境界線に触れる時4〜境界線の正体〜
何だろう?体が痛くて…重い。
目を開けても真っ暗なまま、死んだのかな?何て思って、手を上に伸ばし、触れた感触はーープニプニとしていた。
指先を這わせ、なぞるように下に動かすと固い感触が返って来て、私は何度かその感触を指先で確かめると、あっ…と小さく声を上げ、正体に気付く。
「…顔?ほっぺにーー顎…だよね?誰…だろ?」
死んでしまっても、感覚はあるし、触れた感触もあるなんて、何か映画かドラマの世界みたい…何て思いながら、身をよじり、ゆっくりと視界が色を取り戻す。
星空に、赤く染まる空が視界一杯に広がり…目線を触れた感触に合わせればーー
「新藤…君?」
私に覆い被さるように横たわるーー腕と足が片方ずつない新藤君が、私の上に乗っかっていた。
「お目覚め?零司は、よほど貴女を助けたかったみたいね…全く…困った男ね」
声が私の頭上から聞こえ、思いっきり上体を起こす。
「いった!!痛い…何よ…死んでない?」
「ええ、貴女は生き残った。生き残ってーー私と零司の世界に来たわ」
彼女は、私の横に音も無く立つと、抱えるように新藤君を持ち上げーーそのまま、歩き出す。
「待って!ねえーー何がどうなってるの!」
背を向け、歩き出す彼女へと叫ぶように問いかけーー
しかし、答えず。彼女は新藤君の切り飛ばした足へと歩き、蹴り上げる。
「見てれば解るわ」
一言だけそう言い、彼女は新藤君の体を蹴り上げた足に向けるとーー
唐突にーー新藤君の体はその足をーー破片のように取り込んだ。
「…どうなってるの?」
足だった物体が、銀色の破片へと変化し、新藤君の体内に吸い込まれーー
無くなった付け根から、音も無く銀色の切っ先が姿を現し、前と同じ紺のズボンに新藤君の足として再生?した。
「……困ったものね。私の守護者の正体を…何の知識も力も無い奴に見られるなんて…零司のせいよ」
一人で淡々と切り飛ばした部位をかき集め、元通りの新藤君へと修復しながら、彼女はーー寂しそうに笑っていた。
どれくらいそうしていたのか、私には解らない。体の痛みも引き、彼女は新藤君を元通りの、傷一つない状態に修復してから、私の前に座り込みーー
新藤君の頭を膝に乗せながら、ゆっくりと髪を撫でる。
愛しそうに、さっきまでの表情や激昂が嘘みたいに、優しく微笑みながらーー
「……どうして?何であんな事を?」
その光景を目の当たりにして、私の感情はふつふつと…沸騰するような…押さえろーー押さえろーー爆発したら、私は…彼女をーー
「…言う義理はないわ。貴女はーー零司の何?」
優しい表情の彼女は、一瞬私を見やりーーその優しい表情が無表情へと変わり、そう告げる。
「零司はね…貴女を守ろうとした。守ろうとして、私と戦った…それの何が不満なのかしら?」
「ふざけないで!そんな…ありきたりの説明が通ると…貴女は思うの!?そんな嘘ーーすぐにバレる!!」
私は感情のまま身を乗り出し、彼女の真っ赤な瞳をジッと見つめる。
彼女は私の瞳を見つめ、目で私の覚悟を知ろうとするようにーー反らさない。
「貴女が…新藤君をこうやって元通りにして、さっき戦っていた時も…私を守る為に戦っていた新藤君が本当なら!私を、真っ先に狙う筈でしょ?そしてーーあの表情の説明が付かない!泣きそうなのはーー貴女が、無理をしているからじゃないの!?」
真っ赤な瞳が、私の声に少しだけ反応を示すようにーー揺らぐ。
「私は!私はーー新藤君が貴女を殺すとは思えない…無理よ。貴女が本気だったとしても、新藤君には無理。貴女をーー殺すつもりの攻撃を何もしてないもの!違うの?答えて!」
瞳を閉じ、彼女はーーゆっくりと開くと、私を見ながら、笑う。
「可笑しいわ…まるで人の心を見てるような言い草ね…そんな言葉で、私を納得させられると思うの?感情に流され過ぎね。貴女」
余裕の表情を浮かべ、私にそう言い返す彼女に、つい手が伸びかけ…
「でも…零司と貴女の努力を認める。認めてあげるから、少しだけ話をしてあげるわ」
彼女はしょうがないと、肩を少しだけすくめて、私を真っ直ぐに見ながら…こう話始めた。
「どこから言おうかしら…そうね…貴女、今のこの世界は何だと思う?」
「…え?世界?何の事?」
質問が意味不明過ぎる。私は首を捻り、彼女は呆れたようにため息を付きながら、こう続ける。
「よく見なさい…変わった光景が見えてるから」
変わった?何の事?周りを見渡すが、特に建物も無くーー建物?無い?
「え?ここどこ?あの廃ビルとかどこにいったの?」
「……はぁ…あんな殺風景な場所、零司がほぼ全力で走ったせいでとっくに抜け出したわよ。そんな事より、貴女ね…もっとおかしい事があるから、よく見なさい」
おかしい?いやいや、目の前におかしい事が座ってるよね?何て言葉を飲み込みながら、頭上を見上げーー気付いた。
「空が…真っ赤」
「ようやく気付いたみたいね。そう、この世界はーー貴女がいた世界の形はしているけれど、別の世界なの」
「え?別のーー世界?」
「ええ、鏡で例えると貴女がいた世界がーー鏡の前にいる貴女ね。で、この世界はーー鏡の中の世界だと思ってもらっていいわ」
そこまで言って、彼女は新藤君の髪を一度撫で、私は首を捻り、軽く唸る。
「私達はこの世界をーー多重透明境界と呼んでいるわ」
「えっと…ごめん、少し待って…多重透明境界?《クリアゾーン》ってどういう意味?」
「意味なんてないわ。ちょっと…ため息吐かないでよ。そうね…あえて意味を述べるとしたらーーこの境界線を、貴女はどうやって越えたの?」
またまた謎の質問が私を襲う。自分の頭を軽く撫でながら、私は答える。
「どうやって?気付いたらここにいたし…何かを越えたような記憶は無いけど…」
「そう、それが答えよ。多重透明境界は、見えないのよ。知らずに境界線を越えて、いつの間にかーーこの世界にいるのよ。そして、この世界はここだけじゃない。だからーー多重透明境界」
解らない。私の脳内がスパークを起こして、熱に浮かされる。
額に手をあて、軽く頭を振りながら、彼女へてもう一度ちゃんと向き直り。
「ここだけじゃないって、どういう事?」
「質問攻めね…ふぅ…しょうがないわね。私達はこの国を転々としてきたの、私達が行くとこ行くとこ、必ずーーこの世界に入り込むのよ。場所が限定されてるならまだしも、どこにいてもーーこの世界への境界線を越えてるわけ。これが『多重』、の意味になるかもしれないわね」
なるほど…これで、私なりの解釈がようやく出来上がる。
「えっと、要するにーー場所を問わず、目視もできず、更にはーー唐突にここに飛ばされるから、多重透明境界って事なの?」
彼女は頷き。私は安堵の息を吐く。解釈は成功したみたいで、謎が一つ解明。
「で、この世界の説明はいいかしら?」
「あ、待って!あの人狼は何だったの?」
彼女は、その言葉に眉をひそめ…ただ、こう言った。
「変異屑ね…ああ、それでーー零司のブレザーに下着のまんまなわけなのね?」
「下着?…あ!え?嘘!?このまんまで私…新藤君に抱き抱えられて走ったの!?変態じゃない!」
急に恥ずかしくなり、ブレザーをしっかりと手繰り寄せ、身をよじる。
「それなら心配ないわ。とっくに境界線は越えてたから…それとも、見られたかったのかしら?中々立派な胸ね」
自己主張するように、彼女は自分の胸の下に腕をやり、一度揺らす。
揺れ動く胸を見ながら…私も挑戦…腕にギリギリ乗っかってーーここで気付いた。
「私への当て付け!?そんなに立派じゃないっていう、当て付けなの!?」
勝ち誇ったように彼女は笑い、私は…ブレザーをギュッと掴む。
「質問攻めのお返しよ。それで、もういいかしら?」
「ーー新藤君と貴女の説明ーーまだやってないよ?」
「……私達はね、殺しあいをやっているのよ」
コロシアイ?殺しーーあい?その言葉に、私は口を無意識に押さえていた。
「そうねーー彼は、私と契約したのよ。ある種の誓約をかわしたの」
淡々と話しを続ける彼女を、私はただ見つめた。