強者と弱者2〜断罪の刃〜
「ぐ……抜け…な……」
「零司!あーーぐ……いた……アァアアア!!」
地面から唐突に伸びた漆黒の棘は、俺の胸を貫通、空中で張り付けにされたようにされ、命は苦しむような絶叫を上げ続ける。
漆黒の棘は、薔薇の棘のように、地面に近ければ太い幹を見せつけ、先端になれば細くなっているのが、見下ろした感じではある。
爪楊枝に刺された物体のように、空中でまるで身動きが出来ず、先端から無理矢理自分の体を引き抜こうと、胸の辺りにある棘を握りーー不意に力が無くなる。
ドクン……と鼓動するように棘が震え、俺の体はダラリとーー意識すらしないまま、人形のように手足が地面へと垂れる。
「ククク…どうですか?私の力は…気に入ってもらえたようだな?」
悠々と空から降り立つのは、そんな事を言うタキシード姿の男。
「ぐ……零……力が、抜け……てる?」
命の苦悶のような声を聞きながら、俺はタキシード姿の男へと視線を向け、そこで異様な光景を見る。
奴の体が赤く発行していた。血の色のように、全身が鮮やかな赤の光に包まれーーそれと共に、俺の視界はグラグラと揺れ始める。
「生命吸収と、あなた方に言えば解りやすいですかね?しかしーーこれは凄まじい!生命力の塊!こんな力が私に流れ込めば……ああ、もはや何人たりとも止められまい!」
恍惚としたような表情で、タキシードの男は空に手を掲げる。吸血鬼が神の祝福でも受けたような格好をしながら、更に言葉は続く。
「溢れんばかりの命の鼓動!!血の旨味!!ククク……姫よ、さあーーその力全てをーー私に寄越してみせろ!」
命目掛け、男は羽を動かしーー疾走。地面に座り込み、男を睨むように見つめながら、命は懸命に立ち上がろうとするが、命の首を男の白い指先が掴むと…背面にある巨大な十字架に命を叩きつける。
「ーーッ!体が……動かない……れい……じ…」
「無駄ですよ。姫はーー力を酷使し過ぎたようですから…そうだろう?心臓を貫かれ、手足を失おうが、それでも尚ーー蘇生させられ続ける…眷属という言葉は実に正しい」
命を十字架に押し付け、片手で持ち上げるようにしながら、男は命の悲痛な顔を笑みで見つめーー命の体が地面から遠くなる。
「ーーッ!ーーッ!!れ………に……げて」
けたたましい笑い声が響く。命が呟くように告げた言葉は…俺の耳にしっかりと刻まれるが……五月蝿い声は、更に高らかに俺の耳に聞こえる。
「ククク!!眷属を……生かすと?困ったものだな……主人がそれでは、この状況も仕方がないでしょうな……屍四姫」
「だま……あっ……いき……れーー」
命が微かにーー俺へと手を伸ばす。グラグラしていた視界は、命の光景を眺める度に、波打つように変化し、俺の体はーー棘の根本へと落ちていくように力を完全に失う。
視界が闇に包まれ、ふとーー俺は何かを見る。
「亡霊人形…屍四姫を守護する、生涯ただ一つの存在ーー貴方にーー」
誓約を交わした時の光景。色褪せ、記憶に埋もれたーーいや、そうじゃない。
「私を捧げてあげるわ。貴方はーー私に全てを捧げなさい。……そう……貴方が望むのはーー」
ああ、そうだ。この望みは…俺の最大の願い。
「「全てをーー零にーー」」
触れて、失って、手に入れて、壊して、与えて、与えられて、掴んで、離して、一瞬の出来事。
あの日ーー俺は、君を一人に何てさせない。そう思った。でも、根源は違う。
壊れた世界、それをーー
僕はーー
無かった事にしたいんだ。
だって、そうだろう?君を一人にさせない……と誓った僕はーー
君と同じになるしか……選択の余地は無かったんだ。
そうじゃないだろ?普通にさ、普通にーー平穏に、君がこの世界に居てくれたらーー
俺は生まれず、君はーー命は、泣かないだろ?
俺の望みは、全てをーー
この根源を零に還すんだよ。ああ……世界なんざーー俺が変えてやるよ。
だからーー命ーー
「俺をーー使え!!!」
薄緑色の光が視界を染める。
苦しむ命の顔はーー安らかに眠るようにーーその彼女を支える腕に対し…緑の閃光は、閃く。
「!?なん……だと!?何が……起きたの……だ!?」
よろめき、茫然とした表情で自分の腕を眺めるタキシードの男は、地面に落ちた命とーーその横に転がる自分の腕を見つめ続け、ゆっくりと…恐ろしいものを見るような表情でこちらを見やる。
「……お前にはーー」
俺の手は、漆黒の棘を握る。メリメリと小さな音を立てる棘から、薄緑色の光が漏れだしーー
「俺の全てをーー」
バラバラと瓦礫のように、棘は先端から崩れていく。ゆっくりと地に俺は降り立ち、タキシードの男は二歩ほど後退しながら、俺を見やる。
「返して貰うぞ」
男の地面に落ちた腕がーー緑色の炎に包まれる。
一瞬で燃え尽き、灰となるが、その灰はーー命の体へと舞い上がり、白い玉のような形を形成すると…命の体内へと吸収される。
「なんだ!!なんだこれは!?何を……した!?」
「……知ってる……かしら?ハァ、ぐ……貴方が生命力を吸うように……」
苦しむような声を上げながら、命が起き上がる。フラフラとした足どりを、十字架に背をもたれるようにして立ち上がると、首筋を撫でながら、話を進める。
「零司は、私に他者の生命力を吸収してくれるのよ……眷属とか言ってたわね?そうねーー貴方からしたらそうなるわ」
音もなく、緑の閃光が走る。驚愕しているタキシードの男は、更に苦悶の叫びを上げる。
「な!?私の……我の羽が!!」
二対の漆黒の羽は、ちょうど真ん中辺りで綺麗に切り取られ…切り取られた羽は空中で緑色の炎に包まれ、燃え尽きる。
「貴方がーー私に執着したのが、そもそもの間違いね。零司は……私の最強の剣…だからよ」
燃え尽きた後に出てくる、白い玉のような物体は命に吸収される。
「バカな……主人が最強の力を、他者に譲ったとでも言うのか!?」
「あら?最強とは言ったけれど……貴方ねーー誤解してないかしら?零司は…今は只の生命力の変換しかしてないわよ?」
黒く長い髪を片手で払いながら、余裕を持って、命はタキシードの男を見やる。
「バカな…どういうーー」
「零司……本当に良いのね?私に使えとーー言った意味を理解してるわよね?」
命は俺に確認を取るように告げーー狼狽えるタキシードの男へと、返事のかわりに一歩を踏み出す。
「……強情ね。いいわーー零司……貴方の中でこうするしか方法が無いと、解ったのね」
「やれーー命。俺がーー壊れる前に」
更に一歩を踏み出しーー俺の背中は、唐突に弾け飛ぶ。
「ぐ!?やれ!!命!!!」
次は、腕がーー根本から弾け飛ぶ。限界を超えた……俺の脳への酷使はーー体を構築する限界を向かえる寸前だった。
「我は告ぐ《セット》ーー全てを無にする剣よ《アンロック》ーー」
命の周囲に浮かぶのはーー漆黒のカーテン。呪詛を口にしながら、命はーー
「断罪の刃となり《エクス》ーー」
微笑んだ。精一杯のーー笑顔のように、涙が…頬を伝う。
「死刑執行を言い渡せ《キューショナー》ーー」
漆黒のカーテンは、薄緑色のカーテンを覆いつくす。
三対の俺を守護する剣は、緩やかに空中に停滞し、漆黒のカーテンの中に吸い込まれーー
闇が、産まれた。
月光に浮かぶは、黒光りの巨大な反り返りの刃。
全長は、俺が所有している大剣よりも微かに劣る程度ーーしかし、反り返りの刃は、恐ろしく巨大。
まるでーー剣を四本合わせたような刀身。
「……処刑剣……神の……断罪刀……だと?」
震えるように体が戦慄き、タキシードの男は、膝から崩れ落ちそうになるが、奮い立つように、無事な腕を横なぎに払う。
「骸兵団!!」
叫ぶようにそう言い、骨の軍勢はあっという間に地面から這い出て来て、視界を埋め尽くす。
「零司……私はーー」
「処刑執行ーー断罪の刃」
無表情のまま、腕を払う。蘇生を完全に終えた体には、何の不満もない。
周りにいた無数の骨はーー跡形も無くーー消滅した。
「貴方にーー殺されてもーーいいわよね?」
そんな声はーー届かない。駆け出し、迫る骨の壁を、只の一薙ぎで……壊滅させる。
「バカな!!バカな!?骸兵団の数は……軽く千体を超えているのだぞ!?たったーー二撃で……」
「処刑確認ーー実行します」
機械のような声を上げながら、タキシードの男へと疾走。
新たに生まれる骨を、体に触れた瞬間に爆砕。その間に、男は全力の後退を見せる。
「斬首、壊すーー確認」
男の跳躍は、ちょうど十字架の付近になる。何も考えず、ただーー首を刈り取る事を目的にし、刃が閃く。
「……え?零司……くん?」
そんな声はーー十字架の真ん中から聞こえてきた