いじめられっ子 ①
初めまして、夜乃カナタです!
初投稿で、拙い点もあると思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。
よろしくお願いします!
…早く家に帰りたい
『死ね』『学校来るな』とグチャグチャに書かれた机を見て、今日も思った。こっちだって、来たくて来てるんじゃないって言ってやりたいけど、そんな勇気はない。
登校して一瞬で心がズタズタになったけど、もう10ヶ月もこんなことされてると外面は慣れたもので、私は眉ひとつ動かさずにその席に座った。よかった、今日は椅子には何もされてないみたい。
「ねぇ、臭くない?」
「わかる〜。何であいつ、まだ来てるんだろ」
「マジで最悪なんですけど」
それはこっちのセリフだよ。机の落書きを消しながら、できるだけ雑音をシャットアウトできるように考える。
何でこうなってしまったのかは私には全然分からなかった。中学に上がって、2年生までは友達もそこそこいたはずなのに、3年になってから今日まで、ずっとこんな感じ。前まで仲よかった子たちも今では目も合わせないし、それどころか悪口を堂々と言うようになっていた。
(はあ…)
誰にも聞こえないように、心の中でため息をつく。学校来なければよかったな。心が暗く沈んでいきそうだ。死にたい…という言葉が頭をよぎって、はっとする。ダメだ、頑張らないと。
突っ伏したい顔を無理にあげて、ふと空を見ると、雲ひとつない綺麗な青が広がってた。クラスメイトはこんなこと気にも留めていないみたいだったけど、私にとっては今日家を出てよかったと思える程に心動かされることだった。うん、今日も頑張ろう。
「席につきなさい!HRを始めますよ!」
先生が来て、クラスメイトがガヤガヤと席について、静かになる。さっきまでの自由な時間よりも、何百倍も心地よかった。
「だからね?マジで困ってるの〜。お願い!4000円だけでいいから〜」
いじめられっ子にとって最も苦痛な時間は、休み時間だ。どこにいればいいのかわからないし(私は校庭裏にいることにしている)、監督する人間がいないから、こういう奴らが寄ってくる。
「ね?早くしてよ」
「あんたなんて存在価値ないんだしさ〜、これくらい当然だよね?金持ちなんだし」
わざわざ子分を2人も引き連れて、クラスの女王的存在の若下さんは、よく私にお金をもらいに来る。あんた、困りすぎ。ふざけんなよ。誰がやるか。
「………はい」
そう思っても、怖くて、いつも渡してしまう自分がいる。逆らったから、本当に何されるか分からない。最初のときに「嫌です…」って言ったら、午後の授業いっぱいトイレの個室に閉じ込められた。あんなこと二度とされたいない。
「ははっ、さんきゅー」
私の手からお札を毟り取って、若下さんはさっさと校庭裏から出て行ってしまった。残るのは惨めな私だけ。
「…あーあ、今月のお小遣い、なくなっちゃった」
そう呟くと、涙が出てきた。溢れる前に拭っても拭っても、止まらなかった。
今日の地獄の時間が終わって、家に帰る。家は良い。家族はみんな優しいし、悪い人間は入ってこない。
「ただいま!」
お母さんとお父さんは共働きだから、家には誰もいないけれど、元気よく言ったら気が紛れた。しっかり戸締りをして、リビングで適当にお菓子を摘んでから階段を駆け上がる。私の部屋は2階の一番手前だ。よく言えばカラフル、悪く言えば統一感の無い家具が部屋の特徴だ。中心には、ピンク色のカーペットが敷いてあり、その上に、中学に上がるときに買ってもらったノートパソコンが置いてある。
鼻歌を歌いながら寝そべり、パソコンを開いた。特別検索したい何かがある訳ではないが、ついつい触ってしまう私は少し中毒の危険があるかもしれない。
「何にしようかなー…あ、そうだ」
ふと思い立ち、『友達』『作り方』で検索した。打ちながら悲しくなってくるが、ここは私の聖域だから、何したって自由。そう言い聞かせて、検索結果をジーっと見る。友達が欲しい。お母さんもお父さんも、私の悩みを聞いてくれるけれど、学校の中までは入り込めない。あの地獄で、私の味方になってくれる人が欲しい。
「うーん。どれも書いてあるの同じようなことなんだよねー。当たり前か…」
学校で話さない分無駄に1人で喋りながらカーソルを動かしてみるが、今までに見たことが、あるサイトばかりで読むものがない。どれも、笑顔で挨拶とか、勇気を出して声をかけてみようとか、そんなのばかり。できたら苦労しないってば。これ書いてる人、絶対いじめられたこと無いでしょ。
「別の検索しようかな…」
と、私が一番上に戻ろうとしたとき、気になる名前のサイトを見つけた。まだ見たことのないもののようだった。
『友達サービス』
「…ふーん、何だろう。作り方指南って感じじゃなさそう?」
とりあえずクリックしてみると、画面にいきなり質問が現れた。
『あなたの理想の友達は、どんな人?』
「え?なにそれ?聞いてどうするの?」
もしかして性格診断みたいなものなのだろうか。質問の下には、びっしりと項目があり、性格、歳、身長、属性、性別…など事細かに選択できるようだ。
面白そうだったので、深く考えずに項目を埋めていく。
「とりあえず『女』で同い年がいいから『15』。身長はどうでもいいんだけど…私と同じでいっか、『155』。属性って、よく分かんないし選択肢から適当にっと。性格は、そうだなあ、『クール』で『格好良く』て『何にも屈しない』、『気高い人』っと…」
正直詰め込みすぎた感が拭えなかったが、理想ということで、どんどん盛っていった。こんな人間いたら、すごいだろうな〜と思わず笑ってしまう。
全ての広告を埋めて、決定ボタンを押すと、今度はもっと分かりやすい質問が出てきた。
『1ヶ月:1000円。あなたは何ヶ月その子と友達でいたい?』
指が止まる。何と言うか…怪しい。お金取られる系のサイトだったのか…。
戻ろうか、入力しようか迷う。1ヶ月1000円なら払えそうな気がする。でも…と1人でうんうん唸っていると、その質問の解答スペースの、さらに下にある注釈に目がいった。
『お支払いは、当人に1ヶ月毎に手渡しでお願いいたします。先払いでも後払いでも構いません。 その友達が、お気に召さなかった場合は、選択した時間の範囲内でいつでも返品を承っております。追加料金は一切かかりません。
尚、期間の延長は出来ません。ご了承ください。』
「返品って…商品なの?あ、でもこれって1ヶ月内なら無料で返品できるってことだよね。あー、どうしよう…」
やっぱり怪しい。見なかったことにして戻ろう、という意見が頭の7割を占めた。それでも、悩んでしまうのは何故だろう。
(ここで何もしなかったら、変わらない。)
中学校最後の1年を苛められて終え、友達が1人もいないまま、逃げるように高校に上がる。そんな薄暗い地獄が、私の青春でいいのだろうか。このままでいるくらいなら、死んでしまいたいと何度も思っていた。それなら、危険でも、何か行動するべきなのではないだろうか。
安全と安定の地獄に浸かり続けるか、上に行くか下に行くか分からなくても、脱するべきなのか。
散々迷った挙句、私は、
「中学校を卒業するまででいい…」
そう絞り出すように呟いて、『5ヶ月』と入力した。
決定を押し、次は何が出てくるかとビクビクしながら見ていたが、表示されたのは、
『お求めありがとうございました。明日から5ヶ月間あなたに理想の友達を与えます。』
という拍子抜けのものだった。なんだ、結局何も起きないじゃん。
「心配して損した!何だったの、これ!」
その後、お母さんが帰ってきた。夜ご飯を食べて、お風呂に入り、布団に入る頃には、私は『友達サービス』のことは、すっかり忘れてしまっていた。
今日も地獄の1日が始まる。
行きたくないという思いに反して、私の体はいつも通りに着替えをし、朝ごはんを食べて家を出た。学校に近づく程に、足が重くなる。頑張らなきゃ。大丈夫、あと5ヶ月の我慢だよ…。心はちっとも晴れなかった。
卑しい落書きだらけの席に座り、HRをひたすら待つ。すると、HRまで後5分あるにも関わらず、先生が教室に入ってきた。
「席についてください!今日は転校生を紹介するため、HRの時間を早めます」
「転校生?あと5ヶ月しかないのに?」
「女ですか⁉︎男ですか⁉︎」
「えー、どんな子どんな子?」
突然の先生の言葉に教室が浮ついた空気になる。私も顔には出さなかったが、例外ではなかった。どうせ私のことを無視するようにはなるだろうが、純粋にどんな子が来たのか楽しみではある。
「静かに!…では浅沼さん、はいっていいですよ」
先生が扉の方に目を向ける。私たちも後を追うように扉を見た。そしてガラッと音を立てて入ってきたのは、ロングヘアーの女の子だった。
「浅沼香月です。よろしく」
黒板に名前を書くこともなく、ニコリと笑顔を向けるでもなく、ただただ冷たく浅沼さんは言い切った。その高圧的な雰囲気に教室中が戸惑うが、浅沼さんは意にも介さない。こ、怖い…。
「先生。私の席は、あの空いている席でいいんですよね?」
「えっ?あ、ああ、そうね。みんな、浅沼さんをよろしくね〜」
先生の無理矢理な締めで自己紹介?は終わり、私たちはハッと我に帰って拍手した。その拍手がまばらだったのは、正直仕方ないと思う。
浅沼さんの隣の席になった子が「よろしくね!」と笑いかける。ところが浅沼さんは「ええ」と目も合わせずに答えただけで、その後どんな質問をしても完全に無視していた。
(うわ〜、すごいなぁ。あんなんじゃ、友達できないよ。私が言うのもなんだけど…)
転校生というものは初日は普通質問攻めにあうが、10分休みになっても浅沼さんに、隣の子はもちろん、積極的に話しかける人はいなかった。
(これは…ぼっちが増えた⁉︎)
だからと言って話しかける勇気は全く無いし、遠巻きにされている浅沼さんといじめられている私とじゃ、全然違うよね…と思っていた。
ところが昼休み。
「久しぶりね、山岸唯子。私のこと覚えてるかしら?」
お昼ご飯を食べに校舎裏に行こうと腰を上げたとき、浅沼さんが私に話しかけてきた。
「え、え?あの…」
あまりに突然だったので上手く反応できない。久しぶりに教室で声を出した気がする。クラスメイトたちもかなり驚いているようで、にわかにザワザワと騒がしくなった。それでも浅沼さんはぶれない。全くの真顔だった。
「ねえ、質問に答えてくれるかしら?私のこと覚えてる?」
「お、覚えてるっていうか、会ったことありましたっけ…?」
同級生相手に敬語になってしまう。だって怖いってば。背が同じくらいなので目が合ってしまう。浅沼さん、すごい目力だ。人殺せそう。
それにしても、覚えてるってなんだろう。こんなインパクト強い人が知り合いだったら絶対忘れないと思うんだけど…。
「はぁ…私はあなたを見た瞬間分かったっていうのに。仕方ないわね、小学2年生の時まで友達だったじゃない。その後、私は転校してしまったけれど…」
「え、え⁉︎⁉︎」
そんな、ため息つかれながら言われても、全く身に覚えのない話だった。私の記憶で転校していった友達なんていないはずだ。もしかして誰かと勘違いしていないだろうか。
「あの、浅沼さん…それって勘ちが」
「よそよそしいわね。香月でいいのに」
「あっ、えと…香月…?あの、」
「そうだわ、一緒にお昼を食べましょう。ほら、唯子。行くわよ」