プロローグ
俺の妹は可愛い。
もはや人種とか生物とか、次元の壁さえも超越して可愛い。そして、もと体操選手の父に似て運動もできる。おつむの方は……まあ、あれだ。神はなんちゃらを与えずってやつだ。
だが、そんな超絶かわいい俺の妹には少しばかり難点がある。
べつに性格が悪いとか、ツンデレだとかそういうことではない。むしろ、これ以上ないくらいに性格は良いのだ。
では一体なにが難点なのかといえば、それは少し他人に言いづらい特殊な悩みになる。今まで俺は、なんとかこの奇行を止めさせようとネットで似たような事例を調べたり、足しげく医者のもとに通ったりもした。今になって可哀想なことをしたなと思うが、その当時は妹に完璧を求めすぎていたのかもしれない。彼女は、医者に処方された訳のわからん薬を毎日欠かさず飲まされていたし、一時は都立病院に入院なんて話も出たりした。
もっとも、入院なんて大それたことは当時の俺もさすがに望んじゃいなかったのだろう。妹が医者の手中に収まるということは、彼女にどんなことしようが俺は分からないということでもあるのだから。
それほどまでに、俺の妹は可愛いのだ。
しかし、そんな彼女はカラスと会話をすることを止めない。
あのスズメ目カラス科の鳥類であるカラスと、だ。
ほかにも白蛇と話していただのと根も葉もない噂があったりするのだが、カラスとか蛇だとか、この際どうでもいいではないか。だって、俺の妹は、俺の、この世で最も可愛い妹は動物とコミニケーションをとってしまうのだから。
あたかも、普遍的でありふれたことのように。人間としゃべり、また、変わりなく動物としゃべってみせる。
そんな、ちょっと常軌を逸した彼女がそんな行動をとり始めたのはいつ頃からだろう。
そう幾度となく考える。
でも、どれだけ思考したって考え着く先は同じ年。
あの時だ。
俺が三歳の時分に妹は生まれた。その頃の思い出などあまりにも少なすぎるが、だが俺の妹が俺の妹になったその瞬間だけは、なぜだか明瞭に記憶している。彼女は生まれた時から可愛く、そして今と変わりなく愛おしい存在だったから。
けれど俺はその母親の顔を覚えていない。
そもそも俺は父の連れ子で、再婚相手であり妹の母である人は俺が六歳のときに病気で死んだ。その後、父は再度結婚したが経済的な理由でその人との子供は作らなかった。そして、俺たち子供を連れ回した挙げ句の果てに父は自殺し、再々婚の、母と呼んでいいのか微妙なその女は、父が死んですぐに夜遊びするようになった。父が再々婚した当初は「今日から、私があなたたちのママだから、たくさん甘えてもらっていいのよ」とか言っていたくせに、父が死んでから俺たちはいないものように扱われる。というか、扱われない。俺たちの、戸籍上の母親は父が死んで三ヶ月も経た頃には腹が大きくなり、流産しては、やりまくっていた。時には、亡き父と暮らしたアパートに男を連れ込み、俺たちがふすまを挟んだ隣の部屋にいると分かっていながら夜な夜な喘ぐ日もあった。最低で下劣な母親だ。
だから俺は、中学校を卒業したころには妹と家を出て、バイトをいくつか掛け持ちすることでまだ中学校に入学したばかりの妹をなんとか養った。
ところで、話をもとに戻そうか。
妹と血の繋がった、彼女にとっての実母は前述どうり病気で死んだのだが、当時の俺は母が亡くなったことを上手く理解できなかったし、そもそもその人とは会話らしい会話を交わしたことすらなかった。もちろん妹も幼く、母親がもういないことなんて理解できるはずもない。俺と同様に。
けれど、なにを血迷ったのか、母が死んでちょうど一回忌にあたる日頃、父は物心が付き始めたばかり妹に、そのことをありのままに伝えた。
お前の母は死んだのだ、と。
俺の、途方もなく可愛い妹がカラスと話をするようになったのは、ちょうどそのあたりからだったように記憶している。