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穏やかな時間2〜境界線の狭間〜

階段を上り、冷え冷えとした空気と埃臭い匂いを嗅ぎながら、終点へと辿り着いた。


様々な段ボールと良くわからない部品が、埃を被りながら静かに積み重なる。


小さな物置小屋…そんな空間の一番奥に、屋上へと向かう扉がポツンとある。


錆び付き、ドアノブすらなく、ただそこにある扉を前にして、俺はノックをした。


小刻みに3回ほど叩くと、扉が揺れ、錆が粉のように一瞬舞いながら、しかし、重厚な分厚い扉は、ノックの音を響かせただ沈黙する。


静寂の時間を取り戻す空間で、不意に扉が唸る。


キィ、ギィと唸る扉がゆっくりと開けられ…日の光が俺の視界を照らし、眩しさで一瞬目を細目ながらゆっくりと歩きだす。


「遅かったじゃない…待ちくたびれたわよ」


扉が再度唸り、その声を聞きながら、扉は唸りを静める。そう、この扉は外側からしか、開けられないのだ。


「悪いな、待たせた…例の奴はあるよな?」


「……貴方ね、私に礼とか謝罪とかないの?」


呆れた声音と落胆したような態度を滲ませながら、声の主は俺の頭上へと何かを放り投げる。


特に見もせず、飛来する物体に正確に片手を上げそれを掴むと、感触に納得しながら、ゆっくりと準備に入る。


小さな四方の箱の蓋を開け、中からゆっくりと棒状の物体を取り出す。


口に加えポケットから取り出したライターでゆっくりと火をつけると…この安堵する感覚に身を預ける。「そんなものの何がいいのかしらね…心筋梗塞の危険度が上がる物なのに」


「お前には関係ない…こいつはーー」


紫煙を吐き出しながら、一度言葉を切り、ゆっくりと声の主へと振り返る。


漆黒のセーラー服、黒く腰まであるストレートの髪、人形のように思わせる白い肌に、整った顔立ち…そしてーー真っ赤な瞳が呆れたように閉じられ、仕方ないと言うように目を開くと、彼女は俺の言葉を続けた。


「あいつの供養の為?それともなに?義理か何かで、貴方はあいつの真似事してるのかしらね?」


「……あいつが好きだった煙草何だ。俺にはーー辞める事は出来ないさ」


紫煙を吐き出し、煙草を灰皿代わりの空き缶に押し潰しながら、屋上のコンクリートの床に腰を下ろす。


「そう…まあいいけどーーそれよりも、早くご飯選びなさいよ」


扉がある四方を囲むように作られた5メートルほどのコンクリートの壁に彼女は背を預け、手にしたコンビニの袋を掲げながら、早くと催促を繰り返す。


「何があるか解らないんだが?」


「コーヒー、紅茶、メロンパンに焼きそばパン」


「じゃあーー」


「貴方はコーヒーにメロンパンね」


「……選択肢をよこす気概すらないのか?」


ガサゴソと袋を漁り、自分の分だけ器用に手に取ると、袋ごと俺の足元に放る。


「何か?買ってきてもらって大変感謝します。俺には財力が無いので助かりました。と言う言葉を言ってくれるのなら、聞くわよ?」


「……いや、もういい。ありがとうな」



「素直に感謝する貴方は好きよ」


話は終わりだと、二人のただ、食べ物を喰らう音が響く。


食事という概念は、単純にエネルギーを得るための行為だ。


空腹であれ、喉の渇きであれ、要するにこれは欲求を満たせば良いのである。


美味い、不味い、そういった事は二の次だ。出来れば美味い物を…と思うのも心理だが、生きていく上で満たされなければ、体は動かない。


好みはあれど、これは食べれるし、悪くは無いーーそういった物を口にし、体を動かす。


彼女が嬉しそうに頬張る焼きそばパンは、俺の考えとは違うベクトルで食べているのだろうと思いながら、コーヒーのプルタブを開け、ぐいっと飲む。


「ところで、貴方ーー何で遅れたのかしら?」


唐突な疑問を投げ掛けられ、俺は首を捻りながら、彼女の問いに答える。


「別に…ただ、クラスメイトに何故か話かけられただけだ。理由はそれだけだ」


「そう…その子、女の子じゃなかった?」


顔を上げる。じっと彼女を見つめ、ただ無表情に焼きそばパンを食べる彼女は、ゆっくりと俺へと無表情な顔を向けーー


ーーニヤリと笑うーー


「お…まえ、何でわかった?昨日の事に何か関係あるのか!?」


怒声のような声を響かせ、俺は何も考えずに彼女の横に立つ。


頭一つ小さい彼女の、ニヤリと笑う顔を見下ろし、苛立たしげに煙草に火をつける。


「そう…彼女が…そう…貴方ーー零司、私は彼女をーー」


「黙れ…それ以上言うな…」」


「殺すわよ。何も考えない、そうーーあの時のようにね」


反射的に扉を叩きつけていた。何を激昂しているんだと、自分の愚かな行為に腹が立つが、それでもなお…彼女の胸ぐらを掴む為に、火をつけたばかりの煙草が床に落ちる。


「零司…私を殺したい?憎むべき何かーー畏怖する感情ーー零司が『僕』から『俺』になった時のようにね」


「お前は…みことはまた同じ事をーー」


彼女ーーみことは名前を言われた瞬間に、俺の体躯を蹴り飛ばす。


ぼろ布のように体が軽々と浮き、次いでーー屋上の落下防止のフェンスに背中からぶち当たる。


「ーーッ!」


瞬間的に、体を放り投げる勢いで横に転がる。その時間は瞬きした間に等しい。


刹那、彼女の体はフェンスを蹴りつけていた。金網が二度けたたましい音を響かせ、蹴りを当てられたフェンスが風穴を開けた。


綺麗に爪先の小さな穴が二ヵ所開き、ゴロゴロと転がる俺を見下ろしながら、彼女は向き直る。


「名前?何?何で?珍しいとかの話じゃないわねーー零司…死にたいの?」


「黙れ…俺はーー俺達が出来る限りの事をすると言った筈だ」


互いににらみ合い、視線を絡ませ…俺の額を伝う汗が頬に滲むのを見やりながら、彼女はため息を吐き出す。


「わかった。わかったから…零司は昔からそうーーバカ」


ムスッと怒ったような表情をしながら、疲れたなどと言い、ゆっくりと元の位置に戻っていく。


「心臓に悪いんだよ…アホが」


「何か言った?零司、さっさと戻りなさいよ」


「……地獄耳かよ」


小言を言いながら、俺と彼女は元の位置に戻る。まだ燻る煙草を靴で踏みつけ、缶の中に吸い殻を投げる。


俺はそのまま床に腰を下ろし、コーヒーを一口飲むと、命は切り出した。


「で、昨日の事…零司知りたいかしら?」


髪を手で掬い、コンクリートの壁に背を預け、興味なさそうにしながら、そんな問いを投げ掛けられる。


「何があったんだ?俺には解らない…命、教えてくれないか?」


「……普段呼ばないくせに名前で呼ばないでよ。そんなに知りたいならいいわ」


「……なあ?何か怒ってないか?わりと真面目に聞くが」


彼女が髪を弄りながら、表情は膨れた子供のような顔になっているのに気づき、俺はそう聞くがーー


「…怒ってないわ。怒ってないわ」


「…そうか。ならいいんだが…命がそういう膨れっ面の時は可愛くてな」


「……零司、今ハエが止まったわ」


「は?ハエ?ーーご!!」


何故か威力控えめの蹴りを顔面に受け、体が仰け反る中で、白い何かが一瞬視界を覗く。


「ぐは…ハエ…じゃねえよ!白い何かがーー」


「零司、お花畑が見えるわよ?」


次いで、踵落としが後頭部に炸裂すると視界が一瞬暗くなるがーー


真っ赤な顔をした命が暗くなる直前に見え、視界が元通りになると、何時もの命がいた。


「それじゃ昨日の話ねーー零司、長くなるけどいいかしら?」


その声と共に鐘の音が響いた。


この学園特有の合図。午後の時間を知らせる為の合図。


「構わない、教えてくれ」


「そうーーじゃあ、話すわ」


鐘の音が響く。長い時間になりそうだとーー紫煙を吐き出した


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