の日替わりメニューを気にする礼司様。

 山下緋紗子の戦いはまだまだ始まったばかりだ。


・登場人物は6人です。

・3人の視点で話が進む群像劇っぽい何かです。

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