決戦の地へ〜死闘〜
俺の視界が、目前に迫る、巨大な赤い鳥居を捕らえる。
何かに、強烈な勢いで殴り飛ばされたのは記憶にあり、しかしーー
視界と反対の巨木がけたたましい音を上げ、それに反応するように、瞬間的に両足を…鳥居目掛け反転ーー
そこにーーソレはいた。
夜空に映し出された…幻想的な銀の体毛。それに覆われる上半身が、風にたなびくように揺れ。
満月の月光に彩られた…異様に長い口ーー銀色の二つの相貌が、俺を射ぬくように見つめる。
恐ろしいほどに盛り上がった、筋肉の塊のようなーー両腕。その先にあるのは、俺の頭部など…一撃の元に粉砕すら出来そうな、鋭利な鍵爪。
ミリミリと音を立てるのは、はち切れそうな青のジーパン。両足が恐ろしいほどに膨れ上がりーー
「変異屑…じゃないーーだと?」
自然と口から溢れるのはーー渇いた呟き。そう…これはーー
「…極限幻想……ーーッ!!」
鳥居にめり込むように、両足が沈む。それと同時に、凄まじい衝撃が脳へと伝わりーーそれを、唇を噛みしめ黙殺。躊躇するほどの時間など、一切無いほどの位置にある爪に向かい…鳥居を全力で蹴りつける。
「ーー爆ぜろぉおおお!!!」
全力で叫ぶ。全身を震わせ、雄叫びに近い叫びと共にーー頬を裂かれ、血が銀の体毛を鮮やかに染めつつーー
俺は勢いを殺さず、渾身…違う。全霊の力で、銀人狼の巨体を殴りつける。
狙ったのは胸部、胸板には毛が無く、ゴツゴツと盛り上がった筋肉と…屈強な骨の形を目視した為。
空気が振動する。鼓膜を揺るがすような、そんな感覚に軽い耳鳴りを覚えーー同時に、石か…はたまた分厚い合金の壁でも殴ったようなーー信じがたい事に…
俺の腕は、肘から骨が完全に外れーー肉を裂き、一部が飛び出る。
俺の体はーー当然のようにーー衝撃に耐えられる訳も無く…後方の鳥居目掛け、打ち出された弾丸のようにーー背中から鳥居を貫通。
「が…ぐ…やれ!!!」
言葉を発したか、俺には解らない。見えるのはーー巨大な赤い鳥居の一部が、粉々に砕け…木片…と言えばそうだがーーどこかに売ってあるような長さの…木の破片が落下。
破片じみた重量のある木片が、滝のように降り注ぐ中を…易々と銀の体躯は、体に触れた瞬間に、粉砕しながら俺目掛けーー直進的に落下してくる。
その銀の体躯目掛け、左右から剣が疾走。巨大な銀の腕に触れーー火花を散らしながら、弾き飛ばされる。
怯んだ様子も、減速した気配も無く、当然のように俺へと接近ーーが、その体躯を凌ぐ壁が、目の前に飛び込む。
鮮やかな銀色の特大の刃がーー迫り来る…銀人狼の脳天へと、切っ先を振り上げーー
真っ直ぐに叩きつける。重量と速度が乗った…両断する為の一撃はーー何の動きすら見せない、狼の頭へと直撃…火花と、衝撃の余波からか来る…大気の振動を生みーー俺の斜め下へと、銀の体躯は高速で落下…長い石段の、階段のすぐ傍に両足から突っ込みーー
轟音と、土煙を上げながら、周りの木々がゆっくりと倒れーーそれを目にしながら、背中に強烈な衝撃を受け…呼吸が軽く止まりながら、緩やかに迫る太い枝に、胸や腕や足をぶつけながらも、地面にゆっくりと落ち…視界に映ったのはーー
丸太のような、屈強な銀の腕。既に握りしめた拳が放たれ、俺は無意識に、無事な腕で顔を防ぎーー拳がめり込んだ感覚と、腕の骨が悲鳴を上げるように…快音を響かせる。
「ーーッ!不味い…な」
意識は既にぶっ飛びそうだ。俺の脳は、完全に誤作動を起こすかのように…視界は明暗を繰り返し、衝撃で全身が大きく揺れ、背面の巨木へと、ボールのように叩き込まれる。
体の幅よりも大きな幹が、俺を受け止めーーバウンドするように体は地面に…瞬間的に、銀の体毛が視界一杯に広がる。
強烈な一撃。腹が抉れたような錯覚を覚え、しかし、ジーパンが破れんばかりの膝頭が、腹に叩き込まれたのを認識すると…俺を受け止める巨木が…綺麗に後ろへと倒れていく。
ああーーへし折りながら、宙を飛んでいるのか。などと納得するように、幹が視界スレスレを並行するように映る。
茶色い地面へと肩から落ち、再度宙を舞い。グルグルと回転するように、背中から地面に落ち、そのままゴロゴロと体が…泥を跳ねながら回り、ようやく止まる。
「ぐ…はっ…は…くそ」
ゴキゴキと唸る骨、皮膚が甦生し、傷口が修復ーーそれでも、フラフラと俺は立ち上がり…迫る銀の体毛が、月光に揺れるのを認識。
即座にーー全力の跳躍。体が軋み、腕が悲鳴を上げるのを、無理矢理動かし押さえる。
ゴキリ…と嫌な音がするが、動くので問題ない。木々を蹴りつけ、ジグザグに移動。
追従するように、後ろから来る気配を感じながら、再度ーー
俺の体は落下。蹴りつけると見せ掛け、石段の中腹辺りに真っ直ぐに落ちる。銀の体躯は木々を蹴りつけ、落下する俺の…視線の先に全身を晒す。
「動物は、その獲物を全力で追いかける癖があるからな…理性はーーあったほうが、こういう時に役に立つのさ」
煙草を優雅に吸いながら、こちらを確認するような銀の相貌を俺は見つめる。
「ーー汝、我れの憐れみを受けよ」
俺は、ただそう告げーー紫煙を空へと揺らしながら、腕を銀人狼へと向ける。
「終焉極撃ーー三対一閃!!」
俺の周囲にーー淡く輝く、薄緑色の光のカーテンが、視界と体を覆う。
逆風でも吹いたように、その光がーー俺の周囲をたなびき、光の柱を形成。
「ーー!!〜〜!!!」
雄叫びを上げるように、銀人狼は吠える。それに呼応するかのように、俺の剣はーー
刀身が薄緑色に淡く光る。それらが三本…綺麗な筋を描きながら、ゆっくりと独楽のように回転。
「終わりだーー極限幻想。俺がーー貴様ら全てをーー」
ゆっくりと回転する剣は、突如…視認出来ないほどの速さで回転。光の帯のように、それらが三ヶ所出来る。
「還してやるよ。正しーー地獄直通だ」
煙草の煙を吐き出し、ゆっくりと腕を振るう。
銀人狼は、木を蹴りつけーー今までよりも、遥かに速く俺へと飛び掛かる。
鍵爪が月光を反射し…視認すら出来ない、銀の閃きが迫る。
刹那ーー銀の体毛に覆われた腕が、鍵爪もろともーー音も無く…階段へと落ちかけ、血飛沫すら無いまま、宙で消えた。
「!!!!!」
咆哮が耳を叩く。空気が振動し、だが…それすらもーー忽然と収束。
目の前にいた筈の銀の体躯は…目の前で切断されながらーー跡形も無く消えた。
後に残ったのは、煙草の煙とーー光が消え失せ、煙草を石段へと捨て、踏み潰しーー
俺は前に進もうとして、急激に何かが、せり上がって来るのを堪えきれず。
口から…大量の血が吐き出される。ビシャビシャと流れ落ちる血を見ながらーー
糸が切れた人形のように、階段へと倒れこむ。
「あ…やば……いな。大丈夫…じゃなか……」
ぐらりとーー体は回る。
気づけば、長い石段の階段を転がるようにーー俺は落ちていった