境界線に触れる時2〜彼女の場合〜
目が覚めたら、満天の星空と神々しい満月が私を出迎えた。
「あ…れ?…ここは?」
「よう、目が覚めたか?ちょっと悪いが、なるべく寝心地良い場所をと思ったんだが…ろくな場所が無くてな」
窓辺のような小さな穴から、空を眺める男の人がいた。
月の光を浴びて、薄緑色の短髪が風に吹かれてそよぎ、白いYシャツと、紺のズボンを履いている男の人がゆっくりと振り向く。
綺麗な顔…そう素直に思う。中性的な顔立ちで、ちょっとメイクとかすれば女の人になるかも?何て想像できる。
目は細いけど、綺麗な青色の瞳に唇がちょっと小さくて…細身の華奢な体躯に、身長も…んー高いようには思えないかな?
「おーい、大丈夫か?何かボーとしてるが?」
「え?ああ、うん!大丈夫大丈夫」
男の人は首を傾げながらも軽く頷くと、ゆっくりと窓から離れていき、ズボンのポケットを弄ると、優雅に煙草をーー
「え?煙草!?ちょっと、ちょっと待って…ねえ、それは辞めたほうがいいんじゃないかな?」
「んー?何でだ?というか、もう吸ったんだから諦めろ」
紫煙を吐き出しながら男の人は笑う。可愛い顔立ちしてるのに…何て勿体無い!!そんな感情に突き動かされてか、軽く咳払いをしてみつつーー
「その〜体にも悪いし、あんまり堂々と学生が吸ったら悪いと思いませんか?」
「ああ、大丈夫。バレないからーーって、おいおい!立つな!立ったらダメだって!!」
あんまりにも屁理屈こねるものだから、少しお仕置きを…何て考えて、立とうとしたら止められたので、私が首を捻る番になった。
「あー…その、悪気は無いんだ。あー…さっきのアレのせいで、君の制服を捨てざる終えなくなったから…すまん」
「??なんの話?私の制服がどうした…の…」
あれ?何で私…服着てない…着てない…?捨てた?じゃあ、今は…やっぱり、この見覚えのある黒いのはーー
「いや、脱がす時も触ってないぞ?ちょっと小振りな感じかな?何て思ってないから安心ーー」
拳が男の顔面に綺麗に入る。弱々しい力しかないから、多分思いっきりいっても大丈夫だろうと思いながら…渾身の力で叩き込んじゃった。
拳の威力が効いたのか、軽く後ろに倒れそうになる男は、よろよろとよろめきながらもこう言ってきた。
「不可抗力だろう!俺が何をしたんだ?むしろ、警告もしたし何か悪い点があるのか?」
「黙って脱がせる変態」
「な…違う、違うぞ…俺はそんな気持ちで!」
「小振り」
「ぐ…あれは言葉のあやだ…知り合いに凶器がいるせいでだな」
「あなたの顔が綺麗過ぎる」
「顔は生まれつきだ!ん…んー?俺悪いのか?」
そんな風に真剣に悩む顔が可笑しくて、私はついつい口に手を当てて笑ってしまう。
罰が悪そうに頭をかきながら、男はゆっくりと座り込みーー
「あ、あれだったらその上着やるから、着ていけよ」
「上着?……あ、これ」
床に落ちてある紺のブレザーを手に取り、軽く叩きながら私はあれ?と思う。
「……これ神之門学園の制服…て事はあなたは」
マジマジと見つめ…ふと、不意に思い出す。
「あ、もしかして…新藤 零司君?」
「……何で名前を?君は…」
「やっぱり!同じクラスの、高槻 未来だよ。えーと、万年寝てる零司君だよね」「その覚えかたは止めろ!そんなのがクラスで流行っているのか…」
新藤君はそう言ってため息を付きながら私を見やり、頭を軽くかくと、おもむろに立ち上がりーー
「えーと…高槻さん?だったか?今日のコレは忘れたほうがいいぜ」
そんな事を言い、不意に私へと新藤君が近寄る。
「何で?私…だって怪我もないし」
「いいから、忘れるんだ」
あれ…急に…眠け…
「よく聞け…これは全部夢だ。たまたま、高槻 未来はこの場所を歩き、何らかのトラブルに巻き込まれたがーー警察が来て、高槻 未来は助かる…助かったからこそ、家に帰りちゃんと寝て…明日になれば全て忘れる」
「わ…す…れ…る」
「いい子だ。そうだ、家に今から帰る。そして、起きたら何時も通りの朝だ」
視界が暗くなる。微睡みの中にいるみたいに…ぐにゃぐにゃと波打つ…海を漂うような気分。
「さあーー帰ろう。未来の家にな」
新藤…君の…声が、遠くにーー
「下らない真似はよしてよ、零司」
「ーーッ!不味い」
グイッと引き寄せられ、夢現だった私はーー気付けば新藤君に抱えられ、宙を舞っていた。
「え?」
「喋るな!噛むぞ」
次いで、ジェットコースターのような急激な落下を体で感じ、私と新藤君は地面に着地。
ほとんど反射に近い感じで、新藤君は地面を蹴りつけーーその横を凄まじい速度で閃く何かが地面を抉る。「本気か…命」
聞いたことの無いような低い声で、新藤君はそう言いながら走り出す。
風を切るってこんな感じ何だ。ジェットコースターよりも速い速度…待って、おかしいよ。
「新藤…君?あなたはーー」
「説明は後だ。今は…」
「ほら、逃げないとーー死ぬのは貴方よ?」
夜の闇から抜け出たように、突然、漆黒の服を纏った女の人が現れた。
「命!!まだ殺したりないのか!?」
叫んだ新藤君目掛け、女の人ーー命と呼ばれた彼女が、不意に消えてーー
「ーーすまん」
新藤君のそんな声と同時に、私達は遥か上空へと叩き上げられた。
風が唸り、あまりの加速に耳と視界が遠くなりーーそれでも、
私を離さない新藤君の温もりは心地よくてーー
「ーー!ーー!!」
何か言ってるみたいだけど、私には解らない。解るのは…迫り来るクリーム色の地面が見えーー
体が悲鳴をあげた。呼吸って、どうするんだっけ?そんな事を聞かなくてはいけないくらい、私の体を襲った衝撃は凄まじかった。
視界がグルグルと回転しながらも、何とか立ち上がろうとして…ああ、まだ私…生きてる。
「ほら、どうするの?零司…彼女ーー死ぬわよ?」
「……こい、三本守護剣」
「いいわね…零司…いいのよ。さあ、踊りましょうーー百剣乱舞」
呪文…違うーーあれは、呪詛。新藤君の瞳が…髪と同じ薄緑色に光る。
「さて…手は抜くから…楽しませなさいよ」
彼女ーー命と呼ばれた彼女の腕が、降り下ろされたらーー
100本の剣が一斉に新藤君へと向かっていった。