終焉の世界3〜闇と彼と記憶〜
あの日、世界が赤く染まった。
泣きそうな顔を向けて、僕に剣を振り抜いた……彼女の顔を覚えている。
ああーーそんな顔をしたら、ダメだと思ったんだ。
人形みたいに美しくて、僕はーー君を見た瞬間に、引き込まれたから。
例えば、ここで僕の人生が終わってしまったとしても、それはしょうがないんだ。
終わりは、何時かくる。それが、たまたま今日だっただけ……そして、僕はーー
叶わない望みだと知りながら、こう願ったんだ。
一人にさせない。何があっても、君を一人にさせない。
そんな、傲慢な願いは……思っていたよりも、単純に叶ってしまった。
僕は、自分の命は失ったけれど、他人の命を使う事により、彼女と共にいれる事になる。
そうさ、人を殺して、殺して、殺して!!
何時からか……僕は、俺になった。
俺は、変わらなかった。俺になったとしても、彼女と共にあり、大事な何かをーー失った。
そうさ、何かを得るとは、何かを失う事なんだよ。
次に得るのは……果たして何だろうか?失うのは?彼女?それともーー
だが、終わりが始まった。覚えているのは、全てを零にしようと思った事だ。
余分な情報は、全て破棄する。脳が覚えていられないから。
脳に負荷がかかると、俺は死ぬ。命が言っていた。
「人としての機能を十全に果たすのなら、脳は、蘇生する事は不可能なのよ」
何故?と、俺は問う。命は、笑いながら答えたのを覚えている。
「脳は、その人の全てよ。記憶、認識、五感。いくら他人の命を使っても、脳は、取り替えがきかない。故にーーこれだけは、当の本人のを、生きたまま使わなくてはいけないのよ。ただし、長い年月を過ごせば、当然だけど、脳は劣化するわね?酷使すればするほど、脳は異常をきたすわ。私達は、常に脳に異常をきたしている存在よね?」
ああ、剣とかそういうことを言っているのか?と問うと、命は頷く。
「それもあるわ。ただ、一番の異常はーー永久的に生きている事よ。人の生涯なんて、何かしらあって、終わりがあるもの。それを覆す認識はあるものの、それを正常だと認識するのは…人の脳では無理があるのよ」
俺は、それについて何故?と疑問を投げる。命は、肩をすくめて、ため息を吐きながらも、続きを言ったのを覚えている。
「そうね……解りやすく言うならば、腕や足が、蘇生する。異常よね?零司は可能としているし、実際に蘇生もしている。でも、何故蘇生しているのかしら?そもそも、どうやってーー零司は蘇生しているのかしら?」
意識したことはない。命を守る為に、腕や足が無くなろうとも、そこに存在するのだと強く願うだけだ。地に落ち、燃え尽き、灰になろうともーー他者の命を命から、貰う事により、蘇生しているんじゃないか?と答える。
「確かに、供給者は私よ。でも、蘇生している力は、零司の認識なのよ。零司は、言ったわね?そこに存在すると、願うと。供給者の、私の生命力も確かに必要よ。それを可能にする、エネルギーだと、考えてもらえばいいわ。でも、再度言うけれど、一番大きいのは、零司の認識。要するにーー零司の脳が、可能にしていることなのよ」
異常を可能にする?どういうことだ?認識で蘇生出来るとしたら、脳だって可能だろ?と、問うと、命は首を振りこう言った。
「それは、不可能よ零司。さっきも言ったわよね?認識しなければ、ならないと。認識する為には、脳に記憶されている情報を使うわね?そして、その情報は…その人の脳の中に、あるわよね?これを蘇生するのは、不可能じゃないかしら?」
命にそう言われ、俺は、顎に手を添えーー
個人の脳の中にある、個人の認識について考える。五感や、思考や、感情、これらを統率するのは、脳だと認識。
なら……俺の脳が、完全に止まったと考える。この瞬間に、あらゆる機能は無くなる。まず、認識する為の情報源が無いものとする。
身体機能、思考、それらも当然無くなり……あるのは、無くなったという、事実のみとなる。
否ーーそれすら、認識出来ないかもしれない。
つまり、命が言うのは、個人の全てを統率している脳の情報を、まずは、認識しなくてはいけない。
だが……情報源となる脳が、完全に死んだ場合ーーこれは、個人の認識が出来ない状態な訳だ。
仮に、脳に記憶されている情報を、外部に引きずり出したとしても……それを、別の脳に認識させれば、可能か?
長い思考の中で、可能性を考え、命へと問うとーー
「零司は……本当にバカね。いいかしら?仮にーー情報を引きずり出し、他人の脳に全ての記憶や、感情を認識させたとするわ。それで、可能な訳がないでしょう?……ハァ、納得してないようね?いいかしら?認識させるのは、可能かもしれないわ。問題はその後よ」
俺は顎を撫でながら、首を捻り……命は、説明を続ける為に口を開く。
「例えば、その人の…個人の認識があるわよね?そこに、零司という、個人の認識をーーその人に、認識させたとするわね?記憶、感情、思考、ありとあらゆる情報を……脳に移動させたとするわ。さてーー零司、これらの情報を、どうやって…統一するのかしら?」
情報の統一。別の人の情報が、元にあり…そこに他人の情報を、全て移動したとする。
「零司、悩まなくても、答えは簡単よ。統一するのみの、例えばの話よ。零司にそっくりな、瓜二つの人物が……いたとするわね?その人物は、零司のように思考し、考え、行動する。気味が悪いほどに、合致する人物だとするわ。ただしーーその人個人の、記憶に関しては…零司と、違う筈よね?故にーー」
ああ、そういう事か。俺は、納得のいく答えにたどり着き、命がこう言ったのを思い出す。
「その人の記憶と、零司の記憶の統一は、不可能なのよ。必ず齟齬や、矛盾があるわ。当たり前よね?外見や、思考が同じだとしてもーー零司とその人は、歩んだ記憶が違うわ。その矛盾に、異常に、脳は耐えられるかしら?ただでさえ、異物の情報が…多岐に渡って混在する中……情報の統一をしようとし、記憶を統一する。これは、可能かしら?」
俺は首を振り、頭を軽くかきながら、不可能だと言った。
「ええ、不可能よ。もしかすると、脳が破裂するかもしれないわね。人の脳の、情報を記憶出来る能力は、たかが知れているもの。でもーーもしも、これらの情報と、記憶に際限がなく、同時に並列化した思考が……可能とした場合。これらを駆使し、自由自在に全てを己の情報とし、それをーー使いこなせる人物がいたとすれば……」
命は、口の端を吊り上げ、笑う。
「零司ーー私達はーーーー」
目の前の光景が、揺らぐ。赤と黒の色が、グルグルと視界を回る。
「ーー結末をーーかもしれないわ」
声が聞こえなくなり、何か……とても重要な記憶なのだが、思い出せない。
グルグルと色が回り、ゆっくりとーー視界は、闇に染まる。
気付けば、辺りは真っ黒に染まっていた。
周囲を見渡してみるが、何も無い。腕を伸ばしーー伸ばした筈の腕は、視界に映らない。
闇。それ以外に何も無い。認識は出来る。しかし、俺個人の体は……闇の中に埋もれたように、何一つーー視認すら出来ない。
ああ、そうか。俺は納得するように、闇を見ながら、腕を振るう。
何も起きない。何も無い。あるのは、俺個人の意識。
何もかも…無くなってしまったんだと、俺は思う。願ったのは、覚えている。
何もかもーー全てを零に。あらゆるものを、可能性を、希望を、絶望を、そしてーー
はて?何だったか?おかしい。俺はーー何かを、否定……
「ーー!!ーー司君!!」
呼ぶ…声が…聞こえ。忘れーーそうな、記憶の欠片を……
「未来は、何があるか解らないからーー」
な……んだ?この声は…不要な記憶?情報?
「零司君!!」
全てを、無かった事にーー俺はーー
人として、悩んで……
「私がーー受け止めてーー」
赤い光景が見える。命と、誓約を交わした事も覚えている。
あの日、あの時間ーー
「人の記憶に限りがある以上、零司の脳が死なないように、記憶に手を加えるしかないのよ」
赤い光景は、俺の視界が真っ赤に染まった影響でもあり、もっと言えばーー
「要するにーー零司の記憶の容量を、超えないように、調整する必要があるわ」
俺個人の、死んだ際の記憶の残留。赤い光景は、血の色。
「だからーーこうしましょう。零司は、私と誓約したこの時間に、不要な記憶はーー全て……排除するわ」
そしてーー俺が願ったのは、無に還す為のーー
「やり方はとても単純よ。零司はーー私と、殺しあいをするのよ。もしもーー」
世界と能力。だから…
「零司が、0時0分00秒まで、生き延びたら……零司、貴方の願いはーー叶うわ」
この光景は、俺が……願ったーー
「もしも叶えたら、結末を……見せてもらうわ。零司と、私の…ね」
終わりが…確定している…
「私は!!幸福結末がーー見たいから!!!!」
ああーー思い出した。違和感があったのは、このせいか…
「……未来、未来はーーまだ、決まってないよな?」
闇の中から、俺は、踏み出す。
全てを零にーーああ、解ってるさ……
「これから、全てを零にするって事を…な」
金色の光が、俺を照らす。目蓋を細め、その光に向かって、全力で歩む。
未来って奴に、俺はーー
「ケリを……つけないとな」
金色の光に、手が届いた




